常設展示 図書館所蔵コレクション紹介

中山文庫


日    程:  平成19(2007)年1月16日(火)〜平成20(2008)年1月29日(水) 終了しました
場    所: 一橋大学附属図書館 公開展示室(時計台棟1階)
入場時間 : 月〜金曜 9:00〜16:00 (入場無料)(土・日・祝日は休室)
(【  】内は、一橋大学の請求記号)

日本における理論・計量経済学のパイオニア中山伊知郎(1898.9.20-1980.4.9)は、明治31年三重県に生まれ、神戸高等商業学校を経て、大正9(1920)年4月東京商科大学に入学した。 福田徳三に師事、大正12(1923)年卒業と同時に助手に就任。 1927年ドイツに留学しボン大学で理論経済学の巨星シュンペーターの下で学ぶ。 1929年7月帰国。 福田徳三(1874-1930)の急逝(5月8日)のあとをうけて経済原論の講義を担当。 『純粋経済学』(1933)、『発展過程の均衡分析』(1939、博士論文)などをもって、混迷する昭和初期の経済学界に新風を吹き込む。 東京商科大学学長(在任1949.1.19-5.31)、一橋大学学長(在任1949.5.31-1955.10.26)。 中央労働委員会会長(在任1950-1960)はじめ多くの公職も務めた。

没後、旧蔵書は遺志に基づきご遺族から附属図書館へ寄贈された(1981-1982年収蔵)。うち、和書(1,132冊)は一般図書扱いとして本館分類され、洋書(1,502冊)のみが文庫として別置され目録も作成された。内容的には数理経済学や理論経済学の資料が大半を占め、手沢本も多い。


以下では、中山文庫の中から特筆すべきいくつかの資料を列挙するほか、中山文庫以外の関連資料についても併せて紹介する。
『中山伊知郎全集』別巻. 東京 : 講談社, 1973.8.30【3308:8:別】【BAe:39:別】【502:64:別】
『中山伊知郎全集』は、第1集〜第18集および別巻が1972-1973年に、補巻『発展の人間学』が1981年に、講談社から刊行された。
「  この別巻の構成内容が、著者年譜、著作目録、全集総目次の三本のほかに、月報座談会および月報随想の二本が加えられて五本建となったことについて、編集者の立場から若干の説明が必要であろう。いうまでもなく、あとの二本はこれまで各集刊行ごとに附録として添付された月報記事そのままの再録にほかならない。こうした形式と内容をもつ別巻の刊行は、おそらくこれまで例のないことであり、その意味で型破りの企画と見られるであろうが、この際あえて踏み切ることにした理由は単純である。
  それは、月報がこのまま読み捨てにされるにはあまりに惜しい、という一語に尽きる。月報に載せられた座談会記録、随想、写真解説は、そのどれを見ても、研究者、教育者、警世家としての中山先生の幅広い多彩なご活動を、とりわけ豊かな人間的側面からいきいきと浮彫りしている。それは先生自ら執筆された「私の年譜」の行間を埋める得難い資料ともなり、また関係者の貴重な証言である。」
(『中山伊知郎全集』別巻, p.369-371 板垣與一「後記」より p.369)
 
大正十二年(一九二三)
四月卒業と同時に、東京商科大学助手となる。卒業論文は「数理経済学に於ける二つの傾向に就て」と題する長いものだったが、内容はクールノーとゴッセンとワルラスの、それぞれの主著一冊ずつを読んだ成果にすぎなかった。他を顧みる余裕のないものであっただけに、その全体をそのまま『商学研究』に発表せよと命ぜられたときには全く驚いた。しかし、この福田先生の指導方針が、いかにすぐれたものであったかは、後にシュムペーター教授によって思い知らされた。シュムペーター教授をボン大学に訪ねたのは、これから七年あとのことであるが、その時学問遍歴のあとを問われるままに、私は右の三著の外何も知らないと答えたのであるが、教授はおどろいて「そのような偉大な指導をしたのは誰か」ときき返された。良い師をもったことの幸福を知るのは、恐らくこのような偶然の機会の外にはなかったかも知れない。」
(『中山伊知郎全集』別巻, p.1-19「私の年譜」より p.4-5)
「数理経済学に於ける二つの傾向と其の綜合の試とに就いて」 『商学研究』(東京商科大学商学研究編輯所). 第3巻第2号, p.665-726 (1923.12.20)【ZD:18】
東京商科大学 卒業論文 (1923)『数理経済学に於ける二つの傾向に就いて』【Ay:888】の主要部分に加筆し、『商学研究』誌上に発表(卒業論文の全体をそのまま転載したものではない)。
のち、『中山伊知郎全集』第2集. 講談社,1973, p.98-154【3308:8:2】【BAe:39:2】【502:64:2】に収録。
『わが道経済学』東京 : 講談社, 1979 (講談社学術文庫 ; 374) 【0800:34:374】【BbQ:256】
「  私の経済学は福田徳三先生から始まる。その前から経済学には興味があったが、一橋にきて福田先生の講義を聞かなかったら、おそらく私は経済学者にはなっていなかったに相違ない。」(p.12)
「ゼミナールの二年間を通じて私が読んだのは、結局、クールノーとゴッセンとワルラスの三人、正確にはその各ゝの代表作一つずつ、合計三冊にすぎない。この三冊はどれも数理経済学の古典中の古典で、近代経済学の歴史に明るい人ならばだれでも知っている。しかしもちろん当時の経済学の主流ではなかったし、マルキシズムの洗礼を受けてわき立っていた当時の学界の空気とははなはだ縁遠いものであった。」(p.13)
「都留重人君がアメリカの留学記のなかに書いているように、シュムペーターのあげる代表的な経済学者は、いつでもケネーとクールノーとワルラスという三人のフランス人であった。三冊の本の著者とは、ケネーとゴッセンで一つくい違いはあるが、基本的には変わっていない。このことがシュムペーターをあれほど喜ばせた原因であろう。」(p.14)
