平成17年度一橋大学附属図書館企画展示

オウエンから一橋へ : 消費組合の成立と展開

虹の旗の由来

   国際協同組合同盟 International Co-operative Alliance (ICA) の虹の旗は、1923年のICA中央委員会で採用を決定、第11回ゲント大会(1924年)で協同組合旗として正式に制定された。
   虹の旗をICAのシンボルとして掲げるよう最初に提案したのは、第2回パリ大会(1896年)にフランスの代表として参加した、フーリエ主義者のF.ベルナルドであった。「7色帯のスペクトル」である虹は、フーリエ主義者には「統一性のなかの多様性」を意味したし、多くの協同組合人には多様な利害関係に調和をもたらし、ひいては普遍的な平和を約束する希望をもたらす「多様性のなかの統一性」を意味した。
   ベルナルドの提案以後、ICAに採用されるまでには長い年月がかかったが、その間、「虹の旗」のもつ意義を説き続けたのは、フランスの経済学者シャルル・ジード(Charles Gide 1847-1932)だった。
(以上、中川雄一郎「平和と協同のエムブレム : 虹の旗と国際協同組合デーの起源」『協同組合経営研究月報』第537号, p.3-11 (特集・国際協同組合デー)(1998)【ZD:146】に拠る)

   なお、現行のICAのロゴマーク(虹から飛び立つ鳩をイメージしたもの)は、2001年4月の理事会で正式に決定した新しいものである (cf. 「国際協同組合同盟(ICA)のロゴが変わりました」『Web CO・OP2003年2月号)。

   また、虹の旗は、協同組合以外のいくつかの運動でも、シンボルとして使われている。

   性的少数者の人権運動(gay pride)のシンボルとしてのレインボーカラー、虹の旗(rainbow flag)は、世界各地でパレード(pride parade)をはじめとするプライドイベント(1969年6月27日深夜(28日未明)のストーンウォール事件(Stonewall riots)にちなんで6月下旬におこなわれるものが多い)のほか、同性愛者歓迎の宿泊施設、飲食店やブティックの目印としても国際的に使用されている。
   また、平和運動(peace movement)のシンボルとしての平和の虹の旗(La bandiera della Pace)はイタリア起源である。
「*虹の旗 7色の旗の起源は,フランスの思想家フーリエの発想したものともいわれているが,1923年にICA中央委員会が制定し,1924年第11回大会で協同組合旗として正式に決定された。フランスの著名な経済学者で,協同組合指導者であったジードが,旧約聖書に「ノアの大洪水のあと,初めて人間が平和を求めあい助けあう姿を神が嘉したもうて虹をあらわした」とあるのを引用し,協同組合運動の理想として「虹」をシンボルとするよう提案し,採択されたものとされている。」(『協同組合事典』川野重任 [ほか] 編集. 新版. 家の光協会, 1986.6, p.283)
中川雄一郎「平和と協同のエムブレム : 虹の旗と国際協同組合デーの起源」『協同組合経営研究月報』第537号, p.3-11 (特集・国際協同組合デー)(1998)

「 ... 虹の旗をICAのシンボルとして掲げるよう最初に提案したのは,フーリエ主義者J.B.A.ゴダンが創設した,近代的コミュニティであるファミリィステールの指導者の1人,F.ベルナルドであった。彼は1896年に開催された第2回パリ大会にフランスの代表として参加し,「虹の旗」の提案をしたのである。...。 ... 「7色帯のスペクトル」である虹は,フーリエ主義者には「統一性のなかの多様性」を意味したし,多くの協同組合人には多様な利害関係に調和をもたらし,ひいては普遍的な平和を約束する希望をもたらす「多様性のなかの統一性」を意味したからである。ゴダン派のベルナルドにとって,「虹の弓形(アーチ)」は,ゴダンが彼のアソシエーションの住民のために建設した「社会パレス」――ゴダンは,劇場,図書室,ホール,オフィス,協同組合店舗,厨房,食堂などを含む4〜5階建てのアパートメントをそうう呼称した――を象徴するものであったが,ICAの形成に尽力しながらも,その実現を見ることなく1892年に没したE.V.ニールにしても同じであった。 ... 。ニールもまた,「虹の弓形」に協同組合運動のエムブレムを見ようとしたのである。」(p.4-5)

「 ... ベルナルドは ... ICAが「虹の旗」を採用するよう提案したが,否決されてしまった。そして以後彼の提案をシャルル・ジードが受け継いだのである。しかしそれでも,「虹の旗」の図柄がICAの旗として取り上げられるのはようやく1923年になってからのことであった。しかしこの間,ジードはこの「虹の旗」のもつ意義を説き続けた。彼は彼のエッセイ『協同組合12の長所』(The Twelve Virtues of Co-Operation)でこう語っている。
彼ら(ロッチデールの先駆者たち)の新生の娘であるICAは,やがて自らの旗をもつことになろうが,その旗の色はファランステリアン(Phalansterian)のそれと同じように,「統一性のなかの多様性」を象徴する7色帯のスペクトルとなるだろう。そこで,ICAの旗は,いわゆる「文明」国家のエムブレムとして使われる鷲,ライオン,豹それにすべての猛獣の代わりに,握手する2人をその紋章とするのである。
  ICA執行委員会が「虹の旗」の採用を決定したのは1923年2月にゲントで開かれた委員会であった。ジードはこの知らせを聞き,大いなる満足をもって,かつてのICA会長H.J.メイに上記のエッセイを贈っている。翌年3月,プラハで開かれたICA中央委員会に呼ばれたジードは,この「7色帯のスペクトル」の図柄は,フーリエから発しており,それを精確に再生することは技術的に困難なので,7色帯が白地に重ね合わされ,エムブレムとして星1つを加えるよう提案した。そしてベルギーの協同組合人によってジードの提案通りにデザインされたICAの「虹の旗」が,1924年ゲントで開催された第11回大会と国際協同組合展覧会に初めてその姿を現わしたのである。しかしながら,その理由は(私には)不明であるが,翌年1月にフランクフルトで開かれた執行委員会は「虹の旗」の公式の図柄を「水平なストライプ(縞模様状)の虹の7色を配した」ものに決定した。それが現在の協同組合の「虹の旗」なのである。」(p.5-6)

「  1922年10月にドイツのエッセンで開かれた会合において,ICA執行委員会は「7月の第1土曜日」を「協同組合人の日」(Co-operator's Day)とすることを決定した。この協同組合人デーは,労働者の「メイ・デー」にその精神においては符合するが,それからは完全に独立していることが強調された。また「7月の第1土曜日」という選択は任意の選択であるが,強いて言えば,多くの協同組合人は戸外での祝賀集会を組織することを好み,しかも7月はヨーロッパでは集会を開く最良の月であったからである。
  このようにして「7月の第1土曜日」を「協同組合人の日」として祝賀する最初の「国際協同組合デー」が1923年7月7日に挙行されたのである。」(p.8)

一橋大学附属図書館 学術・企画主担当