上田辰之助 (1892-1956)
1. 著作目録
1-1. 単独著書
1-2. 図書の一部分、分担執筆、編集、翻訳等
1-3. 雑誌、新聞
1-4. 上田辰之助著作集
2. 上田辰之助に関する文献
* この文献リストについて
1. 著作目録(編集、翻訳を含む)
(刊行/発表日付順)
1-1. 単独著書
- (1916.3)『英国ニ於ケル資本主義ヲ論ジ企業合同ニ及ブ』 122p. [Ay-516]
*東京高等商業学校専攻部卒業論文 - (1925)『近世英国産業史大意』 34p. [BQc-32]
*「東京商科大学助教授 商学士 上田辰之助講述」(p.1) - (1933.9.5)『聖トマス經濟學 : 中世經濟學史の一文獻』刀江書院. 5,10,384,21p. [BbQ-34] [Miura-F-5] [Yamauchi-F-75]
- (1934.11.17)『トマス・アクヰナス』東京 : 三省堂 (社会科学の建設者 人と学説叢書). 16,276p. [BbQa-24]
- (1935.2.27)『社会職分を基調とするトマス・アクイナスの経済思想に関する研究』
*東京帝国大学経済学部 学位論文 - (1939.11.1)『古代及び中世經濟學史』東京 : 日本評論社. 1,3,131p. (新經濟學全集 / 中山伊知郎, 東畑精一共編 ; 第5巻「經濟學發達史」(上)) [土VI-1767]
- (1942.5.10)『經濟人・職分人』東京 : 理想社. 4,396p. [Af-213]
- (1950.4.20)『蜂の寓話 : 自由主義經濟の根底にあるもの』東京 : 新紀元社. 6,344p. [BbQa-85]
- (1987.8.20)『蜂の寓話 : 自由主義経済の根底にあるもの』東京 : みすず書房. 366p. (上田辰之助著作集 ; 4) [BAe-58-A-4] [504-407-4]
- (1987.12.22)『トマス・アクィナス研究』東京 : みすず書房. 605,6p. (上田辰之助著作集 ; 2) [BAe-58-2] [504-407-2]
- (1988.6.17)『経済人の西・東』東京 : みすず書房. 569,7p. (上田辰之助著作集 ; 5) [BAe-58-5] [504-407-5]
- (1989.3.2)『西洋経済思想史』東京 : みすず書房. 555,8p. (上田辰之助著作集 ; 3) [BAe-58-B-3] [504-407-3]
- (1991.8.30)『聖トマス経済学 : 中世経済学史の一文献』東京 : みすず書房. 343,8p. (上田辰之助著作集 ; 1)[BAe-58-1] [504-407-1]
- (1995.12.12)『英文学における南海泡沫会社 : 欧文論集』東京 : みすず書房. 414p. (上田辰之助著作集 ; 7) [BAe-58-7] [504-407-7]
- (1996.9.20)『エッセイ集』東京 : みすず書房. ix,525p. (上田辰之助著作集 ; 6) [BAe-58-6]
1-2. 図書の一部分、分担執筆、編集、翻訳等
- (1911) 『ロイド教授作品集』研究社 に執筆(発行月日・論題不明)
- (1927.7.15) “Naibu Kanda, 1857-1923". Memorials of Naibu Kanda / edited by Kanda Memorial Committee. Tokyo : Toko-Shoin, p.3-33 [Qb-107] [Uyeda-E-35]
- (1932.7.1)「編者小序」. 長岡記念事業委員會(代表者 上田辰之助)(編)『長岡教授の面影』東京 : 三省堂, p.1-4 [Uyeda-Nn-144]
- (1932.7.1)「一橋に於ける長岡教授」. 長岡記念事業委員會(代表者 上田辰之助)(編)『長岡教授の面影』東京 : 三省堂, p.37-40 [Uyeda-Nn-144]
- (1933.4.20)「トムマーゾ・ダクヰーノに於ける財の観念について」. 福田徳三博士追憶論文集刊行委員會(編輯)『經濟學研究 : 福田徳三博士追憶論文集』東京 : 森山書店. p.219-241 [Bb-252] [Bb-252-A]
- (1933.6.20)「トムマーゾ・ダクヰーノに於ける財の観念について」. 福田徳三博士追憶論文集刊行委員會(編輯)『經濟學研究 : 福田徳三博士追憶論文集. 第一分冊: 經濟學經濟學史及經濟政策』東京 : 森山書店. p.219-241 [Bb-252-B-1]
*1933.4.20刊より分冊再刊、内容は同じ - (1935.5.15) 「序」. 高谷道男『基督教經濟文化史』東京 : 三省堂, p.1-5 [BQb-10]
- (1937.6.16)「商業学校語学教授における技術・知識・教養」『関東地区商業学校研究会講演記録』, p.1-15
- (1937.8.2-7) Commercial education in Japan. Tokyo : World Conference Committee of the Japanese Education Association. 25p. [Oh-106]
*1937年8月2日-7日に東京で開催された第7回世界教育会議(Seventh Biennial Conference of the World Federation of Education Associations)の予稿 - (1938) “Commercial education in Japan : its spirit, its history, its organization".
Proceedings of the Seventh Biennial Conference of the World Federation of Education Associations, Tokyo, Japan, August 2-7, 1937. Tokyo : World Conference Committee of the Japanese Education Association. Vol.4, p.187-211 [Oh-118] [190-42-4] [Sano-X-271] [Uyeda-N-118] - (1938.3.20)「スコラ學派の極窮状態論と其の轉囘竝に其の發展」. 小野清一郎(編)『法理論集 : 牧野教授還暦祝賀』東京 : 有斐閣, p.311-380 [Md-96]
- (1939.6.30)「近世日本の經濟發展と家族制度」. 國際學友會(編)『夏期日本文化講座講演集. 昭和十三年』東京 : 國際學友會, p.118-151 [Oh-379] [Tsuchiya-VI-2891-S13]
*「 … 昭和十三年八月二十九日から同三十一日に至る三日間に亘つて三保松原における保健寮で私が試みた講演の要領を、國際學友會館の委嘱により、後日に至り再度改めて口述したものを速記せしめ、之を或程度まで修正壓縮して出來上つたものである。」(p.150) - (1940.)「古代及び中世経済学史」. 『古代及び中世経済学史 / 上田辰之助著 . フィジオクラシイ / 久保田明光 [著] 』東京 : 日本評論社, p.1,1-3,1-131 (新經濟學全集 / 中山伊知郎, 東畑精一共編 ; 第5巻「經濟學發達史」(上)) [BAe-16-5]
*上田辰之助『古代及び中世經濟學史』東京 : 日本評論社, 1939.11.1 (新經濟學全集 / 中山伊知郎, 東畑精一共編 ; 第5巻「經濟學發達史」(上))より再刊 - (1940?.6.5)「組合國家の成立と其の思想的基礎」. 東京商科大學國立學會(編)『文化諸科學學界展望』昭和15年版=第2輯. 東京 : 日本評論社, p.243-262 [Az-61-2]
*『一橋論叢』3(6), p.21-40 (1939.6.5)より再録 *「昭和十五年五月三十一日印刷 昭和十六年六月五日發行」(奥付)、発行年は誤植か? - (1940.8.30)「イタリヤ」. 小沼勝衛(編)『現代の世界』東京 : 誠文堂新光社, p.82-100 (世界文化史大系 ; 24)
- (1940.12.13)「日本経済学としての報徳経済学」第四回科学精神講習会, p.105
- (1941.7.20)「ホーモ・エコノミクスの再登場 : 一つのおぼえ書」. 東京商科大學國立學會(編)『文化諸科學學界展望』昭和16年版=第3輯. 東京 : 日本評論社, p.35-67 [Az-61-3]
*「本文ははじめ一橋論叢第六巻第一號に掲げた「學界展望」を土臺として昭和十六年二月中旬若干の新資料を加へてこれを補正したものである。」(p.67) - (1942.10.15)「上田博士の企業者職分論」『經營經濟の諸問題』東京 : 科学主義工業社, p.13-40 (上田貞次郎博士記念論文集 / 上田貞次郎博士記念論文集編纂委員会編 ; 第1巻) [Bb-525]
- (1942.12.26)「多瑪書屋における相馬永夫君」『相馬永夫追想録』, p.70-72 [Qb-264]
- (1943.1.)「経済倫理学のスコラ的展開」. 東京商科大学カトリック研究会(編)『相馬永夫君追悼記念講演集』, p.21-36
- (1944.1.30)「報徳的社会機構について」. 報徳経済学研究会(編)『報徳経済学研究』第1輯. 東京 : 理想社, p.93-113 [Bb-547]
*昭和16(1941)年10月11日、第52回報徳經濟學研究會で発表 - (1944.1.30)「報徳主義より観たる東亜新秩序」. 報徳経済学研究会(編)『報徳経済学研究』第1輯. 東京 : 理想社, p.228-247 [Bb-547]
*昭和15(1940)年2月10日、第34回報徳經濟學研究會で発表 - (1944.9.20)「大陸工作の隘路」報徳経倫協会研究会
- (1946.2.2)「中国に於けるソ連的なものとアメリカ的なもの」 28p.
*日華学芸懇話会定例研究会1月12日、2月2日の報告要旨 - (1947.1.15) 序文. 長谷川如是閑[ほか] ; 日華學藝懇話會『東洋文化と西洋文化』東京 : 研究社, p.4
- (1947.1.25)「序」. 日華學藝懇話會[編] ; 上田辰之助, 平野義太郎, 今中次麿[著]『新中國の動向』東京 : 研究社, p.(前付)1-4 [Miura-G-50]
- (1947.1.25)「新中國の過程と展望」. 日華學藝懇話會[編] ; 上田辰之助, 平野義太郎, 今中次麿[著]『新中國の動向』東京 : 研究社, p.1-27 [Miura-G-50]
- (1947?)「かがやきの日を待ちつつ」p.1、「故上田アヤノの告別式」p.9、「人間アヤノの点描」p.11-32 (掲載資料名不詳)
- (1947.6.15)「新日本建設の原理」. 大倉山文化科學研究所(編)『新日本建設原理』東京 : 明世堂書店, p.193-221 [Kb-A176]
- (1947.11.8)「社会運動の原理と歴史」大倉山文化科学研究所社会運動講座, 95p.?