「  私がクールノーを与えられた第一年のゼミナールのときに、三ヶ月おきくらいに報告をしなければならない。最初に与えられたのは第一章から第四章、ちょうど、“需要の法則”が出るところまでですが、それを原稿用紙二十枚にまとめてこい、と言われました。これは式があるから、それは無理だと申し上げても聞いてくださらない。私は一編の報告のために三回くらい道の悪い中野のお宅まで原稿を届けに通ったことを覚えています。それでも学生だから持っていきますと、先生はそれをずっと見てくださる。そして「とにかくこれは長すぎるから結論だけを文章にして二十枚に書いてこい」というようなことで、苦労しました。」(p.50)
「  仕事にくっついた読書では、なによりも厳格な訓練を福田徳三先生から受けたと思う。当時の先生のゼミナールでは、報告者は報告の一週間前に原稿をお宅にとどけることになっていた。この報告書がなかなかすなおに通らない。私の最初の報告は「クールノーの富の数学理論」であったが、命ぜられた二十枚にどうしてもおさまらない。ついに二回書きなおしを命ぜられてまいったことがある。だいたい、数学の式の入っている理論を筋道だけ二十枚にまとめることはできませんと随分説明したけれど、先生は聞いてくれない。そこをまとめるのが勉強だと言われる。しかしそのおかげで表現の工夫や骨のつかみ方などを本当に修行することができた。徹底的な精読主義、これを実地に教えられたのは福田先生であったと思う。」(p.144)
『富の理論の數學的原理に關する研究』 [クールノー著] ; 中山伊知郎譯. 東京 : 同文館, 1927.11 (内外経済学名著 ; 第4冊)【Bb:223】【Uyeda/Dd:21:4】【経研 Bb-388】
クールノー(1801-1877)著Recherches sur les principes mathématiques de la théorie des richesses / par Augustin Cournot ... Paris : Chez L. Hachette, 1838 【Menger/Fr.:365】の翻訳。
のち、複数の出版社から何度も再刊されたほか、『中山伊知郎全集』第3集. 講談社,1973, p.1-176【3308:8:3】【BAe:39:3】【502:64:3】にも収録。
東畑 それでぼくは中山全集を作るのなら、クールノー訳をぜひ載せてくれなければ困るといったら、載るようになっている(笑)。ぼくはそれは非常にうれしいね……。
中山 それは山田君からも同じ注意をもらってね。別の会合でね、クールノーは出るんでしょうねというから、あれは翻訳だから一応除いてあるのだというたら、それはいかんということではいったのです。
東畑 その重要さの意味からいっても載せなければ。少なくとも私からいうと、最大の意味があるので。」
(『中山伊知郎全集』別巻, p.24-30「中山教授の出発点」より p.28)
Researches into the mathematical principles of the theory of wealth, 1838 / by Augustin Cournot ; translated by Nathaniel T. Bacon with an essay on Cournot and mathematical economics ; and a bibliography of mathematical economics by Irving Fisher. New York : Macmillan, 1927 (Economic classics) 【Nakayama/Ba:77】
「 ... 既に伊、英、獨の三譯がある。
... 英譯はフイツシアー教授の監修の下に成れるもの、原著に於ける多數の誤植が訂正せられ、又數理經濟學に關する詳細なる文獻が添付せられたる點に於ても、原著以上の價値を有するとさへ云はれるものである。これが原著と共に稀覯本の一となつたことは惜むべきであると思ふ。
  私が以上三つの譯書に負ふ所は多い。特に英譯に對しては、大正十三年商科大學カール・メンガー文庫に於て原著に接する機會を得る迄、クールノーの思想を知るべき唯一のものであつたと云ふ意味に於て、翻譯以上の親しみを感ずるのである。併し乍ら又それだけに、メンガー教授の筆を以てその表紙に Sehr selten geworden! と書かれた原著を見出した喜びは、大であつたと云へる。而してこれこそ、この翻譯を企てた動機の一であるが、その結果は到底所期に及ぶべくもない。」
(『富の理論の數學的原理に關する研究』 [クールノー著] ; 中山伊知郎譯. 東京 : 同文館, 1927.11 (内外経済学名著 ; 第4冊)【Bb:223】【Uyeda/Dd:21:4】【経研 Bb-388】「譯者小引」より p.13-14)
Entwickelung der Gesetze des menschlichen Verkehrs, und der daraus fließenden Regeln für menschliches Handeln / von Hermann Heinrich Gossen. Braunschweig : Vieweg, 1854 【古典センター Menger/Comp.:99】
Entwicklung der Gesetze des menschlichen Verkehrs und der daraus fliessenden Regeln für menschliches Handeln / von Hermann Heinrich Gossen. 3. Aufl. / mit einem Vorwort von A. Hayek. Berlin : R.L. Prager, 1927 (Bibliothek der Volkswirtschaftslehre und Gesellschaftswissenschaft ; 21) 【Bb:817A】【Nakayama/Ba:130A】
