ここからメインコンテンツです。

森川俊夫先生追悼展示

解説パンフレット: PDFファイル 254KB 

展示        終了しました
日 程 平成31(2019)年4月1日(月)~令和元(2019)年5月31日(金)   (附属図書館の各開館日の開館時間中)
場 所 一橋大学附属図書館 本館1階 
〒186-8602 東京都国立市中2-1 (JR中央線 国立駅 下車徒歩10分)

   森川俊夫名誉教授が、去る2018(平成30)年10月30日にご逝去されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

   今回の展示では、森川先生の翻訳書、関連図書(ファシズムと闘う言論など)、および、ドイツ出身のノーベル賞作家トーマス・マンの1951年3月20日付けの書簡(森川先生より2017年11月30日ご寄贈いただきました)をご紹介します。

「森川俊夫名誉教授年譜」『一橋論叢』109, p.420-423 (1993.3.1)【ZD:71】 http://doi.org/10.15057/10975
「 一九五〇年

三月、水戸高等学校を卒業、四月、東京大学文学部独語独文学科に入学。六月二五日、朝鮮戦争が勃発。それ以前から対日政策を一八〇度転換して日本に再武装を要求しだしたGHQ、あるいはアメリカに対して不信感を覚える。この頃、洋書輸入が自由化され、トーマス・マンの『ファウストゥス博士』を入手。」「「アメリカ在住のトーマス・マンが平和運動から手を引くと声明した」という簡単な新聞報道に接してマンに質問の手紙を送ったところ、五一年四月初め返書が届く。この三月二〇日付けの書簡は後に全集に収録される。」(p.421)

   マンの政治的見解が率直に表されており、森川先生は続いて、この書簡を公表してよいか問い合わせましたが、マッカーシズムの吹き荒れる時期であり、赤狩りを懸念するマンから公表を差し控えるよう返事をもらったそうです。この返信書簡は紛失した模様。

   後年、在外研究のためドイツのトーマス・マン・アルヒーフを訪れた際、この書簡を持参し、研究者間で回覧しました。 このため、その後出版されたマンの全集には、この手紙の全文も収録されています(“An einen jungen Japaner”. An die gesittete Welt : politische Schriften und Reden im Exil (Gesammelte Werke in Einzelbänden : Frankfurter Ausgabe). Frankfurt am Main : Fischer, c1986, S. 793-795【224:278:1】)。

   書簡の内容の一部が、後年マンが新聞を通じておこなった政治的発言において再利用されています。したがって、戦後のマンの政治的思考の発展をたどるうえで、たいへん貴重な一次資料と考えられます。マンを中心とするドイツ文学・ドイツ思想を研究課題とした森川先生の研究人生を決定づけた資料とすらいえるのかもしれません。

   森川俊夫訳『トーマス・マン日記』1951-1952. 東京 : 紀伊國屋書店, 2008【9400:134:1951-1952】では、p.78-80、1951年3月15日木曜日の箇所に「日本の学生森川へのかなり長文の手紙、これは午後書きおえる」と言及されています。ちなみに、1985年の刊行開始から30年余をかけて完結した『トーマス・マン日記』(森川俊夫他訳、全10巻)は、2016年の第52回日本翻訳出版文化賞を受賞しています。



写真
ここからフッターです。