- (1948.12.25)「勞働者教育の社會原理」. 北澤新次郎(編)『勞働の社會的基礎』東京 : 雇用問題研究会, p.87-139 [専440-52]
- (1949.7.20)「経済学の部 序」. 人文科学委員会(編)『日本の人文科学 : 回顧と展望』東京 : 印刷廳, p.317-320 (『人文』特輯号) [一橋経研 Kb-1108]
- (1952.5.30) (翻訳) ダンテ『神曲』煉獄編27曲130-131行. シュムペーター『十大經濟學者 : マルクスからケインズまで』東京 : 日本評論新社, p.262-263 [3312-9] [BbQa-91]
- (1953.1.25)「市民社会文学の一形態」. 上原専禄(編)『社会と文化の諸相 : 一橋大学社会学部論文集』東京 : 如水書房, p.7-82 [Kb-263] [Kb-263-B] [Kb-263-A] [085-14] [085-14-A] [Yamauchi-F-76]
- (1954.12.15)「一中生藤浪藤三郎」. 三代目藤浪與兵衛(著), 四代目藤浪與兵衛(編)『小道具・藤浪與兵衛』東京 : 演劇出版社, p.307-312 [293-28]
- (1955.9.25)「イギリス町人文學雑考 : 文學と經濟との交錯點」. 一橋大學一橋學会(編)『一橋大學創立八十周年記念論集』上巻. 東京 : 勁草書房, p.183-243 [0400-3-上] [Az-22-80/上 (80周年)] [Az-22-A-80/上 (80周年)] [085-7-80/上] [085-7-A-80/上]
- (1956.12.)「わが心友寅さん」. 故亀井寅雄追憶記編纂準備会(編)『亀井寅雄追憶記』東京 : 故亀井寅雄追憶記編纂準備会, p.54-56
- (1956.12.14) 大塚金之助(編)『社会思想』東京 : 岩波書店 (岩波小辞典) のうち、以下の項目 [KAb-15]
*執筆項目: 「アメリカ政治社会科学学会」p.3、「アメリカ・フレンド奉仕団」p.4、「イギリス国教会」p.6、「内村鑑三」p.17、「ウールマン」p.18、「学問の自由」p.26-27、「キブツ」p.34、「国法不服従」p.51-52、「ゴールズワージ」p.57、「コンプロマイズ」p.59、「市民社会」p.69、「社会連帯主義」p.72、「シャフツベリ卿(第三代)」p.72、「シャフツベリ卿(第七代)」p.72-73、「ショウ」p.76-77、「自利心」p.79-80、「スウィフト」p.87、「スティーヴン」p.88、「スミス」p.90-91、「ディケンズ」p.109、「ディフォウ」p.110-111、「トーネー」p.117-118、「トーマス=アクィナス」p.118、「新渡戸稲造」p.125、「バジョット」p.132-133、「ピューリタン革命」p.141-142、「ベイコン」p.159、「ベラーズ」p.164、「ベンタム」p.165、「ホッブス」p.169、「マンドヴィル」p.175、「ミルトン」p.177 - (1996.10.13) 晨光会(編)『上田辰之助先生の日記と追憶』東京 : 論創社(制作) [Az-244]
1-3. 雑誌、新聞
- (1908) The Manchester guardian に寄稿(月日・論題不明)
- (1912.7.25) (英語部々報)"Peace unto the world" 『一橋会雑誌』(東京高等商業學校一橋會) 第80号, p.83-86 [ZA-16]
- (1912.9.30) 英語部々報 “The English Speaking Department welcomes its new members" 『一橋会雑誌』第81号, p.80-82 [ZA-16]
- (1913.4.30) “A glimpse of American life" 『一橋会雑誌』第88号, p.(英文)6-7 [ZA-16]
- (1913.5.31) Eigobu notes “The 18th annual exhibition" 『一橋会雑誌』第89号, p.(英文)1-29 [ZA-16]
- (1916.3.1)「米国商業教育の新趨勢」『国民経済雑誌』21(3), p.719-723 [ZB-14]
- (1916.12.1)「戦争ト独逸国民経済」(其一)『国民経済雑誌』21(6), p.1261-1266 [ZB-14]
*「一九一五年一月四日独逸ハイエルン工業協会主催ニ係ル König Ludwig III 古稀ノ賀筵ニ於テ Dr. Edgar Jaffé ガ Volkswirtschaft u. Krieg ト題シテ試ミタル講演ノ要領ナリ」(p.1261) - (1916.12.21)「第二一回英語部大会漫録」『一橋会雑誌』第125号, p.25-29 [ZA-16-A]
- (1917.1.1)「戦争ト独逸国民経済」(其二)『国民経済雑誌』22(1), p.161-174 [ZB-14]
*1915年1月4日、バイエルン国王ルートヴィヒ3世の古稀祝賀会での Dr. Edgar Jafféの講演 'Volkswirtschaft und Krieg’ の抄訳 - (1917.3.1)「英国対外放資一斑」『国民経済雑誌』22(3), p.521-536 [ZB-14]
*C.K. Hobson. “British oversea investments, their growth and importance". Annals of the American Academy of Political and Social Science. Vol.68, p.23-35 (Nov. 1916)の翻訳 - (1918.1.1)「戦後国際市場ニ於ケル米国の地位」『国民経済雑誌』24(1), p.124-128 [ZB-14]
*Der internationale Kapitalmarkt im Kriege und nach dem Kriege / von Alfred Lansburgh. Stuttgart : F. Enke, 1916 ( Finanzwirtschaftliche Zeitfragen ; Heft 27) に拠る - (1923.2.28)「上田博士近著『英国産業革命史論』を読む」『商学研究』2(3), p.1021-1036 [ZD-18]
*上田貞次郎『英國産業革命史論』東京 : 同文館, 1923.1 の紹介及批評 - (1923.3.1)「クヱイカの経済思想」(一)『国民経済雑誌』34(3), p.345-269[i.e.368] [ZB-14]
- (1923.3.6)「一門弟の見たる神田先生」『英語青年』50(11) 神田乃武男追悼号, p.329-330 [ZP-7]
- (1923.3.20)「クェイカの経済思想」(一)『友』20, p.3
- (1923.5.1)「クェイカの経済思想」(二)『友』21, p.1-2
- (1923.6.1)「クェイカの経済思想」(抄三)『友』22, p.3
- (1923.7.1)「クヱイカの経済思想」(其二)『国民経済雑誌』35(1), p.53-82 [ZB-14]
- (1923.9.1)「クェイカの経済思想」(抄四)『友』25, p.3-4
- (1923.10.1)「クェイカの経済思想」(抄五)『友』26, p.13
- (1923.12.1)「中欧に於ける基督友会 : アイゼナッハ会議」「基督友会と国民性」『友』 28, p.3-4
- (1924.1.1)「友会信仰の特質」「友会信仰と仏国人」『友』29, p.4-5
- (1924.2.1)「友会徒と研究心」『友』30, p.1-2
- (1924.3.1)「独逸友会より独逸国民に寄せる言葉」『友』31, p.4
- (1924.3.20) “Quakerism in Japanese life". The Friend.
- (1924.5.1)「フォックス時代の英国」『友』33, p.1-3
- (1924.6.5) “The late professor emiritus Baron Kanda, an appreciation" 『一橋会報』故神田乃武先生追悼号, p.7-9
- (1924.7.1)「クエーカーよ何処へ行く : 日米問題と吾が日本基督友会の態度」『友』35, p.1-2
- (1924.8.22) “Japan and her inter-relations". English Friend.
- (1924.10.1)「大事に協同、小事に自由、万事に愛」『友』38
- (1924.10.1)「国民典型より観たる英国産業史」『国民経済雑誌』37(4), p.499-540 [ZB-14]
- (1924.10.2)「渡辺常夫君を想う」『緑の邑』(緑の村社) 第5号, p.1-5
- (1924.11.15)「経済騎士道 : ラウントリー氏を迎へて」『一橋新聞』第9号, p.1 [ZZ-7]
- (1924.12.1)「ヂヨージ・キヤツドベリーの住宅政策 : 「経済騎士道」続編」『一橋新聞』第10号, p.3 [ZZ-7]
- (1925.5.15)「住處おほき家 : 一橋と社会とに関する二三の断想」『一橋新聞』第17号, p.4 [ZZ-7]
- (1925.7.15)「英文頁に就て」『一橋新聞』第21号, p.3 [ZZ-7]
- (1925.7.15) “The international citizen"『一橋新聞』第21号, p.4 [ZZ-7]
- (1925.11.1)「ピアス、プラウマンの經濟史的考察(一)」『一橋新聞』第26号, p.1 [ZZ-7]
- (1926.4.1)「「十八世紀英国産業社会」に就て」『企業と社会』創刊号, p.33-54 [ZK-2]
- (1926.4.14-16) “The Japanese middle class : some aspects of its social tendencies", Notes on the Japanese attitude toward wealth. Tokyo nichi nichi, Osaka
- (1926.4.19)「想片三つ」『一橋新聞』第32号, p.1 [ZZ-7]
*内容: 一、耕さゞるプラウマン 二、覆面の武士 三、商業大学の職分 - (1926.5.1)「アルフレツド・マアシヤル」『企業と社会』第2号, p.81-90 [ZK-2]
*Memorials of Alfred Marshall / edited by A.C. Pigou. London : Macmillan, 1925 の批評及紹介 - (1926.5.30) “Foreign teachers in Japan, their role in education". Japan chronicle.