『人間交易論』ゴッセン [著] ; 池田幸弘訳. 東京 : 日本経済評論社, 2002.9 (近代経済学古典選集 ; 第2期 ; 2) 【3317:210】
ゴッセン(1810-1858)著(1854)『人間交易論』。
Éléments d'économie politique pure, ou, Théorie de la richesse sociale / par Léon Walras. Lausanne : L. Corbaz, 1874-1877. 2 v. 【Otsuka/W:59:1】【Otsuka/W:59:2】
Éléments d'économie politique pure, ou, Théorie de la richesse sociale / Léon Walras ; édité par Pierre Dockès ... [et al.], sous les auspices du Centre Auguste et Léon Walras. Ed. comparée des éd. de 1874, 1889, 1896, 1900 et 1926 (et de l'éd. de l'Abrégé de 1938) augm. de la traduction des notes de William Jaffé dans Elements of pure economics, 1954. Paris : Economica, c1988 (Œuvres économiques complètes / Auguste et Léon Walras ; 8)【BAe:121:8】
Éléments d'économie politique pure, ou, Théorie de la richesse sociale / par Léon Walras. 4e éd. Lausanne : F. Rouge ; Paris : F. Pichon, 1900【Bb:262】【Nakayama/Ba:437】【Otsuka/W:60】【Menger/Fr.:1629】
『純粋経済学要論 : 社会的富の理論』レオン・ワルラス〔著〕 ; 久武雅夫訳. 東京 : 岩波書店, 1983.5 【3317:118】【Bb:A823】
ワルラス(1834-1910)著(1874)『純粋経済学要論 : 社会的富の理論』。
Das Wesen und der Hauptinhalt der theoretischen Nationalökonomie / von Joseph Schumpeter. Leipzig : Duncker & Humblot, 1908 【Bb:545】【Otsuka/S:186】【古典センター Menger/Comp.:347】【古典センター Nakayama/Ba:382】【経研 Bb-33】【経研 Bb-33A】
『理論経済学の本質と主要内容』上;下. シュムペーター著 ; 大野忠男 [ほか] 訳. 東京 : 岩波書店, 1983.12-1984.2. 2冊 (岩波文庫 ; 白(34)-147-5-6,34-147-5-6)【0800:32:E/53】【503:722】
「シュムペーター先生がもともと数理経済学を非常に興味をもって勉強され、そしてワルラスを数学抜きのドイツ語にしたわけです。その意味で教授は、ワルラスの一般均衡論というものを、ドイツの経済学の中に植え込んだという業績を持っている。この業績については書物を通じて大体のことはわかっていたのですが、それがどんなに重要なものであったかということは、その当時はまだよくわからなかった。というのは『理論経済学の本質と主要内容』(Das Wesen und der Hauptinhalt der theoretischen Nationalökonomie)がなかなか手に入らなくて読めなかった。当時の東京商大の図書館には、この本が一冊しかなくて、これを高田保馬先生が持っていて、にぎって放さなかったのです。すぐあとからメンガー文庫が入り、Wesen が二冊になりました。けれども、とにかく高田先生は、WesenEntwicklung (『経済発展の理論』Theorie der wirtschaftlichen Entwicklung, 1912) も、両方ともちゃんと借り出されていて、実にていねいに読んでいられたらしい。だから催促(さいそく)に行った私も悪かったのですが、いつ行っても「もうちょっと待ってください」と、非常にいんぎんに断わられるものですから、どうにも仕方がありません。
  そういうこともありましたが、しかし大体の様子(ようす)はわかっていました。そしてぜひ、シュムペーターに直接、教えをうけたいと思っていました。その先生にお会いできたのは、これは私にとっては非常に幸福だったと思います。私の『純粋経済学』(一九三三年)というのは、大体 Wesen真似(まね)をしたということなんですけれども、そんなことで、あれがたまたま数理経済学というようなイメージを、ある程度まで離れて、均衡理論を植え付けるというか、普及する役に立ったということは、まったく私はシュムペーターのところに行ったおかげだと思っています。」
(中山伊知郎「日本における近代経済学の出発点」『近代経済学と日本』美濃口武雄, 早坂忠(編). 東京 : 日本経済新聞社, 1978.2.25 所収【3312:27】【504:313】【経研 Bbq-247】【経研 Bbq-247A】 → [再録]: 中山伊知郎『わが道経済学』東京 : 講談社, 1979.4.10 (講談社学術文庫 ; 374), p.36-72【0800:34:374】【BbQ:256】よりp.55-57)
