平成18年度一橋大学附属図書館企画展示
江戸時代の豪農と地域社会 : 岡田家文書の世界

岡田家文書を用いた日本近世史研究 [展示ケース13]

○津田秀夫(1918-1992)

「封建社会崩壊期における農民闘争の一類型について」
初出 『歴史学研究』168号 1954.2
のち 『近世民衆運動の研究』三省堂 1979 に収録

当時の研究状況は、百姓一揆を幕藩体制下の下からの変革の政治力としてとらえ、農民の反封建闘争のピークとして把握することが必要であるとの見解が主流であった。そして、全国を商品経済の進展度から、先進地域・中間地域・後進地域と分けたうえで、その地域的・時代的役割の相異が論点となっていた。畿内のような生産力の高い先進地域においては、一揆などの犠牲の大きい運動に出る必要はないから一揆の発生が多くなかった、とする見解がある中で、津田秀夫は「より効果的な広汎な農民闘争を指摘しておかなければならない。」としてこの論文の中で国訴(こくそ)を取り上げたのである。

津田は、岡田家文書の中で国訴の文言を発見した。そして、近世後期の畿内において、1,000ヶ村を超える広域の訴願闘争が展開したことをこの論文の中で実証した。その後、世直し一揆研究の盛行の中で、国訴研究は一時活気を失ってしまうが、1980年代に入りその「惣代性」に着目した藪田貫等によって大きな潮流を形成した。津田の国訴の発見は、「猛烈な(古文書)調査」によって有名であった「畿内にこだわり、畿内を歩き続けた津田にふさわしい発見」と藪田によって評されている。

○佐々木潤之介(1929-2004)

『幕末社会論』塙書房 1969 (塙選書 ; 68)
『世直し』岩波書店 1979 (岩波新書 ; 黄-90)
「幕末期河内の豪農」(『幕末社会の展開』岩波書店 1993)

戦後の日本近世史研究はマルクス主義の影響下で研究が進められ、農村においては地主制研究による農民階層分解論・構造論を中心としたものであった。その中で「主体形成論(だれが世の中を変革していくのか)が足りない」との重要な批判が出された。佐々木はこれを積極的に受け止め、『幕末社会論』『世直し』といった論著を明らかにしていった。

佐々木の主張は「豪農−半プロ」論といわれる。18世紀半ばを起点とする商品経済の進展と階層分解ののち、幕末の開港による影響のもとで没落しつつある小農民(半プロ)と土地をもたない無高層が中心となって慶応2(1866)年に世直し一揆がおこる。しかし、本来ならば半プロを導いて反封建領主闘争を導くはずの豪農の主体形成が未熟で、その歴史的役割を果たさなかった、というものである。

津田と佐々木は親交が深く、佐々木は津田から岡田家文書の紹介を受けたといわれている。佐々木の豪農−半プロ論における豪農のイメージ(地主、高利貸・商人にして村役人)は、岡田家文書の分析を通じて形成された、といわれている。のち佐々木は、「幕末期河内の豪農」で岡田家文書の分析を主に経営面を中心に行い、幕末期における豪農の到達点と限界を論じている。ここで佐々木は、「小作関係においてはいうまでもないが、金融においても、村内外の村人たちは、直接・間接に岡田家の金融関係に入り込み、その生存条件を獲得していった。」として、豪農のプラスの側面も評価しようとの姿勢が窺える。

佐々木によって展開された世直し状況論をいかに乗り越えていくのかは、現在でも日本近世史研究の重要な課題となっている。

○菅野則子

「封建制解体期畿内農村の構造」
初出 北島正元編『幕藩制国家解体過程の研究. 天保期を中心に』吉川弘文館 1978
のち『村と改革』三省堂 1992に収録

畿内農村をめぐる研究は、多面的な視角から行われている中で、農民諸階層、とくに下層農民の実態については、必ずしも充分に明らかにされていない、とした菅野はこの論文の中で以下のような検討を行った。

まず、天保7(1836)年の飢饉時の史料を手掛かりに、村民の収穫米と飯米の分析を行い、下層農民が明らかに過剰家族を擁したことを明らかにした。これらの過剰家族が、広汎な労働力販売の基礎となっており、幕末期の奉公人労働についての分析を行った。そして、奉公人労働によって生計を立てる無高層が広汎に存在しながらも、慶応3(1867)年の小作料減免闘争に参加していなかったことを、村方騒動の限界を出るものではなかった「限界」として論じている。

一般に村に残された史料から、下層農民の実態を明らかにし、論を展開していくのは大変難しいとされるなかで、菅野のこの論文は様々な史料を駆使しながら下層農民の生業の実態と、その小農民(土地)への回帰願望までをも組み込んだ労作といえるだろう。

なお、菅野は八王子の「近世の古文書を読む会」と一緒に岡村の御用留(領主からのお触れを書き留めた史料)を翻刻する仕事も行っている。

○『藤井寺市史』全10巻17冊

藤井寺市史編さん委員会編 藤井寺市 1982-2002

岡田家文書は藤井寺市史においても多く用いられている。第2巻(通史編2(近世) )に舟橋明宏による論述(「岡村」「藤井寺村」)がある。

○渡辺尚志

「地域社会の関係構造と段階的特質」
初出 『歴史評論』599号 2000.3
のち 『一橋大学研究年報社会学研究』39巻(2001)に加筆収録

1990年以来、日本近世史研究において重要なテーマになっている地域社会論において、その方法について論じたこの論文においても岡田家文書は用いられている。

○岡田家文書の共同研究

研究代表者 渡辺尚志『戦国末〜明治前期畿内村落の総合的地域研究』文部科学省研究成果報告書 2006.3

岡田家文書の共同研究を2002年から行っており、この報告書はその中間報告である。更に研究を進め、その成果を論文集としてまとめ近々刊行予定である。今回の展示にも、この共同研究の内容が多く含まれている。


一橋大学附属図書館 学術・企画主担当