- (1926.6.1)「田園工場」『企業と社会』第3号, p.23-33 [ZK-2]
- (1927.6.20)「神田先生記念出版編纂の業を卒へて」『一橋新聞』第53号, p.1 [ZZ-7]
- (1927.9.1)「神田乃武先生追憶と遺稿」『英語青年』57(11), p.394
- (1928.4.1)「イーヴ・ギヨー氏と仏蘭西自由主義」『商学研究』8(1), p.61-82 [ZD-18]
- (1928.7.1)「レオ版に據るトマス・アクヰナスの公正価格並に金利論の邦訳」、附小篇「期限付売買について」『商学研究』8(2), p.409-450 [ZD-18]
- (1929) “Some Americans I cannot forget" (掲載誌名・発行月日不明)
- (1929.6.16) “Instructors have spiritual and international parts to play" (掲載誌不明)
- (1929.10.1)「外国人教師の問題 : The Foreign Teachers’ Association of Japan創立第一年記念晩餐会に於ける講演に因みて」『英語青年』62(1), p.24-25
- (1929.12.)「文検実業教員商英試験について」『文検』
- (1930)「文検実業教員商業英語科受験準備の誤謬」『文検』, p.4-7
- (1930.7.1)「先生と聖トマス研究」『如水会会報』第80号, p.55-57 [ZA-17]
*多数の執筆者による「福田徳三君追悼録(二)」のうちのひとつ - (1930.8.15)「長岡先生」『英語青年』63(10), p.356
- (1930.11) “Some aspects of industrial Japan". World tomorrow.
- (1930.12.1) “The late Baron Kanda and secondary education"『英語青年』64(5), p.17-18
- (1931.1.1)「簡潔・示唆に富むアシュレー英国経済組織 : 徳増栄太郎氏の近訳」『一橋新聞』第126号, p.6 [ZZ-7]
- (1931.2.1)「職業意識と職業倫理思想の發展」『法律春秋』6(2), p.68-73 [ZM-22]
*複数の執筆者による「職業意識の問題」のうちのひとつ - (1931.9.15)「洋上漫談」『英語青年』65(12), p.14
- (1931.10.1)「C.P.S.車中雑感」『英語青年』66(1), p.24 [ZP-7]
- (1932.1.15)「商業英語科検定試験に就て」『英語青年』66(8), p.277, 281 [ZP-7]
- (1933.2.15)「聖トマスに於ける職分社会思想の研究」『東京商科大学研究年報. 商学研究』第2号, p.229-426 [ZD-34]
- (1933.5.29)「クレマティスティケ : 商業職分観の種々相」『一橋新聞』第169号, p.4 [ZZ-7]
- (1933.7.1)「商業経済辞典」『英語青年』69(7), p.251 [ZP-7]
*中嶋銕造, 藤田仁太郎共編『研究社英和商業經濟辭典』東京 : 研究社, 1933.3 の書評 - (1933.8.1)「「経済的」の英語について」『英語青年』69(9), p.303 [ZP-7]
- (1933.11.1)「商業Basicの實用性」『英語青年』70(3), p.75-76 [ZP-7]
- (1934.1.1)「昭和八年度商業英語検定試験について」『英語青年』70(7), p.245 [ZP-7]
- (1934.1.15)「聖トマス協同体思想より観たるPotestas Procurandi et Dispensandiの意義 : 中世所有概念の一考察」『經濟學論集』4(1), p.1-42 [ZB-7]
- (1934.1.25)「青淵先生と職分経済」『龍門雜誌』544, p.24-34
- (1934.6.1)「トマス・アクヰナスの經濟思想の特質、就中社會職分の原則と其の勞働義務論との關係」『国家学会雑誌』48(6), p.715-756 [ZM-8]
- (1935.2.11)「トマスとラスキン : 厚生経済先覚者としてのかれ等」『一橋新聞』第203号, p.4 [ZZ-7]
- (1935.7.1)「本位田祥男博士の近著を読む」『時事新報』[ZZ-3]
- (1935.8.1)「スコラ經濟思想における秩序と進歩」『經濟學論集』5(8), p.937-980 [ZB-7]
- (1935.)「組合国家の思想と其の精神的基礎」『六甲台』神戸商科大学新学舎竣工記念特輯号
- (1936.1.15)「社會經濟史における中世紀の再認識について」『社會經濟史學』5(10), p.1128-1164 [ZB-33]
- (1936.2.1)(新刊書架)「貿易躍進の日本を表現する力」『英語青年』74(9), p.317-318 [ZP-7]
*苫米地英俊『國際貿易活法 : 英語通信自在』前篇. 東京 : 有朋堂, 1935.10 (商英叢書 ; 第3篇) の書評 - (1936.5.11)「本位田教授著『協同組合研究』を読む」『一橋新聞』第228号, p.4 [ZZ-7]
*本位田祥男『協同組合研究』東京 : 高陽書院, 1936 の書評 - (1936.7.5)「協同體主義の限界」『小樽高商緑丘新聞』第94号, p.2 [ZZ-69]
- (1936.9.28)「職分思想の国際的様相(上) : 本学創立六十一年記念式における講演」『一橋新聞』第235号, p.4 [ZZ-7]
- (1936.10.12)「職分思想の国際的様相(中) : 本学創立六十一年記念式における講演」『一橋新聞』第236号, p.4 [ZZ-7]
- (1936.10.26)「職分思想の国際的様相(下) : 本学創立六十一年記念式に於ける講演」『一橋新聞』第237号, p.4 [ZZ-7]
- (1937.3.10)「技術と修養 : 技術教育の全体主義的基礎」『受験タイムス』
- (1937.4.10)「産業の軍人 : 実業学校生徒諸君に贈る」『実業学生タイムス』
- (1937.7.26)「達知庵漫筆 : 第七回世界教育会議を中心として」『一橋新聞』第252号, p.4 [ZZ-7]
*筆名 たつのすけ - (1937.8.16)「日本再認識 : 世界教育会議を顧みて(一)」『都新聞』17880号
- (1937.8.17)「外客の歓待法 : 世界教育会議を顧みて(二)」『都新聞』17881号
- (1937.8.18)「青嵐氏の演説 : 世界教育会議を顧みて(三)」『都新聞』17882号
- (1937.8.19)「思想の貧困 : 世界教育会議を顧みて(四)」『都新聞』17883号
- (1937.9.16) (新刊批評)「ヨハンネス・ラウレス著「スコラ學派の貨幣論」」『經濟學論集』7(3), p.395-404 [ZB-7]
*ヨハンネス・ラウレス『スコラ學派の貨幣論』東京 : 有斐閣, 1937.1 の書評 - (1937.12.8)「切田先生 : 教育者の勝利」『南邦経済』5(2), 別輯「切田先生と商業英語」, p.7-9 [ZB-47]
- (1938.2.25)「英文青淵先生傳を讀む」『龍門雜誌』第593号, p.2-4 [ZA-25]
*Kyugoro Obata(小畑久五郎)著 An interpretation of the life of Viscount Shibusawa. Tokyo : 1937 の書評 - (1938.3.1)「近世自然法學者の社會職分論」『国民経済雑誌』64(3), p.333-353 [ZB-14]
- (1938.5.)「制度理論の經濟學的意義」『一橋論叢』1(5), p.607-636 [ZD-71]
- (1938.8.)「英國における組合的經濟秩序の可能性とデ・マエスツの貢献」『国家学会雑誌』52(8), p.1081-1112 [ZM-8]
- (1938.9.1) 書評「本位田祥男著『時局と學生』」『一橋論叢』2(3), p.397-401 [ZD-71]
- (1938.11.)「職分経済と報徳主義」『革新』1(2), p.200-208
- (1939.5.)「職場の尊厳と一円融合原理」『専売』第321号, p.2-11
- (1939.6.1)「組合国家の成立と其の思想的基礎」『一橋論叢』3(6), p.615-634 [ZD-71]
- (1939.6.1) “L’Italia e la nostra Universita : una rassegna bibliografica"『一橋論叢』3(6), p.711-720 [ZD-71]
- (1940.3.1)「報徳主義より観たる東亜新秩序」『斯民』35(3), p.113-128 [ZA-509]
*昭和15(1940)年2月10日、第34回報徳經濟學研究會で発表 - (1940.4.10)「楽先生の支那的性格」『一橋新聞』第305号, p.6 [ZZ-7]
- (1940.5.20)「上田学長を偲びて」『一橋新聞』号外, p.2 [ZZ-7]
- (1940.5.25)「上田学長の遺言」『一橋新聞』第308号, p.4 [ZZ-7]
- (1940.7.1)「ホモ・エコノミクスの再検討 : 一つのおぼえ書」『一橋論叢』6(1), p.61-67 [ZD-71]
- (1940.7.1)「洋服の日本人と袍子の支那人」『文藝春秋』18(10), p.6-9 [ZA-59]
- (1940.8.8) “Sartorial philosophy". Contemporary Japan. 9(8), p.1047-1050
- (1940.10.1)「經濟倫理における公共利益の問題」『理想』第14年第10冊(第113號), p.39-54 [ZO-8]
- (1940.11.1)「報徳経済と新体制」『新女苑』4(11), p.106-114
- (1941.1.1)「新自由主義の企業者職分論 : 士族的職分思想家としての上田貞次郎博士」『一橋論叢』7(1), p.12-32 [ZD-71]
- (1941.4.1)「經濟新體制の世界觀」『統制經濟』2(4), p.2-16 [ZB-78]
- (1941.5.10)「国際政治の動的処理」『一橋新聞』第327号, p.3 [ZZ-7]
- (1941.9.1)「報徳思想における静的なものと動的なもの」『理想』第15年第9冊(第124號), p.32-46 [ZO-8]
- (1941.10.1)「報徳主義に於ける動的論理(一)」『斯民』36(10), p.101-112 [ZA-509]
*昭和16(1941)年2月8日、第45回報徳經濟學研究會で発表 - (1941.10.25)「政策に対するイギリス人の考へ方」『英語青年』86(2), p.50-51
- (1941.11.1)「或るスペイン人の手紙」『イタリア』第1巻第8号, p.40-53
- (1941.11.1)「報徳主義に於ける動的論理(二) : 質問応答」『斯民』36(11), p.97-104 [ZA-509]