「高田保馬先生 ... は ... 一時、一橋にいて経済学史を教えておられた。そのころ私は大学の助手でシュムペーターを勉強していた。どうしても『本質』――正確にはシュムペーター著『理論経済学の本質と主要内容』(一九〇八年)――が読みたい。しかし原著は当時図書館には唯一冊しかなく、その一冊を高田先生が二年間借りっ放しで返してくれない。おそるおそる催促(さいそく)を申し上げると、「もう少しですから、ちょっとお待ちください」と丁寧(ていねい)にお断りをくう。やっとのことで、というのは先生が九州大学に転任されたからであろう、書物が手に入った。ひらいてみると驚くべし、全巻六百二十六ページにも上る大冊のどのページにも美しい鉛筆書きで細字の抜き書きがついている。インデックスというにはあまりにも詳細な、そして注意書というにはあまりにも秩序整然たる書き込みである。口のわるい杉村広蔵君――当時助教授、今は亡し――は、先生はこの書物を一ページ一ページ(おが)みながら読んだに相違ないと言ったほどである。図書館の書物に対する書き込みはもちろん御法度(ごはっと)である。しかし私はこれによって書物の読み方の実物訓練をうけた。私は別にノートをとる主義で書き込みはしていないが、精読主義の何ものであるかを身をもって感得した。高田先生は一橋大学の図書館にいい記念品を残されたというものである。
  ついでに『本質』の原著をやっと最近手に入れた話をつけ加えておこう。この書物の初版は、シュムペーター先生のお話ではわずかに五百部しか印刷されなかったという。その故もあってなかなか手に入らない。私はドイツに行っていた昭和の初めから探していたが、ついに手に入れることができなかった。ベルリンにいたとき古本屋のカタログに一度出たことがある。さっそく飛んで行って探ねてみると、つい先日ある日本人が買ったという返事である。この日本人が、ほかならぬ東畑精一君であったとは、これはボンで二人がおち合ってからわかったことである。それからも一度機会があった。商大の図書館へ売りものが出たのである。しかしこの時にも、時の司書官をやっていた鬼頭仁三郎教授に取られてしまった。鬼頭教授が亡くなられたとき、蔵書は小樽の商科大学に行くことになったが、事情を知っている友人たちが、お世話の一端を引きうけた私に、そのうち記念として好きな書物をとってもよろしいと申し出でられ、未亡人もすすめられた。大いに欲しかったけれど、私はやっと思い止まった。それで鬼頭君の『本質』は無事に小樽の図書館におさまっている。
  もう機会はあるまいと思っていたところが、昨年、今度は都留重人教授のおかげで、アメリカから入手することができた。ずいぶん (まわ)(みち)をしたものであるが、私の貧弱な蔵書も、これで大きな穴の一つを()めることができて(うれ)しい。」
(中山伊知郎「読書の思い出」『随筆』第3巻第3号 (1954.11.20) → [再録]: 『わが道経済学』東京 : 講談社, 1979 (講談社学術文庫 ; 374), p.140-147【0800:34:374】【BbQ:256】より p.144-146)
『經濟學研究』高田保馬著. 東京 : 岩波書店, 1924.9 【Bb:235】
「一橋大学にはメンガー文庫というのがあって、一冊ちゃんと『本質』はあるんですよ。ところがそれをたまたま高田保馬先生が借りっぱなしにして返してくれないんです。私が高田先生のところへ行って、読みたいんだから返してくださいといったら、いやもうちょっと、もうちょっとと、この本の講義をしているんですね。先生はほとんどページ・ツー・ページで、ご自分で翻訳をするような形の講義をされるわけですね。それがあとで『経済学研究』という本になりましたけれども、その内容は『発展の理論』と『本質』とを精読した記録といってもいいでしょう。なるほど本を返してくれないはずですよ。ですからドイツに行ったときには原本はまだ見ていません。高田先生が学校に本を返されたのを読んだのは、私が留学から帰ったあとでしたが、その本を見ると一ページ、一ページ、段落ごとにきれいにエンピツで要領が書いてあるのです。図書館の本にあんなことをするのは本当はいけないんだけれども、いまとなれば一種の貴重な記念物になると思うのです。
  ――じゃ先生はドイツへ行かれますまでには『本質』はごらんになれなかったんですか。
  中山  全然なかったというのはまたウソになります。ただ一ぺんこの中間にごくわずかな期間、私がこの本を手にした時期があるのです。それは高田先生のまだ赴任されないころでした。メンガー文庫が到着しまして、私どもが手伝って書庫に整理していたときに見ています。中身の目次ぐらいの程度は見ていましたし、なかにある三本の大きな方程式ぐらいは覚えているんですが、しかし中身を正確に読んだのは、帰ってくるまではなかったんです。
  そういうわけで、ほしくてほしくてしようがない。ところがたしかシュトライザンドというベルリンの古本屋のカタログにこれが出たのです。私はすぐに申込んだのですが、ボンから注文したのですから、その時にはもう売れていた。ただ買ったのは日本人だという。だれだといっても、それは信用上いえんという。あとでわかった、それが東畑君だったんです。あとからその話が出て、それから親しくなったというようなことなんですがね。
  やっとその本が私の手にはいるのは戦後です。戦後に都留重人君が一橋大学の研究所長をしていまして、そこへいろいろなところから古本を納めるわけですが、そのなかにたまたま『本質』が出てきた。都留君は自分はもっているので、私のところに先生はほしがっていたらしいけれどもありますか、いやないんだ、そいじゃそれを譲りましょうという。譲りましょうといっても都留君から譲ってもらったんじゃないんですよ、本屋から直接に買ったんですがね。とにかくおかげで三〇年ぶりでこの本が手に入ったわけです。」
