複式簿記がやってきた!

明治初期簿記導入史と商法講習所

Whitney

W.C.ホイトニー (William Cogswell Whitney)略年譜

  • 1825年 アメリカ合衆国ワシントン郊外ジョージタウンに生まれる。
    父William Whitney、母Pamelia Cogswell
  • 1846年 エール大学に入学。ギリシア語、フランス文学を学び、48年病気のため中退、50年に再入学し数学を専攻した。
  • 1850年 エール大学卒。
  • 1852年 ニュージャージー州ニューアークのWesleyan Institute教授を経て、同地でBryant, Stratton & Whitney Business Collegeを経営する。
  • 1852年 アンナ夫人(当時20才)と結婚。55年にWillis、60年にClara、69年にAdelaide の三児をもうけた。
  • 1870年 11月1日、富田鉄之助、日本人として最初にホイトニーの学校に入学。続いて、高木貞作、数江三左衛門等数名が入学している
  • 1872年 駐米公使森有礼の勧めにより、日本渡航を決意する
  • 1874年 家具を日本に送り、渡航準備をする。
  • 1875年 8月3日、ホイトニー夫妻、一男二女横浜に到着。ひとまず、銀座木挽町の森有礼邸に入る。
    • 9月13日 東京会議所がホイトニーを雇い入れ。これを、森有礼私設の商法講習所に貸与する形とし約定書調印。雇入期間は5年、給料は年2,500円
    • 9月24日 銀座尾張町2丁目23番地に、商法講習所を開設。
  • 1878年 5月、商法講習所経費節約のため契約期間の途中で解職される
    • 津田仙(津田梅子の父、農学者)の銀座簿記夜学校に移る
  • 1879年 子息Willisの医学研究のため、一旦帰米
  • 1882年 8月29日再び来日する途中のロンドンで没。Hampstead墓地に埋葬。



▲「W. C. Whitney 肖像」
(中山正実画 117×156cm:図書館大閲覧室)

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