*昭和16(1941)年2月8日、第45回報徳經濟學研究會 *質問者 佐々井信太郎, 小出孝三, 岩井主藏 ; 司会者 中川望 - (1941.12.10)「經濟思想の政策性 : 報徳思想に因みて」『一橋論叢』8(6), p.543-565 [ZD-71]
- (1941.12.20)「『晨光』に寄す」「ゼミナールの思い出」『晨光』創刊号, p.1-3
- (1942.1.1)「国家生存権の理論」『イタリア』第2巻第1号, p.18-32
- (1942.1.12)「戦闘的経済観の確立」『河北新報』
- (1942.3.1)「報徳的社会機構に就て」(一)『斯民』37(3), p.113-120 [ZA-509]
*昭和16(1941)年10月11日、第52回報徳經濟學研究會で発表 - (1942.4.1)「報徳的社会機構に就て」(二)『斯民』37(4), p.97-103 [ZA-509]
*昭和16(1941)年10月11日、第52回報徳經濟學研究會で発表 - (1942.5.10)「一橋の教育者 : 師の師・神田乃武先生」『一橋新聞』第347号, p.2 [ZZ-7]
- (1942.6.1)「世界新秩序と組合国家制」『イタリア』第2巻第6号, p.4-19
- (1942.8.1)「組合国家に於ける統制と創造」『イタリア』第2巻第8号, p.4-25
- (1942.9.20)「多瑪書屋だより」(一)『晨光』第2号, p.1-5
*筆名 たつのすけ - (1942.12.10)「燕京雑記 : 中国大学生活の実態 : 輔仁大学を訪れて」『一橋新聞』第358号, p.3 [ZZ-7]
- (1943.5.1)「大東亜戦争とイタリヤ思想」『イタリア』第3巻第5号, p.4-25
- (1943.10.)「愛弟子たちを戦場に送る」『晨光』第3号, p.1
- (1943.10.)「多瑪書屋だより」(二)『晨光』第3号, p.1-3
- (1943.10.)「救国の原理は永遠」『晨光』第3号, p.3-6
- (1943.10.)「相馬文庫に就て」『晨光』第3号, p.74
- (1943.11.10)「職士國と町人國 : 東京商科大學豫科生諸子のための秋期文化講演要旨」『一橋論叢』12(5), p.433-450 [ZD-71]
- (1943.11.20)「師弟一体」『一橋新聞』第373号
- (1943.12.1)「報徳経済の原理」(掲載誌名・巻号不詳)p.80
- (1944.3.10)「經濟指導者に關する一考察」『一橋論叢』13(3), p.157-180 [ZD-71]
- (1945.1.25)「時局と支那問題の再認識」『語学教育』第197号, p.2-11
- (1945.12.8)「ラチモア “Solution in Asia" について」『日華学芸懇話会報告』第7輯, p.1-20
- (1946.5.15)「思想と表現 : 言語に関する若干の断想」『思想の科学』創刊号, p.10-15
- (1946.6.)「科学技術者の型」『科学公論』6月号
- (1947.5.)「J・S・ミルをめぐって」『学放』(学校放送文化研究会) 第1号, p.13-16
- (1947.10.1)「三浦先生の学風と人格」『一橋新聞』第390号, p.2 [ZZ-7]
- (1948.1.29) “The pacifism of the Japanese people". The Friend : a religious and literary journal. Vol.121, no.16
- (1948.3.4)「社会運動の歴史的性格」『思想問題研究』第3巻
- (1948.6.10)「書かれざる挿話 : 一橋新聞初期を顧みて」『一橋新聞』第402号, p.4 [ZZ-7]
- (1948.9.23) “Quaker scholarship : a few thoughts in memory of Refus M. Jones". The Friend : a religious and literary journal. Vol.122, no.16
- (1949.7.1)「「蜂の寓話」の経済思想」『一橋論叢』22(1), p.40-69 [ZD-71]
- (1949.10.15)「学園建設者としての経済学 : 人間的な広さと深さ : 一橋75年の回顧」『一橋新聞』第426号, p.2 [ZZ-7]
- (1949.12.15)「南原総長のワシントン演説」『毎日新聞』, p.2 [ZZ-6]
- (1950.1.5)「御挨拶」『晨光』第4号, p.2-4
- (1950.1.6)「爆発するか南原時限爆弾」『東京新聞』文化欄「一九五〇年に期待する人」(1)
- (1950.5.1)「『蜂の寓話』コボレ噺コボシばなし」『一橋大学講座月報』(新紀元社) 第1号, p.2
- (1950.5.14)「南原繁著『日本とアメリカ』」『週刊朝日』(わたしの書評)
- (1950.8.1)「記念號發刊のことば」『一橋論叢』24(2), p.97-98 [ZD-71]
- (1950.10.10)「米国大学教授連合と『大学の自由』」『全國大學教授連合會報』第5号, p.62-67
- (1950.10.20) 巻頭言「社會科學に於ける文藝的價値」『ヘルメス』復刊第2集, p.1 [ZA-12]
- (1950.11.1) 座談会「一橋社会学の七十五年」『一橋論叢』24(5), p.646-680 [ZD-71]
- (1951.2.1)「経済と英国文化」『あるびよん』第5号
- (1951.4.1)「著者の悲哀 : 本虫の漫想」『あるびよん』第6号
- (1952.2.20)「大学教授の停年制度はどうなっているか」『全國大學教授連合會報』第6号, p.43-54
- (1952.6.11)「十年樹木・百年樹人 : 佐野善作先生大学葬における司式者の言葉」『如水会会報』第267号, p.30-32 [ZA-17]
- (1952.6.14)「身辺雑記」『晨光』第5号, p.1-4
- (1952.7.26)「『青雲の志』について」(講演要旨)『港高等学校生徒新聞』第20号
- (1952.9.11)「三浦先生の肖像」『如水会会報』第270号, p.1-3 [ZA-17]
- (1952.10.1) “Mr. Spectator as an economist : a social study of English literature in the Augustan Age". The Annals of the Hitotsubashi Academy . Vol.3, no.1, p.1-64 [ZBN-4]
- (1953.3.20) (翻訳)「学問の自由と大学教授の地位 : アメリカ大学教授会声明書」『全國大學教授連合會報』第7号, p.42-43 (匿名)
- (1953.3.20) (翻訳)「クエーカーと学問の自由」『全國大學教授連合會報』第7号, p.52-53
- (1953.12.25)「戸山ハイツの自己発見」『友信』創刊号, p.1-2
- (1954.1.1)「古書漁り」『あるびよん』第22号, p.36
- (1954.2.1)「虫の好かぬ人々 : チャールズ・ラムの一随想に関する一随想」『英語青年』100(2), p.50-55 [ZP-7]
*『英語青年』100(3), p.115(1954.3.1)に「前號の正誤」あり - (1954.2.1) “A message on friendship" 『友信』第2号, p.4-7
- (1954.2.1)「友情について」『友信』第2号, p.7-9
- (1954.2.1)「十分間メッセイジについて」『友信』第2号, p.10-11
- (1954.2.1)「素人宗教」『友信』第2号, p.12-14
- (1954.2.1)「青い実 : 一つの思出」『友信』第2号, p.33-35
- (1954.3.1)「BritishとEnglish」『あるびよん』第23号, p.30-31
- (1954.3.1)「三号雑誌」『友信』第3号, p.1-2
- (1954.3.1)「世界人としての友会徒」『友信』第3号, p.3-4
- (1954.3.1)「歴史の微笑」『友信』第3号, p.32-34
- (1954.3.31)「連合理事の「依願免官」」『全國大學教授連合會報』第8号, p.58-62
- (1954.4.1)「人間的表現」『友信』第4号, p.1 (匿名)
- (1954.4.1)「ジョン・ウールマンからの断想」『友信』第4号, p.4-6
- (1954.4.1)「A・Cスコット著Genyadana. Kanjincho」『出版ニュース』266号(4月上旬号), p.18 はがき書評 [ZA-110]
*A.C. Scott著 Genyadana (玄冶店). および Kanjincho (勧進帳) (両書ともTokyo : Hokuseido(北星堂), 1953)の書評 - (1954.5.1) 「第百巻の後に來るもの」『英語青年』100(5), p.280 [ZP-7]
- (1954.5.1) “To the editor" 『英語青年』100(5), p.299 [ZP-7]
*筆名 Economicus - (1954.5.1)「イギリス人の親切」『あるびよん』第24号, p.32
- (1954.5.1)「キリスト教における二つの立場」『友信』第5号, p.7-8
- (1954.6.1)「譲歩できぬ一点」『友信』第6号, p.16-19
- (1954.7.1)「友信への期待」『友信』第7号, p.1 (匿名)
- (1954.7.1)「『職場と信仰』の問題」『友信』第7号, p.10-13
- (1954.7.1)「悪口のお薦め」『あるびよん』第25号, p.28
- (1954.8.1)「バンデ・マートラム」『友信』第8号, p.3
- (1954.8.1)「心機一転」『友信』第8号, p.13-16
- (1954.9.1)「イギリス経済と蘇格人」『あるびよん』第26号, p.8-16
- (1954.9.1)「賭博の借金」『あるびよん』第26号, p.36-37
- (1954.9.1)「国立(くにたち)と舟橋雄先生」『英語青年』100(9), p.482 [ZP-7]
- (1954.9.1)「『世界の良心に訴える』を中心として」『友信』第9号, p.14-16
- (1954.10.1)「クエイカリズムの広場」『友信』第10号, p.1 (匿名)
- (1954.10.1)「友会信仰の特質 : 三十年前の私のクエイカリズム論」『友信』第10号, p.7-12
- (1954.10.1)「アダム・スミスと
投機的事業家 『一橋論叢』32(4), p.301-314 [ZD-71] - (1954.10.22) “Japanese reactions to Quakerism". The Friend : Quaker weekly journal. Vol.112, no.43