(「中山伊知郎」[インタビュー] 中村隆英, 伊藤隆(聞き手). 『現代史を創る人びと』(1). 中村隆英, 伊藤隆, 原朗(編). 東京 : 毎日新聞社, 1971.4.10 (エコ ノミスト・シリーズ), p.173-224 より p.183-184)
Theorie der wirtschaftlichen Entwicklung / von Joseph Schumpeter. Leipzig : Duncker & Humblot, 1912 【Miura/L:251】【Nakayama/Ba:380】【古典センタ− Menger/Mon.:3767】
Theorie der wirtschaftlichen Entwicklung : eine Untersuchung über Unternehmergewinn, Kapital, Kredit, Zins und den Konjunkturzyklus / von Joseph Schumpeter. 2., neubearbeitete Aufl. München ; Leipzig : Duncker & Humblot, 1926 【Bb:187】【Nakayama/Ba:380A】【Otsuka/S:183】【Tsuchiya/VI:153】
『經濟發展の理論 : 企業者利潤・資本・信用・利子及び景氣の囘轉に關する一研究』シュムペーター著 ; 中山伊知郎, 東畑精一訳. 東京 : 岩波書店, 1937.7【Bb:393】【Bb:393A】【Uyeda/Dd:42】【経研 Bb-54】
『經濟發展の理論 : 企業者利潤・資本・信用・利子及び景氣の回轉に關する一研究』シュムペーター[著] ; 中山伊知郎, 東畑精一共譯. 東京 : 岩波書店, 1951.1 【3317:16】
『経済発展の理論 : 企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究』上;下. シュムペーター [著] ; 塩野谷祐一, 中山伊知郎, 東畑精一訳. 東京 : 岩波書店, 1977.9-1977.11. 2冊 (岩波文庫 ; 白(34)-147-1, 2) 【0800:32:E/50】
『経済発展の理論 : 企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究』シュムペーター著 ; 塩野谷祐一[ほか]訳. 改訳. 東京 : 岩波書店, 1980.9 【Bb:393B】【517:143】
「  この目録におさめられている Otto Wiener の署名のある Entwicklung の初版 (1912年) は,ベルリンの古本屋(Gsellius)から昭和2年(1927年)7月29日に入手された。そして第2版(1926年)を手に入れられたのは,その年の秋,ベルリンを去ってボンに移ってからである。」 (板垣與一「中山伊知郎文庫について」『中山伊知郎文庫目録』1983, p.vii)
「  この文庫には多くの手沢本がふくまれている。先生の本を読まれる速度はかなり早い。要所には赤または青のエンピツで,アンダーラインをされたり,欄外に簡単なメモをされたり,時に裏表紙に要点をしるされたり,特にシュムペーターの Entwicklung の第2版は,中山・東畑訳の底本として使用されたので,文字通りの手沢本である。」
(板垣與一「中山伊知郎文庫について」 『中山伊知郎文庫目録』1983, p.viii)
「  そういう問題意識からすると、シュムペーター先生のところへ行って特によかったと思うのです。シュムペーターは、同じ問題意識を持ってマルクスにぶつかっていた。たとえば、マルクスは変動理論とか言っているけれども、基礎というのはやはり静態理論です。リカードの、したがって英国の古典学派の静態理論を一歩も出ていません。それをつけ加えることは、むしろわれわれの仕事なのだということを『経済発展の理論』の中で言っている。そういう考え方で、マルクスをある意味においては肯定し、ある意味においては乗り越えることを自ら率先(そっせん)してやっていた。そこへぶつかっていったというか、たまたま縁があって行ったということは、私にとって非常に幸運でした。期間は短く、二年ぐらいしかいなかったのですが、私にとってはまさに目を開かれたような思いのする期間だったと言えます。
  そういうわけで、私が近代経済学を考える場合には、私の頭にはいつもマルクス経済学との対応関係がありました。」
(中山伊知郎『わが道経済学』東京 : 講談社, 1979 (講談社学術文庫 ; 374)【0800:34:374】【BbQ:256】p.60-61)
Capitalism, socialism, and democracy / by Joseph A. Schumpeter. New York : Harper & Brothers, 1942 【古典センター Franklin/10363】
Capitalism, socialism, and democracy / by Joseph Alois Schumpeter. 2nd ed. New York : Harper, c1947 【Nakayama/Ba:371】
『資本主義・社會主義・民主主義』上;中;下. シュムペーター著 ; 中山伊知郎, 東畑精一共訳. 東京 : 東洋経済新報社, 1951-1952. 3冊 【3317:3】【Bbf:123】
