平成17年度一橋大学附属図書館企画展示

オウエンから一橋へ : 消費組合の成立と展開

3. 日本における協同組合思想 : 一橋を中心に

「籠城事件」とは…

1927(昭和2)年の金融恐慌、1929(昭和4)年の世界恐慌に加え、1931(昭和6)年には東北、北海道の凶作が重なり、我が国は不況のどん底にあった。一方国外では同年9月、満州事変が勃発していた。

このような状況化で、銃撃に倒れた浜口雄幸首相を受け継いだ第2次若槻礼次郎内閣は、前内閣から留任した井上準之助蔵相のもと、緊縮政策を断行することとなった。

1931(昭和6)年10月1日の新聞各紙は、内閣の設置した「臨時行政財政審議会」の行政整理原案を報道したが、それには北海道帝国大学の予科、東京商科大学の予科、及び同専門部の廃止が含まれていた。

10月2日、東京商科大学本科・予科・専門部の三科連合教授会が反対決議を行なった。翌10月3日には、予科・専門部・本科の三科合同学生大会が反対を決議するとともに、10月5日から神田一ツ橋の旧校舎で籠城を決行することとなった。

10月6日午後には、学生デモと警官隊が大衝突する事態に至ったが、学生、教官、如水会をはじめとする卒業生らも含めた、大学をあげての猛反対に、10月8日には廃止が撤回され、10月16日、予科及び専門部の存続が正式に決定された。

この籠城事件において、一橋消費組合は「購買部」として、籠城のための物資調達などにあたっている。


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