- (1954.10.25) 「昔の切抜帖から」The Friend. 第20号
- (1954.11.1)「バーナード・リーチ氏の日本観」『友信』第11号, p.2-4
- (1954.11.1)「最近の倫敦フレンドを読んで」『友信』第11号, p.20-22
- (1954.11.1)「『動物学の用語』その他」『あるびよん』第27号, p.32
- (1954.11.25) “'Nippon eitaigura’ and 'The compleat English tradesman’ : a comparative view of Saikaku and Defoe as bourgeois writers mainly through these two books". The rising generation = 『英語青年』. The special issue for 1954(1954年特別號 増刊英文號), p.7-13 [ZP-7]
- (1955.1.1)「クエイカー的簡素と日本的簡素」『友信』第13号, p.3-4
- (1955.2.1)「友会のデモクラシー」『友信』第14号, p.25-26
- (1955.3.1)「ルーファス・ジョウンズについて」『友信』第15号, p.2-4
- (1955.3.23) “Professor Ginsberg’s lectures". Nippon times. No.20153, p.12 (Readers in council 欄) [ZZN-1]
*筆名 Economicus - (1955.5.15)「藤浪與兵衛の会座談会」『藤浪與兵衛の会』第2号
- (1955.6.1)「問題の発見」『友信』第18号, p.1-2
- (1955.7.3)「早大総長大浜信泉 : 温かい “地熱" 的な常識家」『日本経済新聞』朝刊, p.10 (わが人物評) [ZZ-2]
- (1955.8.1)「イエスの落涙」『友信』第20号, p.8-9
- (1955.9.20)「W・C・ホイットネーを想う」『如水会会報』第306号, p.5-7 [ZA-17]
- (1955.10.1)「反逆の精神」『友信』第22号, p.11-12
- (1955.10.12) “Some business women in Saikaku". Japan quarterly. Vol.2, no.4
- (1955.11.1)「チャールズ・ラムの乞食論」『あるびよん』第33号, p.8-16
- (1955.11.1) “Japan in some English works of the 17th and 18th centuries".『英語青年』101(11), p.494-496 [ZP-7]
- (1955.11.1)「旅窓雑感」(一)『友信』第23号, p.2-3
- (1955.12.1)「旅窓雑感」(二)『友信』第24号, p.1-2
- (1955.12.1)「クエーカーの良心的反対について」(一)『友信』第24号, p.17-20
- (1955.12.1) 「Free Libertyに就て」『英語青年』101(12), p.543 [ZP-7]
- (1956.1.1)「クエーカーの良心的反対について」(二)『友信』第25号, p.5-10
- (1956.1.1)「リンちゃん」『あるびよん』第34号, p.28
- (1956.2.1) 「The Anatomy of Melancholyを中心として」『英語青年』102(2), p.76-77 [ZP-7]
- (1956.2.10)「梨園ために芳し」『梨芳』第1号, p.1
- (1956.3.)「身体不随と精神不随」『友信』第27号, p.4-5
- (1956.4.1)「ペニー翁の告白」『友信』第28号, p.1-2
- (1956.5.1)「クエーカリズムから見た内村と新渡戸」『友信』第29号, p.3-5
- (1956.6.1)「市河さんの実証主義」『英語青年』102(6), p.316-317 [ZP-7]
- (1956.6.1)「中絶の浪費」『友信』第30号, p.1-2
- (1956.6.1)「教会的クエーカーと精神的クエーカー」『友信』第30号, p.5-7
- (1956.7.1)「或る日曜日の戸山ハイツ」『友信』第31号, p.10-11
*筆名 晨光生 - (1956.8.1)「神戸セミナーに出席して」『友信』第32号, p.10-11
- (1956.8.1)「R.A.クロース君を送る」『英語青年』102(8), p.407 [ZP-7]
- (1956.8.2) “The late Prof. Edward Gauntlett". The Japan times . No.20647, p.8 (Readers in council 欄) [ZZN-1]
*筆名 T.U. - (1956.9.1)「復讐するは我にあり」『友信』第33号, p.1-3
- (1956.9.1)「誤植の教訓」『友信』第33号, p.6-7
- (1956.9.1)「古典の香り」『如水会会報』第318号, p.14-16 [ZA-17]
- (1956.9.20)「竹内徳三郎君を偲んで」『如水会会報』第318号, p.52 [ZA-17]
- (1956.10.1)「還暦の大塚教授」『一橋論叢』36(4), p.289-306 [ZD-71]
- (1956.10.) “Saikaku’s 'economic man’ : a comparative study in socio-economic history with illustrations from Saikaku and Augustan English literature". The Annals of the Hitotsubashi Academy. Vol.7, no.1, p.10-32 [ZBN-4]
1-4. 上田辰之助著作集
全7巻. みすず書房, 1987-1996
第1巻『聖トマス経済学 : 中世経済学史の一文献』みすず書房, 1991.8.30
- 「聖トマス経済学 : 中世経済学史の一文献」(p.1-330)
- (底本:『聖トマス經濟學 : 中世經濟學史の一文獻』刀江書院, 1933.9.5)
- 「トムマーゾ・ダクィーノにおける財の観念について」(p.331-341)
- (初出:「トムマーゾ・ダクヰーノに於ける財の観念について」. 福田徳三博士追憶論文集刊行委員會(編輯)『經濟學研究 : 福田徳三博士追憶論文集』東京 : 森山書店, 1933.4.20, p.219-241)
- 「編集後記」(p.343)
- 「 本巻には、先生の主著『聖トマス経済学』(一九三三年九月、刀江書院刊)を収める。これは、一九三五年二月二七日、東京大学経済学部教授会通過の先生の学位請求論文「社会職分を基調とするトマス・アクイナスの経済思想に関する研究」構成三冊子の一、「聖トマスに於ける職分社会思想の研究」、二、「トムマーゾ・ダクヰーノに於ける財の観念について」につづく三、「トマス・アクヰナス原典の文理的研究」として、提出されたものである。
上記一の主論文は本著作集第二巻に収載した。二の「トムマーゾ・ダクヰーノに於ける財の観念について」と題する副論文中の序論にあたる「福田博士と聖トマス経済学」は、これを本著作集第二巻に収め、本論のみを本巻に収録した。」(p.343)
- (初出:「トムマーゾ・ダクヰーノに於ける財の観念について」. 福田徳三博士追憶論文集刊行委員會(編輯)『經濟學研究 : 福田徳三博士追憶論文集』東京 : 森山書店, 1933.4.20, p.219-241)
第2巻『トマス・アクィナス研究』みすず書房, 1987.12.22
- 第1部「トマス・アクィナス」(p.1-195)
(初出:『トマス・アクィナス』三省堂, 1934.11.17 (社会科学の建設者人と学説叢書)) - 第2部「聖トマスにおける職分社会思想の研究」(p.197-398)
(初出:「聖トマスに於ける職分社会思想の研究」『東京商科大学研究年報. 商学研究』第2号, p.229-426 (1933.2.15)) - 第3部「トマス論攷」
- 「スコラ経済思想における秩序と進歩」(p.401-449)
- (初出:「スコラ經濟思想における秩序と進歩」『經濟學論集』5(8), p.937-980 (1935.8.1))
- 「聖トマス協同体思想よりみたるPotestas Procurandi et Dispensandiの意義 : 中世所有概念の一考察」(p.451-498)
- (初出:「聖トマス協同体思想より観たるPotestas Procurandi et Dispensandiの意義 : 中世所有概念の一考察」『經濟學論集』4(1), p.1-42 (1934.1.15))
- 「スコラ学派の極窮状態論とその転回ならびにその発展」(p.499-554)
- (初出:「スコラ學派の極窮状態論と其の轉囘竝に其の發展」. 小野清一郎(編)『法理論集 : 牧野教授還暦祝賀』東京 : 有斐閣, 1938.3.20, p.311-380)
- 「ウスラ論攷」(p.555-570)
- (初出:上田辰之助『經濟人・職分人』東京 : 理想社, 1942.5.10, p.105-124)
- 「ヨハンネス・ラウレス著『スコラ学派の貨幣論』」(p.571-583)
- (初出:(新刊批評)「ヨハンネス・ラウレス著「スコラ學派の貨幣論」」『經濟學論集』7(3), p.395-404 (1937.9.16))
- 「福田博士と聖トマス経済学」(p.585-593)
- (初出:「トムマーゾ・ダクヰーノに於ける財の観念について」. 福田徳三博士追憶論文集刊行委員會(編輯)『經濟學研究 : 福田徳三博士追憶論文集』東京 : 森山書店. p.219-241 (1933.4.20)
- 「スコラ経済思想における秩序と進歩」(p.401-449)
- 矢島鈞次(解説)「「トマス・アクィナスの全体像」について」(p.597-605)
第3巻『西洋経済思想史』みすず書房, 1989.3.2
- 第1部「古代および中世経済学史」(p.1-141)
- (初出:『古代及び中世經濟學史』東京 : 日本評論社, 1939.11.1 (新經濟學全集 / 中山伊知郎, 東畑精一共編 ; 第5巻「經濟學發達史」(上))
- 第2部「経済発展における世界観」(p.143-267)
- (1940年9月より東京商科大学附属商学専門部で行なわれた9回の講義速記録を編集したもの)
- 第3部「社会職分論の展開」
- 「社会経済史における中世紀の再認識について」(p.271-309)
- (初出:『社會經濟史學』5(10), p.1128-1164 (1936.1.15))
- 「近世自然法学者の社会職分論」(p.311-332)
- (初出:『国民経済雑誌』64(3), p.333-353 (1938.3.1)
- 「「制度理論」の経済学的意義」(p.333-359)
- (初出:「制度理論の經濟學的意義」『一橋論叢』1(5), p.607-636 (1938.5.)