「シュムペーターの全体の、特に『資本主義・社会主義・民主主義』(Capitalism, Socialism and Democracy) というところに実ってくる考え方というのは、全部マルクスを相手にしているわけです。それは、正面から相手にする場合もあるし、しかし、そうでない形で相手にする場合もある。しかし、マルクスを相手方に置いて自分を考えているというところがあるのです。 ... 。ジョーン・ロビンソン (Joan Robinson) が『経済学の考え方』(Economic Philosophy) ... の中で、シュムペーターはマルクスの不穏当(ふおんとう)な個所を削除(さくじょ)して、アカデミックな理論の中にマルクスの説をとり入れて改訂版を出したのだというのがあります。
  これはロビンソン一流の解釈ですが、とにかくシュムペーターの一生を通じての興味というのは、ある意味においてはマルクスの経済学とのたたかいであったという気がするのです。」
(中山伊知郎『わが道経済学』東京 : 講談社, 1979 (講談社学術文庫 ; 374)【0800:34:374】【BbQ:256】p.57)
「シュムペーターの経済学」『中山伊知郎全集』第1集. 東京 : 講談社, 1972.4.24, p.305-385 【3308:8:1】【BAe:39:1】【502:64:1】
「収録された論文のほとんどは『近代経済学の展開』(昭和二十五年)第三部「シュムペーターと近代理論」のタイトルの下におさめられたものであるが、編集に際して一部の表題を変更した。 ... 。先生は純粋経済学の拡充を生涯の仕事とされ、そのよりどころをシュムペーター体系に求めていたのであるから、シュムペーター研究はもちろんここに収録された論文だけに止まらない。東畑精一博士との共訳『経済発展の理論』、『経済学史』や『資本主義・社会主義・民主主義』を別としても、シュムペーター体系の研究に関連したと見られる業績もかなり見受けられる。すでに述べた『純粋経済学』はその理論構成から見て、シュムペーターの『本質』と『発展』に依拠しつつ、それからの前進を試みたものであり、『発展過程の均衡分析』も静態と動態の交渉というシュムペーターに残された問題の展開である。『経済学一般理論』もこのような一連の研究の一環として中山経済学の体系化をめざしたものである。」(『中山伊知郎全集』第1集 後記より p.580)
由来記東畑精一. The catalogue of Prof. Schumpeter Library / Hitotsubashi University Library. Tokyo : Hitotsubashi University, 1962, p.vii-xii 【BAa:63】【Az:286】
→ [再録]: 『一橋大学附属図書館史』国立 : 一橋大学, 1975.10.30, p.219-227 【Az:132】
一橋大学附属図書館所蔵の「シュムペーター文庫」は、ケインズと並ぶ近代経済学の巨匠、シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter, 1883.2.8-1950.1.8) 博士がハーヴァード大学時代に収集された資料の一部である。その内容は、世界各国の経済関係の雑誌と、シュンペーター博士に贈られた各国の学者の論文の抜刷などであり、その中にはシュンペーターの手沢本も多く含まれている。博士の愛弟子であった中山伊知郎教授と都留重人教授が一橋大学に在籍しており、また、シュンペーター夫人が日本経済の研究家でもあったことと関連して同夫人(Elizabeth Boody Schumpeter)の遺言により本学に寄贈されたものである。
  1955年(昭和30年)2月28日のことであった。アメリカ大使館の文化アタッシェのグレン・ショー氏が故シュムペーター夫人に代って,この文庫の目録を,当時の一橋大学学長中山伊知郎教授に贈呈した。その式にはアメリカ大使館,外務省,文部省の関係者のほかに,もちろん一橋大学側からも関係の人々が多数参列した。わたしも縁あって此の席に列する喜びを持った。目録によると,単行本が1,353部,雑誌(未製本)が2,835冊,小冊子が1,513冊,あわせて5,701冊となっている。贈呈式は,普通の儀式の場合にしばしばあるような堅ぐるしいものでなく,極めてなごやかに運ばれた。殊に式が行われた一橋大学の本館の特別応接室は,昭和6年1月末,厳寒の時に同大学に講演にきたシュムペーターを迎えて,多くの人が氏を中心として歓談のひとときを持った室でもあって,故教授の思出などが自ら列席者によって語られた。序にいうが,その時の講演の題は「経済学徒の科学的装備」というのであった。あの時の室の寒さはシュムペーターを少しばかりたぢろがせたかもしれなかったが,氏はそれを気にしている当時の教授たちに,「大学は建てものではない」と言ってのけた。そして例えばイタリアのボロニア大学とかその他の例をひいて,その貧弱な大学の建てもののなかで,いかに見事な研究の成果が挙げられたかを物語ったが,その話など今度の贈呈式の後の歓談の際にも語られたところであった。」
(The catalogue of Prof. Schumpeter Library, p.vii)
Principles of economics / by Alfred Marshall. Vol.1. London : Macmillan, 1890 【Bb:99H】【Otsuka/M:110】【古典センター Menger/Eng.:939】
Principles of economics / Alfred Marshall. 9th (variorum) ed. with annotations / by C.W. Guillebaud. London ; New York : Macmillan for the Royal Economic Society, 1961. 2 v. 【Bb:99P:1】【Bb:99P:2】【Nakayama/Ba:256:1】【Nakayama/Ba:256:2】
