複式簿記がやってきた!

明治初期簿記導入史と商法講習所

A. A. Shand

Alexander Allan Shand 略年譜

  • 1884年(天保14) 2月11日 スコットランド・アバディンの良家に生まれる。
  • 1866年(慶應2)  22歳の時にはすでに、Chartered Mercantile of India, London &China の一員として横浜に来ていた。
  • 1872年(明治5) わが国は銀行制度創建のために彼を招聘、7月8日紙幣寮に雇い入れ、10月1日大蔵太輔井上馨と雇入条約書を交わす。名義は、紙幣寮附属書記官、期間3年、月給初年度450円(以後500円)
  • 1873年(明治6) 銀行簿記脱稿、大蔵官員、第一国立銀行員に講義。8月に翻訳ができ、12月『銀行簿記精法』として刊行
    • 8月箱根に避暑中男児モンタギュー急死、芦の湖畔万福寺に葬る
    • 10月病気のため、一年英国に帰る
  • 1874年(明治7) 10月28日、米国汽船グレイト・リパブリック号で再渡来。10月1日、紙幣寮外国書記官兼顧問長として雇い入れ。
  • 1875年(明治8) 10月、得能紙幣頭に従い京阪地方銀行を検査。
  • 1876年(明治9) 10月、国立銀行条例改正意見書を提出
  • 1877年(明治10) 2月7日紙幣寮改革のため解職、褒賞として金700円を送られる。3月帰国。
    • この年、『銀行大意』『日本国立銀行事務取扱方』発行される
  • 1878年(明治11) ロンドンのアライアンス銀行に入る
  • 1918年(大正7) パース銀行取締役を辞任、南英チャドレイに隠退
  • 1930年(昭和5) 4月12日、パークストンで死去。享年86歳

▲ 晩年のシャンド (土屋喬雄『シャンド:わが国銀行史上の教師』口絵より)


▲(西川孝治郎『アラン・シャンド資料展観目録:その簿記法を中心として』口絵より【Tsuchiya-VI-3563】)



参考文献
  • 土屋喬雄, シャンド : わが国銀行史上の教師. 1966.7, 東洋経済新報社

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