- 「社会経済史における中世紀の再認識について」(p.271-309)
- 第4部「職分思想の世界的様相」
- 「職分思想の世界的様相 : 『イタリアの理由』に即して」(p.363-375)
- (初出:「職分思想の国際的様相(上) : 本学創立六十一年記念式典における講演」『一橋新聞』第235号, p.4 (1936.9.28)、 「職分思想の国際的様相(中) : 本学創立六十一年記念式における講演」『一橋新聞』第236号, p.4 (1936.10.12)、 「職分思想の国際的様相(下) : 本学創立六十一年記念式に於ける講演」『一橋新聞』第237号, p.4 (1936.10.26))
- 「英国における組合的経済秩序の可能性とデ・マエスツの貢献」(p.377-404)
- (初出:『国家学会雑誌』52(8), p.1081-1112 (1938.8.))
- 「イーヴ・ギヨー氏とフランス自由主義」(p.405-427)
- (初出:「イーヴ・ギヨー氏と仏蘭西自由主義」『商学研究』8(1), p.61-82 (1928.4.1))
- 「組合国家の成立とその思想的基礎」(p.429-449)
- (初出:「組合国家の成立と其の思想的基礎」『一橋論叢』3(6), p.615-634 (1939.6.1))
- 「職分思想の世界的様相 : 『イタリアの理由』に即して」(p.363-375)
- 第5部「近世英国産業史」
- 「国民典型より観たる英国産業史」(p.453-484)
- (初出:『国民経済雑誌』37(4), p.499-540 (1924.10.1))
- 「『十八世紀英国産業社会』について」(p.485-504)
- (初出:「「十八世紀英国産業社会」に就て」『企業と社会』創刊号, p.33-54 (1926.4.1))
- 「近世英国産業史大意」(p.505-534)
- (初出:上田辰之助講述『近世英国産業史大意』[東京商科大学, 1925?])
- 「国民典型より観たる英国産業史」(p.453-484)
- 矢島鈞次(解説)(p.535-555)
第4巻『蜂の寓話 : 自由主義経済の根底にあるもの』みすず書房, 1987.8.20
(底本:)『蜂の寓話 : 自由主義經濟の根底にあるもの』新紀元社, 1950.4.20)
- 矢島鈞次(解説)「上田先生とマンドヴィル」私論(p.335-366)
第5巻『経済人の西・東』みすず書房, 1988.6.17
- 第1部「スミスの経済人像」
- 「
蘇格 人アダム・スミス」(p.3-88)- (未発表遺稿)
- 「ホモ・エコノミクスの再検討 : 一つのおぼえ書」(p.89-113)
- (初出:『一橋論叢』6(1), p.61-67 (1940.7.1))
- 「アダム・スミスと
投機的事業家 」(p.115-131)- (初出:『一橋論叢』32(4), p.301-314 (1954.10.1)
- 「思想と表現 : 言語に関する若干の断想」(p.133-144)
- (初出:『思想の科学』創刊号, p.10-15 (1946.5.15)
- 「
- 第2部「ディフォウと西鶴」
- 「イギリス町人文学雑考 : 文学と経済との交錯点」(p.147-205)
- (初出:一橋大學一橋學会(編)『一橋大學創立八十周年記念論集』上巻. 東京 : 勁草書房, 1955.9.25, p.183-243
- 「市民社会文学の一形態 : オーガスタン英文学におけるファンタスティック・リアリズムの作品をめぐって」(p.207-277)
- (初出:「市民社会文学の一形態」. 上原専禄(編)『社会と文化の諸相 : 一橋大学社会学部論文集』東京 : 如水書房, 1953.1.25, p.7-82)
- 「『日本永代蔵』と『イギリス商人大鑑』 : 右記二著を中心に町人作家ディフォウ・西鶴を比較する」(p.279-297)
- (初出: “'Nippon eitaigura’ and 'The compleat English tradesman’ : a comparative view of Saikaku and Defoe as bourgeois writers mainly through these two books". The rising generation = 『英語青年』. The special issue for 1954(1954年特別號 増刊英文號), p.7-13 (1954.11.25)) (原文は英文。この翻訳は、まず多田顕が基本的検討をおこない、後に近田一郎が完成させたものである。)
- 「西鶴の「経済人」像 : 西鶴・英国オーガスタン作家の資料に基づく社会経済史的比較研究(p.209-336)
- (初出:"Saikaku’s 'economic man’ : a comparative study in socio-economic history with illustrations from Saikaku and Augustan English literature". The Annals of the Hitotsubashi Academy. Vol.7, no.1, p.10-32 (1956.10.) (原文は英文。この翻訳も、多田顕が基本的検討をおこなった後、近田一郎が完成させたものである。)
- 「イギリス町人文学雑考 : 文学と経済との交錯点」(p.147-205)
- 第3部「騎士道と武士道」
- 「クエイカーの経済思想」(p.339-378)
- (初出:「クヱイカの経済思想」(一)『国民経済雑誌』34(3), p.345-269[i.e.368] (1923.3.1)、「クヱイカの経済思想」(其二)『国民経済雑誌』35(1), p.53-82 (1923.7.1))
- 「キャッドベリーの田園工場」(p.379-393)
- (初出:「田園工場」『企業と社会』第3号, p.23-33 (1926.6.1)、 後に『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.320-340 に収録)
- 「新自由主義の企業者職分論 : 士族的職分思想家としての上田貞次郎博士」(p.395-416)
- (初出:『一橋論叢』7(1), p.12-32 (1941.1.1)、 後に「故上田博士と企業者の職分」として『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.366-396 に収録))
- (初出:「アルフレツド・マアシヤル」『企業と社会』第2号, p.81-90 (1926.5.1) (Memorials of Alfred Marshall / edited by A.C. Pigou. London : Macmillan, 1925 の批評及紹介))
- 「新自由主義の企業者職分論 : 士族的職分思想家としての上田貞次郎博士」(p.395-416)
- (初出:「田園工場」『企業と社会』第3号, p.23-33 (1926.6.1)、 後に『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.320-340 に収録)
- 「クエイカーの経済思想」(p.339-378)
- 第4部「中国・インド・日本」
- 「楽先生の支那的性格」(p.433-441)
- (初出:『一橋新聞』第305号, p.6 (1940.4.10) 後に『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.155-166 に収録)
- 「洋服の日本人と袍子の支那人」(p.443-453)
- (初出:『文藝春秋』18(10), p.6-9 (1940.7.1) 、 後に加筆して『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.167-180 に収録)
- 「島国性と大陸性」(p.455-465)
- (初出:『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.181-194)
- 「面子論」(p.467-482)
- (初出:『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.195-216)
- 「パンジャブの獅子」(p.483-503)
- (初出:「パンヂャブの獅子」『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.292-319)
- 「或るスペイン人の手紙(p.505-522)
- (初出:『イタリア』1(8), p.40-53 (1941.11.1)、 後に『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.341-365 に収録)
- 「楽先生の支那的性格」(p.433-441)
- 第5部「新日本建設の原理」(p.523-559)
- (初出:大倉山文化科學研究所(編)『新日本建設原理』東京 : 明世堂書店, 1947.6.15, p.193-221)
- 近田一郎(解説)「上田先生の比較文化的業績」(p.561-569)
第6巻『エッセイ集』みすず書房, 1996.9.20
- I「随想」
- 「社会科学における文芸的価値」(p.3-4)
- (初出:巻頭言「社會科學に於ける文藝的價値」『ヘルメス』復刊第2集, p.1 (1950.10.20)
- 「古典の香り」(p.5-7)
- (初出:『如水会会報』第318号, p.14-16 (1956.9.1))
- 「トマスとラスキン : 厚生経済先覚者としてのかれら」(p.8-13)
- (初出:「トマスとラスキン : 厚生経済先覚者としてのかれ等」『一橋新聞』第203号, p.4 (1935.2.11))
- 「クレマティスティケ : 商業職分観の種々相」(p.14-19)
- (初出:『一橋新聞』第169号, p.4 (1933.5.29))
- 「『蜂の寓話』コボレ噺コボシばなし」(p.20-22)
- (初出:『一橋大学講座月報』(新紀元社) 第1号, p.2 (1950.5.1))
- 「著者の悲哀 : 本虫の漫想」(p.23-30)
- (初出:『あるびよん』第6号 (1951.4.1))
- 「チャールズ・ラムの乞食論」(p.31-47)
- (初出:『あるびよん』第33号, p.8-16 (1955.11.1))
- 「イギリス経済と
蘇格 人」(p.48-63)- (初出:『あるびよん』第26号, p.8-16 (1954.9.1))
- 「科学技術者の型」(p.64-66)
- (初出:『科学公論』6月号 (1946.6.))