Conts.: V. 1, Text -- V. 2, Notes
『経済学原理』アルフレッド・マーシャル著 ; 馬場啓之助訳. 東京 : 東洋経済新報社, 1965.10-1967.4. 4冊 【3317:30】【Bb:A255】
『経済学原理 : 序説』マーシャル[著] ; 永沢越郎訳. 東京 : 岩波ブックセンター信山社, 1985.9. 4冊 【3317:207】
「  マーシャルの『経済学原理』は、一八九〇年の初版から一九二〇年の第八版まで、改訂を重ねつつ長いあいだ経済学の古典的名著として知られてきたが、こんど各版の異同を採録した二巻の改装版が、イギリスの王立経済学協会の手で出版されることになった。... 。
  マーシャルはこの『原理』の冒頭に、歴史を通じて人間を支配してきたものは宗教と経済だと言っている。時としては戦争がまた芸術的精神がきわめて活発だったこともあるが、それがために宗教や経済がその支配的な地位を追われたことはかつてない。宗教はその動機について、経済はその作用を通じて、常に人間の生活にもっとも大きな影響をもってきたものである。
  初めてこの一節にぶつかったとき、これはえらい学問だと思った。一つにはもちろんやりがいがあるという少壮(しょうそう)客気(かっき)に似た気持ちである。しかし一つにはとても手が出ないという気持ちである。正直なところ、この二つの気持ちは交錯(こうさく)しつつ現在にまで及んでいる。」
(中山伊知郎『わが道経済学』東京 : 講談社, 1979 (講談社学術文庫 ; 374)【0800:34:374】【BbQ:256】p.93-94)
The general theory of employment, interest and money / by John Maynard Keynes. London : Macmillan ; New York : Harcourt, Brace and Co., 1936【Nakayama/Ba:198】
Reprinted 1954: New York : St. Martin's Press. -- With many manuscript notes by Prof. Nakayama. -- Two mimeographed leaves inserted.
「ケインズの General Theory (1936年)にも相当の注記がある。注記が目立つ本には目録のなかで,そのことが示されている。」
(板垣與一「中山伊知郎文庫について」『中山伊知郎文庫目録』1983, p.viii)
『雇用・利子および貨幣の一般理論』ケインズ[著] ; 塩野谷祐一訳. 東京 : 東洋経済新報社, 1983.12 (ケインズ全集 / John Maynard Keynes著 ; 中山伊知郎 [ほか] 編 ; 第7巻) 【3308:3:7】【502:11B:7】【502:11C:7】【502:11D:7】
『雇用・利子および貨幣の一般理論』J.M. ケインズ著 ; 塩野谷祐一訳. 普及版. 東京 : 東洋経済新報社, 1995.3 【3317:173】【高本/33Ke:1J】
「  ケインズの『一般理論』は昭和11年の出版であるが、それはそのままケインズ革命として世界に影響した。一つは古典学派への大きな修正ということであるが、二つにはむしろ政策の経済学という意味を持っていた。第一次大戦後の大きな沈滞期をむかえて、どうにも行きづまった世界経済を積極的な政策の手で打開しようという強い志向が、大きく経済学者の心をうったものと思う。」
(中山伊知郎『わが道経済学』東京 : 講談社, 1979 (講談社学術文庫 ; 374)【0800:34:374】【BbQ:256】p.18)
『純粹經濟學』中山伊知郎著. 東京 : 岩波書店, 1933.12 (岩波全書 ; 7) 【Bb:290】 【Tsuchiya/VI:1118】
「  純粹經濟學は私にとつて思ひ出の書である。それは私にとつて最初の単行書であつた。始めての著書に免れ難い缺點はもとより目につくけれども、その缺點さへもいまは忘れ難い。何よりもこの一書によつて私は多くの學友を得ることが出來た。殆んどすべての同時代人はあるひは書評の形であるひは關説の形で貴重な批評を與へてくれたし、若い學生の諸君は討論や質問を通して常に新しい刺戟を與へてくれた。私のこれにつゞく仕事の一切はこれらの批評や刺戟の賜であつた。」
(『純粹經濟學』増補版. 東京 : 岩波書店, 1954 (岩波全書 ; 7) 【Bb:290A】増補版への序より p.5)
『發展過程の均衡分析 : 發展を含む經濟均衡の性質に關する一研究』中山伊知郎著. 東京 : 岩波書店, 1939【Bb:431】【Uyeda/Dd:80】【経研 Bb-60】
東京商科大学に提出した学位論文(経済学博士、昭和14(1939)年5月2日授与)『發展を含む經濟均衡の性質に關する一研究』【Aza:14】を図書のかたちで出版したもの。
『戰争經濟の理論』中山伊知郎著. 東京 : 日本評論社, 1941.10【Bb:494】【経研 Bnd-49】
中山 私は戦争の中でも、依然として研究は、やれたんです。というよりは、経済の循環をしっかりつかむまたとない機会だと思ったのです。だから、ぼくは自分で進んで戦争経済の分析に入っていってね、ずいぶん書きました。『戦争経済の理論』というのがそのときの書物でした。
小松 戦争中にですか……?
中山 戦争中ですよ。その理論というのは、時局的にあまり叱られないでりっぱに通るようなものなんです。ベストセラーでした。それで、実際おもしろいと思うんだけど、あれだけ戦争というものを表面に出して書物を書き、論文を書いても、筋さえ通っていればいいんですね。
小松 それ、出版できたんですか?
