平成17年度一橋大学附属図書館企画展示

オウエンから一橋へ : 消費組合の成立と展開

2. イギリスにおける協同組合思想 : 萌芽からロッチデール原則まで

2.1 オウエン以前

プロックホイ(P.C. Plockhoy 1620頃-1700頃)は、1659年に A way propounded to make the poor in these and other nations happy (貧民を幸福にするための方法)において、農業と工業とが有機的に結合され、キリスト教精神に導かれた共同労働と共同家計が営まれる協同共同組合制度「小共和国」を提示した。

プロックホイの著書
A way propounded to make the poor in these and other nations happy (1659)
ベラーズの著書
Proposals for raising a colledge of industry of all useful trades and husbandry ([1817? reprint])

ベラーズ(J. Bellers 1654-1725)は、1695年 Proposals for raising a colledge of industry of all useful trades and husbandry (産業学寮設立提案)において労働者およびその家族を収容する産業学寮の設立を提案した。鋭い社会批判と農工共同体の提案、教育と労働の結合、児童教育の重視、労働を価値の尺度とする考えなどオウエンの先駆けであった。前出の『自叙伝』によれば、1817年、その提案を読んで共感したオウエンはそれを1,000部印刷して配布したとあり、本学所蔵カール・メンガー文庫にそのうちの1冊が納められている。

2.2 「ロッチデール公正先駆者組合」の誕生と発展

19世紀に入り、産業革命を経過することによってイギリス資本主義は、機械制大工業の生産力を基盤に世界の工場としての地位を確立するに至った。しかし、その過程で多数の小生産者の没落による深刻な失業と貧困といった社会問題を生じさせた。イギリスの協同組合運動は、そういった社会状況のなかから労働組合や社会主義運動と未分化の形で起こってきた。

1840年代ランカシャーの綿紡地帯ロッチデールにおいても、労働者は貧困にあえいでいた。そのような状況のなか、オウエンの協同組合思想の影響を受けていたフランネル織物工委員会は、ロッチデール公正先駆者組合(Rochdale Society of Equitable Pioneers)を開設した。

創始者のうち13 名の写真
▲ 「ロッチデール公正先駆者組合」創始者のうち13 名の写真
The Rochdale pioneers : a century of co-operation in Rochdale (1944) 所収

28人の労働者によって1844年12月21日トード街に誕生した組合店舗は、商品も小麦粉、バター、砂糖、オートミールの4品目のみ、開店時間も月曜と土曜の晩だけというささやかなものであった。

しかし、その後の先駆者組合の発展はめざましかった。1844年から1855年の間に組合員数50倍、基金総額約400倍にも増大した。1850年には、協同穀物製粉所を開設、翌51年には店舗を毎日開店することになった。さらに1854年には、ロッチデール生産協同組合を設立、1867年には、1,400人収容の会議室や蔵書数12,000冊の図書室も持つ中央店舗(Central stores)が総経費13,360ポンドをかけて建設された。

組合員の知的向上のためつくられた先駆者組合の図書室の蔵書目録 Catalogue of the Library of the Rochdale Equitable Pioneers’ Society Limited (1868)には、10支部の図書室の新聞リストも載っており、巻末には幻灯機、顕微鏡や双眼鏡の貸出についての記載がある。

先駆者組合の図書室の蔵書目録
Catalogue of the Library of the Rochdale Equitable Pioneers' Society Limited (1868)
The history of the Rochdale pioneers
The history of the Rochdale pioneers (10th ed. 1893)
口絵は Central Stores
ホリヨークの肖像
▲G.J. Holyoake 
Life and letters of George Jacob Holyoake (1908) 所収

一方、1852 年に「産業・節約組合法」が成立すると、先駆者組合を模範とする消費協同組合が数多く生まれた。

それを側面から援助したのが、ホリヨーク(G.J. Holyoake 1817-1906)であった。彼は、1843年にオウエン思想の社会宣教師としてロッチデールを訪れており、先駆者組合の歴史を記したSelf-help by the people : history of co-operation in Rochdale (1858)を著した。この本は版を重ね、イギリスだけでなくヨーロッパ諸国まで「ロッチデール方式」を広く紹介し、消費協同組合の普及に貢献した。

2.3 ロッチデール原則

先駆者組合以前にも協同組合経営による店舗は、数多く存在した。しかし、そのいずれもが長続きしないまま解体していった。その中で、先駆者組合が、消費協同組合の原型として著しく発展し、現在まで引き継がれてきた理由は、のちに「ロッチデール原則」といわれる協同組合の経営理念にあった。

先駆者組合設立当初1844年の最初の規約 Laws and objects of the Rochdale Society of Equitable Pioneers では、「自給自足の国内植民地の設立」を目的としており、オウエン主義的協同組合思想の強い影響が認められる。しかし、同時にそれは、「組合の金銭的利益」の実現を第一義的目標として掲げ、そのために購買高配当を中心とする諸原則を確定した。

先駆者組合が案出した原則は次のものである。@民主的運営−出資の多寡や性別に関係なく一人一票の議決権を有する。A自由加入制−門戸の開放と加入・脱退の自由B出資金に対する利子の固定あるいは制限C購買高配当−市価販売によって生じた余剰金を組合員の購買高に応じて配分する。D現金取引E純粋で混じりもののない商品のみを販売する−量目を正確にし、品質本位とする。F教育の推進−余剰金の一部をもって組合員の教育の推進を図る。G政治的・宗教的中立

ロッチデール公正先駆者組合の規約
Laws and objects of the Rochdale Society of Equitable Pioneers (1844)

これらの原則は、先駆者組合以前の協同組合運動や労働組合運動の経験や成果から採択したもので、決して新しいものではなかったが、それが組みあわされて協同組合の新しい形態を創りだした。先駆者組合は、一方で資本主義経済に適応する形で協同組合運動の自立を図り、他方で「公正」を社会的に貫徹させる形で資本主義経済に対する批判を展開した。

2.4 ロッチデール原則と協同組合原則

この「ロッチデール原則」の精神は、国際協同組合同盟(International Co-operative Alliance 略称 ICA)の「協同組合原則」へと受け継がれている。1895年に国際的な組織として成立した ICA では、その加入資格をロッチデール原則を遵守している組合に限るとしていた。しかし1917年のロシア革命後、共産主義政権下にある協同組合が真にロッチデール原則を遵守できているのか、すなわち「政治的中立」ということをめぐり加盟する組合間で原則の解釈に揺れが生じていたことから、協同組合間での共通認識として ICA で「協同組合原則」が制定されることになる。これが第15回パリ大会(1937年)において採択された「協同組合7原則」であり、この初期の原則ではロッチデール原則の影響が色濃く反映されている。これは、協同組合原則を制定するにあたり、そもそもロッチデール原則とは何かということをまとめた上で採択されたということによる。

時代が変化するにつれて「協同組合原則」の内容も変化している。現金取引の原則の代わりに協同組合間協同の原則が新たに取り入れられるなど国際情勢の変化、また原則そのものが時代と合わなくなるという現象に対応したものである。幾度かの変遷を経て、現在では1995年に採択された「国際協同組合同盟・協同組合のアイデンティティに関する声明」において協同組合の定義、価値と共にそれらを実践するための指針として7 つの原則が協同組合原則と紹介されている。


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