- 「「青雲の志」について」(p.67-72)
- (初出:『港高等学校生徒新聞』第20号 (1952.7.26))
- 「技術と修養 : 技術教育基礎」(p.73-75)
- (初出:『受験タイムス』(1937.3.10))
- 「産業の軍人 : 実業学校生徒諸君に贈る」(p.76-78)
- (初出:『実業学生タイムス』(1937.4.10))
- 「技術・知識・教養 : 商業学校語学教授における」(p.79-105)
- (初出:『関東地区商業学校研究会講演記録』, p.1-15 (1937.6.16))
- 「達知庵漫筆 : 第七回世界教育会議を中心として」(p.106-110)
- (初出:『一橋新聞』第252号, p.4 (1937.7.26))
- 「世界教育会議を顧みて」(p.111-121)
- (初出:『都新聞』17880号(1937.8.16)、17881号(1937.8.17)、17882号(1937.8.18)、17883号(1937.8.19))
- 「旅窓雑感」(p.122-127)
- (初出:『友信』第23号, p.2-3 (1955.11.1)、第24号, p.1-2 (1955.12.1))
- 「燕京雑記 : 輔仁大学を訪れて」(p.128-133)
- (初出:『一橋新聞』第358号, p.3 (1942.12.10))
- 「支那随感四題」(p.134-143)
- (初出:『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.217-229)
- 「什錦花園の半日 : 呉佩孚将軍との一問一答」(p.144-158)
- (初出:『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.263-283)
- 「子玉先生の職分論」(p.159-164)
- (初出:『經濟人・職分人』理想社, 1942.5.10, p.284-291)
- 「時局と支那問題の再認識」(p.165-181)
- (初出:『語学教育』第197号, p.2-11 (1945.1.25))
- 「政策に対するイギリス人の考え方」(p.182-184)
- (初出:「政策に対するイギリス人の考へ方」『英語青年』86(2), p.50-51 (1941.10.25))
- 「「経済的」の英語について」(p.185-187)
- (初出:『英語青年』69(9), p.303 (1933.8.1))
- 「『英語青年』第百巻の後に来るもの」(p.188-190)
- (初出:「第百巻のあとに来るもの」『英語青年』100(5), p.280 (1954.5.1))
- 「経済と英国文化 : 『あるびよん』談話室から 1」(p.191-192)
- (初出:『あるびよん』第5号 (1951.2.1))
- 「古書漁り : 『あるびよん』談話室から 2」(p.193-194)
- (初出:『あるびよん』第22号, p.36 (1954.1.1))
- 「BritishとEnglish : 『あるびよん』談話室から 3」(p.195-196)
- (初出:『あるびよん』第23号, p.30-31 (1954.3.1))
- 「イギリス人の親切 : 『あるびよん』談話室から 4」(p.197-198)
- (初出:『あるびよん』第24号, p.32 (1954.5.1))
- 「悪口のお薦め : 『あるびよん』談話室から 5」(p.199-200)
- (初出:『あるびよん』第25号, p.28 (1954.7.1))
- 「賭博の借金 : 『あるびよん』談話室から 6」(p.201-202)
- (初出:『あるびよん』第26号, p.36-37 (1954.9.1))
- 「「動物学の用語」その他 : 『あるびよん』談話室から 7」(p.203-204)
- (初出:『あるびよん』第27号, p.32 (1954.11.1))
- 「リンちゃん : 『あるびよん』談話室から 8」(p.205-206)
- (初出:『あるびよん』第34号, p.28 (1956.1.1))
- 「社会科学における文芸的価値」(p.3-4)
- II「追想 : わが師わが友」
- 「青淵先生と職分経済 : 東西経済文化に関する若干の比較考察」(p.209-221)
- (初出:『龍門雜誌』544, p.24-34 (1934.1.25))
- 「一門弟の見たる神田
乃武 先生」(p.222-226)- (初出:『英語青年』50(11) 神田乃武男追悼号, p.329-330 (1923.3.6))
- 「「十年樹木・百年樹人」 : 佐野善作先生大学葬における司式者の言葉」(p.227-231)
- (初出:「十年樹木・百年樹人 : 佐野善作先生大学葬に於ける司式者の言葉」『如水会会報』第267号, p.30-32 (1952.6.11))
- 「福田徳三先生と聖トマス研究」(p.232-237)
- (初出:「先生と聖トマス研究」『如水会会報』第80号, p.55-57 (福田徳三君追悼録) (1930.7.1))
- 「三浦新七先生の学風と人格」(p.238-243)
- (初出:「三浦先生の学風と人格」『一橋新聞』第390号, p.2 (1947.10.1))
- 「三浦先生の肖像」(p.244-249)
- (初出:『如水会会報』第270号, p.1-3 (1952.9.11)
- 「上田貞次郎学長を偲びて」(p.250-254)
- (初出:「上田学長を偲びて」『一橋新聞』号外, p.2 (1940.5.20))
- 「還暦の大塚金之助教授」(p.255-277)
- (初出:「還暦の大塚教授」『一橋論叢』36(4), p.289-306 (1956.10.1))
- 「一橋における長岡擴教授」(p.278-280)
- (初出:「一橋に於ける長岡教授」. 長岡記念事業委員會(代表者 上田辰之助)(編)『長岡教授の面影』東京 : 三省堂, p.37-40 (1932.7.1))
- 「W・C・ホイットネーを想う」(p.281-287)
- (初出:『如水会会報』第306号, p.5-7 (1955.9.20))
- 「一橋大学創立七十五周年記念号発刊のことば」(p.288-290)
- (初出:「記念號發刊のことば」『一橋論叢』24(2), p.97-98 (1950.8.1))
- 「 一橋七十五年の回顧」(p.291-297)
- (初出:「学園建設者としての経済学 : 人間的な広さと深さ : 一橋75年の回顧」『一橋新聞』第426号, p.2 (1949.10.15))
- 「書かれざる挿話 : 『一橋新聞』初期を顧みて」(p.298-302)
- (初出:「書かれざる挿話 : 一橋新聞初期を顧みて」『一橋新聞』第402号, p.4 (1948.6.10))
- 「南原繁総長のワシントン演説」(p.303-305)
- (初出:「南原総長のワシントン演説」『毎日新聞』p.2 (1949.12.15))
- 「温かい “地熱" 的な常識家 : 大浜信泉早大総長への期待」(p.306-309)
- (初出:「早大総長大浜信泉 : 温かい “地熱" 的な常識家」『日本経済新聞』朝刊, p.10 (わが人物評) (1955.7.3)
- 「社会的・総合的・発展的な経済史研究 : 本位田祥男博士の近著を読む」(p.310-312)
- (初出:「本位田祥男博士の近著を読む」『時事新報』(1935.7.1))
- 「教育者の勝利 : 切田太郎先生」(p.313-314)
- (初出:「切田先生 : 教育者の勝利」『南邦経済』5(2), 別輯「切田先生と商業英語」, p.7-9 (1937.12.8))
- 「竹内徳三郎君を偲んで」(p.315-317)
- (初出:『如水会会報』第318号, p.52 (1956.9.1))
- 「一中生藤浪藤三郎 : 三代目藤浪與兵衛君のこと」(p.318-323)
- (初出:「一中生藤浪藤三郎」. 三代目藤浪與兵衛(著), 四代目藤浪與兵衛(編)『小道具・藤浪與兵衛』東京 : 演劇出版社, p.307-312 (1954.12.15))
- 「梨芳会の設立 : 梨園ために芳し」(p.324-326)
- (初出:「梨園ために芳し」『梨芳』第1号 (1956.2.10))
- 「わが心友寅さん」(p.327-328)
- (初出:故亀井寅雄追憶記編纂準備会(編)『亀井寅雄追憶記』故亀井寅雄追憶記編纂準備会, p.54-56 (1956.12.))
- 「青淵先生と職分経済 : 東西経済文化に関する若干の比較考察」(p.209-221)
- III「友信」
- 「戸山ハイツの自己発見」(p.331-334)
- (初出:『友信』創刊号, p.1-2 (1953.12.25))
- 「友情について」(p.335-337)
- (初出:『友信』第2号, p.7-9 (1954.2.1))
- 「「十分間メッセイジ」について」(p.338-340)
- (初出:『友信』第2号, p.10-11 (1954.2.1))
- 「素人宗教」(p.341-343)
- (初出:『友信』第2号, p.12-14 (1954.2.1))
- 「世界人としての友会徒」(p.344-346)
- (初出:『友信』第3号, p.3-4 (1954.3.1))
- 「ジョン・ウールマンからの断想」(p.347-350)
- (初出:『友信』第4号, p.4-6 (1954.4.1))
- 「キリスト教における二つの立場」(p.351-353)
- (初出:『友信』第5号, p.7-8 (1954.5.1))
- 「
譲歩できぬ一点 」(p.354-357)- (初出:『友信』第6号, p.16-19 (1954.6.1))
- 「「職場と信仰」の問題 : X君の場合」(p.358-361)
- (初出:『友信』第7号, p.10-13 (1954.7.1))
- 「バンデ・マートラム」(p.362)
- (初出:『友信』第8号, p.3 (1954.8.1))
- 「「世界の良心に訴える」を中心として」(p.363-366)
- (初出:『友信』第9号 (1954.9.1))
- 「友会信仰の特質 : 三十年前の私のクエイカリズム論」(p.367-372)
- (初出:『友信』第10号, p.7-12 (1954.10.1))
- 「バーナード・リーチ氏の日本観」(p.373-376)
- (初出:『友信』第11号, p.2-4 (1954.11.1))
- 「クエイカー的簡素と日本的簡素」(p.377-379)
- (初出:『友信』第13号, p.3-4 (1955.1.1))
- 「友会のデモクラシー」(p.380-382)
- (初出:『友信』第14号, p.25-26 (1955.2.1))
- 「ルーファス・ジョウンズについて」(p.383-386)
- (初出:『友信』第15号, p.2-4 (1955.3.1))
- 「イエスの落涙」(p.387-389)
- (初出:『友信』第20号, p.8-9(1955.8.1))
- 「反逆の精神」(p.390-391)
- (初出:『友信』第22号, p.11-12 (1955.10.1))
- 「クエイカーの良心的反対について」(p.392-398)
- (初出:「クエーカーの良心的反対について」(一)『友信』第24号, p.17-20 (1955.12.1)、 「クエーカーの良心的反対について」(二)『友信』第25号, p.5-10 (1956.1.1))
- 「教会的クエイカーと精神的クエイカー」(p.399-401)
- (初出:「教会的クエーカーと精神的クエーカー」『友信』第30号, p.5-7 (1956.6.1))
- 「戸山ハイツの自己発見」(p.331-334)
- IV「晨光」
- 「『晨光』に寄す」(p.405-407)
- (初出:『晨光』創刊号 (1941.12.20))
- 「ゼミナールの思い出 : 大正十二年以来」(p.408-414)
- (初出:『晨光』創刊号 (1941.12.20))
- 「多瑪書屋だより」(一)(p.415-420)
- (初出:『晨光』第2号, p.1-5 (1942.9.20))
- 「愛弟子たちを戦場に送る」(p.421-422)
- (初出:『晨光』第3号, p.1 (1943.10.))
