平成18年度一橋大学附属図書館企画展示

江戸時代の豪農と地域社会 : 岡田家文書の世界

連合する村々と訴願運動 : 岡田家の政治的活動

18世紀末以降、岡村は幕領であり(高槻藩預り所時代を含む)、岡田家は代々庄屋をつとめた。岡村の支配者をみると、大坂鈴木町、谷町代官(大阪府)、大津代官、信楽代官(滋賀県)と頻繁に交替している。安定しない幕領支配体制をささえる機能の一端を担ったのが、各村の庄屋たちが集会を開いて自治的に運営した「郡中」や「組合村」という地域運営組織である。村々にとっては、役所への出勤費・飛脚賃や年貢納入関係費などを共同負担したり、その経費を削減したりするなど、支配を合理化する側面もあった。

岡村は、支配者の変化にともない構成村の違いはあるが、周辺の6ヶ村(丹南郡野中村、野々上村、伊賀村、多治井村、小平尾村、阿弥村)との連合を基本とした組合村を構成していた。岡田家は、この組合村々の庄屋との連携をはかりつつ政治的活動を展開している。例えば、嘉永5(1852)年、打ち続く凶作によって困窮する組合村々に融通する貸付金の拝借願を代官所に対しておこなった。その際、これに連動するように組合村の惣代庄屋たちは岡田家の活動を支援する願書を代官所に提出している。岡田家は、組合村々の同意をえて(委任されて)、訴願運動をリードする地域政治の中心人物だったのである。また、岡田家は、組合村の代表として郡中集会に参加することもあり、郡中入用や組合村入用など入用負担の構造に応じた勘定帳の作成にも携わった。

▲ 郡中入用(河内国六郡・四郡・三郡)・組合村入用勘定帳:
嘉永5年11月「子十一月河州六郡入用立合勘定帳」、 嘉永5年12月「子十二月四郡立合勘定帳」、 嘉永5年12月「子十二月三郡立合勘定帳」、 嘉永5年12月「当子十二月丹南郡東組合勘定帳」
 

郡中・組合村という地域運営組織が円滑に機能するためには、都市における町人たちの協力も必要であった。畿内幕領地域では、大坂代官所付近の「用達」「郷宿」がその役割を担い、支配実現にとって欠かせない存在であった。主として、「用達」は代官所の触伝達や郡中入用の割付と徴収をおこない、「郷宿」は御用や訴願のため大坂に来る百姓の宿となった。また、村々が諸役所に提出する願書や訴状の作成、添削もおこなった。

用達大坂屋定次郎から岡村へ郡中入用割付銀請取状:  丑(嘉永6年)7月10日「覚」 ▲

畿内における訴願運動の特徴として国訴が度々行われたことがある。国訴は、棉や菜種油など農産物や加工品販売をめぐる大坂問屋の流通独占の否定や高価格での販売を求めて、1,000ヶ村を超える村々が連合した民衆運動である。摂津・河内・和泉国の幕領の場合、このような広域訴願が実現できた背景に、郡中・組合村による運営体制を基軸に代官支配の違いを超えて連絡をとりやすかったこと、その際に集会所として「郷宿」が機能していたことがあった。

▲ 安政2年6月摂津・河内国1,086ヶ村による国訴: 「乍恐以書付奉伺候」(安政2年6月)

岡田家については、近世・近代を通じて経済活動について注目されることが多いが、地方名望家としての側面を考えるうえでも、近世期における政治的活動について評価することを忘れてはならないであろう。

(一橋大学大学院社会学研究科博士課程 野本 禎司)

一橋大学附属図書館 学術・企画主担当