中山 できたもできたも、紙はたくさんくれたですよ。
小松 ホウ、(笑)それは不思議だな。間が抜けてるのか、それともおもしろいのか……。
中山 そうかもしれない。間が抜けてるか、どっか間隙(かんげき)というか穴みたいなものがあるかどっちかかもしれない。日本評論から出したんですけど、恐らく二十版ぐらいいったでしょう。それで表彰されたですよ。(笑)戦時中に書物や論文を推薦したりする母体があったでしょう。
  でも『戦争経済の理論』には、戦争謳歌論(おうかろん)はないのです。もしあったら、これは戦犯ものですよ。少なくともそういう議論になる余地はあるでしょ、そういうものは一つもないです。その中に何があるかというと、たとえば戦時経済の中の経済循環はどうなるかとか、ケネーの『経済表』は、もしいまあったらどんなものかとか、そういう議論なんです。」
(「中山伊知郎 : 体験的経済学史」『学問の世界 : 碩学に聞く』加藤秀俊, 小松左京(編)[インタビュー]. 東京 : 講談社(2002.1.10 (講談社学術文庫 ; 1531), p.255-320 【0800:34:1531】より p.290-292)
『資本の理論』東京 : 青也書店, 1948.11.15【Bbf:90】【Bbf:90A】【Bbf:90C】【経研 Bbf-43】
『資本の理論』増訂版. 東京 : 如水書房, 1953.6.30【Bbf:90D】【Bbf:90E】【Bbf:90F】
「  本書は二部に分れている。第一部は旧著「資本の理論」のそのままの再録、第二部はその後資本の理論について発表した五つの論文の集録である。
  第一部「資本の理論」は昭和二十三年五回に亘る講座をまとめて出版したものであるが、その主眼は「はしがき」にも明かなように、複雑な資本の問題に対して、これを理解するための統一的な地盤を与えることにあった。」
(『資本の理論』増訂版. 東京 : 如水書房, 1953.6.30【Bbf:90D】【Bbf:90E】【Bbf:90F】増訂版への序文より p.1)
『中山伊知郎先生と労働委員会』中央労働委員会(編集). 東京 : 労委協会, 1981.3 【Ke:A259】【統計情報センター J475:C66-2】
1950年4月21日、中央労働委員会会長に選出され、1960年3月2日に辞任するまでの10年間、会長をつとめた。
「  中山先生は多数の政府関係審議会や委員会の会長に就任されて、その重責を果された。先生は中央賃金審議会会長として、最低賃金法制定の基礎となった「最低賃金制に関する答申」をまとめあげ、わが国の最低賃金制度の創設に尽力し、また政府、労使、学識経験者で構成する「産業労働懇談会」の座長をつとめ、労使関係上の重要な諸問題の解決について多くの示唆を与えるなど、労使調停役のまさに大御所的存在であった。さらに、日本労働協会会長、国際労使関係研究会会長、国民生活安定審議会会長、公共企業体等基本問題会議座長、日本経済調査協議会代表理事、社会経済国民会議議長、NHK基本問題調査会会長、統計研究会理事長、日本生産性本部最高顧問および日本未来学会会長など数多くの要職をつとめられた。大学問題懇談会委員として教育分野においても活躍するなど、その業績は経済、社会労働および教育問題などの多方面にわたっていたが、とくに中央労働委員会における八面六臂の活躍は眼をみはらせるものがあった。」(序文 p.2)
『経済の安定と進歩 : 中山伊知郎博士還暦記念論文集』篠原三代平(編集委員代表). 東京 : 東洋経済新報社, 1958.9.25【Bb:984】【Bb:984A】【Bb:984B】【経研 Bb-506】
執筆者四十六名におよぶ大論文集。
「  中山経済学は、しばしば純粋理論的であるといわれる。われわれは、大正末期から昭和の初頭にかけて、混迷せるわが国の経済学界に純粋経済学の新風を導入し、近代的な意味での経済学の方法論的な基礎を確立した先達として、まずこれを肯定しよう。しかし、その後における博士の長い学問的思索の過程とその業績を顧み、加えて広い社会的活動の意義とその足跡に想いをいたすならば、博士の理論体系における純粋性とは、もはや狭い意味での純粋経済学ないし数理経済学の別名ではないことに気付くであろう。博士における純粋性とは、なによりもまず、複雑なる社会的事象の中から夾雑物を排し、本質的な事物の経済的な論理を、純粋培養的につかみ上げる、その鋭利・柔軟な思考力の強さをいうのである。
  このゆえにこそ、博士の経済学は理論において純粋でありながらも、現実の政策課題にたいして驚くべき切れ味をしめすことができたのである。」 (「はしがき」より p.i-ii)
『一路会誌』五十周年記念特集号. 板垣與一, 篠原三代平, 荒憲治郎(編集者). 東京 : 一路会, 1982.4.6 【088:47:50周年】【Az:173:50周年】【経研 Pd-803】
「一路会」は、中山伊知郎ゼミの同窓会。

一橋大学附属図書館 展示・貴重資料ワーキンググループ