- 「多瑪書屋だより」(二)(p.423-427)
- (初出:『晨光』第3号, p.1-3 (1943.10.))
- 「『晨光』再刊への御挨拶」(p.428-432)
- (初出:「御挨拶」『晨光』第4号, p.2-4 (1950.1.5))
- 「身辺雑記」(p.433-438)
- (初出:『晨光』第5号, p.1-4(1952.6.14))
- 「『晨光』に寄す」(p.405-407)
- V「人間アヤノの点描」
- 「人間アヤノの点描」(p.441-466)
- (初出不詳)
- 「上田アヤノの生涯」(p.467)
- (初出不詳)
- 「告別式について」(p.468-469)
- (初出不詳)
- 「人間アヤノの点描」(p.441-466)
- 「上田辰之助年譜・著作目録」
- 「上田辰之助小伝」(p.473-476)
- 「上田辰之助年譜」(p.477-492)
- 「上田辰之助著作目録」(p.493-512)
- 「上田辰之助著作集・総目次」(p.513-518)
- 桶舎典男「編集後記」(p.519-525)
第7巻『英文学における南海泡沫会社 : 欧文論集』みすず書房, 1995.12.12
- The South Sea Bubble in English literature (p.1-42)
- Three English fables : an economic-historical study (p.43-140)
- The Beggar’s opera, the London Merchant & other plays (p.141-187)
- The world conception in Augustan-Age English literature (p.188-198)
- Mr. Spectator as an economist : a social study of English literature in the Augustan Age (p.199-303)
- (初出: The Annals of the Hitotsubashi Academy. Vol.3, no.1, p.1-64 (1952.10.1))
- Saikaku’s 'economic man’ : a comparative study in socio-economic history with illustrations from Saikaku and Augustan English literature". (p.304-340)
- (初出: The Annals of the Hitotsubashi Academy. Vol.7, no.1, p.10-32 (1956.10.))
- 'Nippon eitaigura’ and 'The compleat English tradesman’ : a comparative view of Saikaku and Defoe as bourgeois writers mainly through these two books (p.341-359)
- (初出:The rising generation = 『英語青年』. The special issue for 1954(1954年特別號 増刊英文號), p.7-13 (1954.11.25))
- Some business women in Saikaku (p.360-370)
- (初出: Japan quarterly. Vol.2, no.4 (1955.10.12))
- Naibu Kanda, 1857-1923 (p.371-407)
- (初出: Memorials of Naibu Kanda / edited by Kanda Memorial Committee. Tokyo : Toko-Shoin, 1927, p.3-33)
- 桶舎典男(解説)「オーガスタン文学研究前後」(p.409-414)
〔月報〕
- 第1号(第4巻付録)(1987.8)
- 上田辰之助「『蜂の寓話』コボレ噺コボシばなし」(p.1-2)
(『一橋大学講座月報』(新紀元社) 第1号, p.2 (1950.5.1)より再録) - 矢島鈞次「マンドヴィル『蜂の寓話』刊行事情」(p.3-6)
- 菅原藤也「上田伝説異聞」(p.6-11)
- 上田辰之助「『蜂の寓話』コボレ噺コボシばなし」(p.1-2)
- 第2号(第2巻付録)(1987.12)
- 稲垣良典「トマスと天使」(p.1-4)
- 中村巳喜人「嗚呼、上田先生!」(p.4-7)
- 第3号(第5巻付録)(1988.6)
- 鶴見俊輔「名付親への感謝」(p.1-4)
- 海保真夫「イギリス文人とキリスト教会」(p.4-8)
- 第4号(第3巻付録)(1989.3)
- 都築忠七「上田辰之助教授の戦中・戦後」(p.1-5)
- 桶舎典男「書き加えられざる第九講 : 「経済発展における世界観」公刊に寄せて」(p.5-7)
- 第5号(第1巻付録)(1991.8)
- 矢島鈞次「キリスト教と大学」(p.1-7)
- 本位田祥男「上田辰之助博士の学風」(p.7-9)
(『一橋新聞』第593号, p.2 (1957.1.20)より再録)
- 第6号(第7巻付録)(1995.12)
- 藤波隆之「「梨芳会」創立のころの上田辰之助先生」(p.1-5)
- 斎藤勇「上田辰之助博士を憶う」(p.6-9)
(『一橋論叢』37(5), p. (1957) より再録) - 福原麟太郎「上田辰之助 : 論争を挑発する」(p.9-11) (『朝日新聞』1967年1月24日夕刊, p.7「折り折りの人」(8)より再録)
- 第7号(第6巻付録)(1996.9)
- 板垣與一「三つの出会い : 先生と私」(p.1-4)
- 前田多門「上田さんを憶う」(p.4-5) (『友信』上田辰之助追悼号、1956年11・12月合併号より再録)
- 南原繁「上田辰之助博士の憶い出」(p.5-8)
- 板垣與一「著作集の刊行完結に際して」(p.8-9)
*cf. 板垣與一「著作集の刊行完結に際して」『上田辰之助著作集』[第6巻付録: 月報] 第7号, p.8-9(1996.9)
「 上田先生がご生前に単行本として出版された著作は、(一)『聖トマス経済学』(刀江書院)、(二)『トマス・アクィナス』(三省堂)、(三)『経済人・職分人』(理想社)および(四)『蜂の寓話』(新紀元社)の四冊であるが、(三)の極く一部を割愛したのみで、右の著作はすべてこれを本著作集に収めた。
… 当初の編集段階では「日記・評伝」と題する一巻を含めて全八巻の予告をした。しかるところ、「日記」はすべて英文であり、その翻訳、抄録など適宜の処理がすこぶる困難を極め、竟に断念のやむなきに至った。「評伝」については、これを主として『エッセイ集』に収めることができた。 … 。
なお、板谷茂氏の手許ですでに完成していた上田先生の晩年最後の一年八か月の英文日記の翻訳の全文は、著作集の補巻の意味をこめて刊行された晨光会の私家版、『上田辰之助先生の日記と追憶』(論創社)に、これを収録したことを追記しておきたい。」
2. 上田辰之助に関する文献
(著者名順)
- 五百旗頭眞治郎(1957.5.1)「福田・上田両教授の聖トーマス研究」『一橋論叢』37(5), p.440-472 [ZD-71]
- 磯部浩一(1957.1.20)「犬と神様のお話」『一橋新聞』第593号, p.2 [ZZ-7]
- 大塚金之助(1957.5.1)「故 上田辰之助名誉教授」『一橋論叢』37(5), p.423-434 [ZD-71]
- 桶舎典男(1957.1.20)「偉大な薬舌」『一橋新聞』第593号, p.2 [ZZ-7]
- 桶舎典男(1957.5.1)「上田辰之助名譽教授年譜」『一橋論叢』37(5), p.553-569 [ZD-71]
- 桶舎典男, 阿部志郎(1957.5.1)「上田辰之助名譽教授著作目録」『一橋論叢』37(5), p.570-588 [ZD-71]
- 鍵主覇郎(1992.10)「「蜂の寓話」と現代 : 上田辰之助のマンドヴィル論を中心として」『金沢経済大学論集』26(1・2), p.41-55
- 鍵主覇郎(1994.3)「蜂の寓話」とスミス : 上田辰之助のマンドヴィル論から」『金沢経済大学論集』27(3), p.13-35
- 五島茂(1957.1.20)「"下町会" 結成を前に」『一橋新聞』第593号, p.2 [ZZ-7]
- 齋藤勇(1957.5.1)「上田辰之助博士を憶ふ」『一橋論叢』37(5), p.435-439 [ZD-71]
- 多田顕(1992.2)「故上田辰之助教授の第18世紀における日英の経済人像比較論について : 故上田辰之助教授に捧ぐ」『経済論集』(大東文化大学経済学会) 54, p.260-221
- 多田顕(1996.12)「故上田辰之助教授の英文論文"Mr. spectator as an economist"について」(上)『経済論集』(大東文化大学経済学会) 68, p.111-130
- 多田顕(1997.5)「故上田辰之助教授の英文論文"Mr. spectator as an economist"について」(下)『経済論集』(大東文化大学経済学会) 69, p.135-156
- 都築忠七(1984.2.23収録)
(1984.4.9)『上田辰之助教授の戦後』東京 : 一橋の学問を考える会. 19p. (橋問叢書 ; 第29号) [Az-178-29-40]
(1985.10.15)「上田辰之助教授の戦後」『一橋の学風とその系譜』2. 東京 : 一橋大学学園史編纂委員会, p.91-101 [089:23:2] [Az:203:2] - 津波古充文(1993.5)「利己心と利他心の吟味 : 河上肇,上田辰之助の所説を中心に」『大阪産業大学論集 社会科学編』92, p.85-89
- 仁木良和(1998.12)「上田辰之助における報徳思想の影響について : 報徳経済学研究会に関連して」『経済と経済学』(東京都立大学経済学会) 88, p.107-112
- 藤浪与兵衛(1957.1.20)「梨園ために芳し」『一橋新聞』第593号, p.2 [ZZ-7]
- 本位田祥男(1957.1.20)「上田辰之助博士の学風」『一橋新聞』第593号, p.2 [ZZ-7]
- 山中篤太郎(1957.1.20)「語学の神と金髪」『一橋新聞』第593号, p.2 [ZZ-7]
この文献リストについて
- この文献リストは、主として『上田辰之助著作集』第6巻「エッセイ集」みすず書房, 1996.9.20, p.493-512「上田辰之助著作目録」をもとに増補および修正を加えたものである。
- 各種目録によって増補するとともに、可能な範囲内で現物を確認して修正した。
- この文献リストには、一橋大学附属図書館に未所蔵のものも含まれている。
- 一橋大学附属図書館の請求記号を [ ] 内に付記した。