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明治初期簿記導入史と商法講習所
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帳合之法

書  名 = 帳合之法, 4巻 / 福澤諭吉譯 ; H.B.Bryant, H.D.Stratto共著<チョウアイノホウ">
出版事項 = [東京] : 慶應義塾出版局 , 1873.6-1874.6
形  態 = 4冊 ; 23cm
注  記 =  Common school book-keeping の全訳

[所蔵]

  • Nishikawa***6** 4冊
  • *Eb**100** 4冊

nishikawa6

< 内容>

名実ともに、日本で最初に出版された西洋式簿記書。
 慶應義塾出版局より、初編:明治6年(1873)6月、二編:明治7年(1874)6月に 出版されています。
nishikawa6

 原書 “Bryant & Stratton's Common School Book-keeping” を横浜の友人より入手し、

「商家の必用缺く可らざるものなりと云ふ…(中略)…大福帳さへ一見したることはなけれども今この原書を翻譯すれば大福帳の法に勝ること萬々なりと深く自ら信じ、直に翻訳に着手し」
た、と福澤全集の緒言にあります。

初めての簿記書の翻訳に、福澤は苦心したようです。
「全集」緒言に

余が著譯書中最も面倒にして最も筆を勞したるものは帳合之法なり
と述べています。苦心した点として、次のように挙げています。
(1)はじめての簿記用語
Book-keeping を「帳合」と訳す(後には「簿記」という訳語になる)。Debit & Credit を「出入」と考える巻之一、第九,十丁)という貸借の概念の説明と訳語(「銀行簿記精法」(Nishikawa2)等にも影響)。
(2)数字の書き方
十進法記数法の着想が以後の簿記書のモデルとなる。
(3)簿記書形式の創案
横帳への縦書きから縦帳への縦書き。
 はじめは、初編に略式(単式)、二編に本式(複式)を訳す計画でしたが、予定の紙数を超過したので、複式の最後の二例を省略して出版されました。

<著者・訳者>

福沢諭吉(1834〜1901)
fukuzawa, yukichi
1862(文久2)年パリにて(27歳当時)
(福澤諭吉全集第4巻口絵より)
幕末明治の啓蒙思想家。 天保5年(1834)中津藩大坂蔵屋敷に生れる。 安政5年(1858)江戸中津藩屋敷に蘭学塾を開く。慶應四年(1868)慶應義塾と改称。 万延元年(1860)幕府施設に随行して渡米・ヨーロッパ歴訪。 著書に「西洋事情」(1866)、「学問のすすめ」(1872-76)等
ブライヤントHenry B. Bryant (1824―1892)
ストラットンHenry D. Stratton (1824―1867)
連鎖商業学校(International Chain of Commercial Colleges)の創設者。
 ホイトニーもニュージャージー州でBryant Stratton & Whitney Business Collegeを経営。 ちなみに、福沢も商法講習所の開設にあたって「商学校ヲ建ルノ主意」を著している。


<版式・構成>
  • 印刷:木版本
  • 表紙:初編:灰色斜縞模様「慶應義塾蔵版」文字散、二編:濃紺色網目模様地紋入
  • 見返し:
  • 初編:明治六年六月/福澤諭吉訳/帳合之法初編二冊/慶應義塾出版局 
  • 二編:明治七年六月/福澤諭吉訳/帳合之法二編二冊/慶應義塾出版局
  • いずれも、「慶應義塾蔵版之印」の朱長方印あり。模様が面白い。
  • 凡例(版心は序):明治六年二月十日訳者識。「現在でも興味ある啓蒙的大文章」と評価されている。西洋実学の日本への導入の意義を説いたもの。
  • 二編の巻頭には「訳者附言」あり。訳語の例を示したもの。
  • 版式:四周単辺無界10行24字白口単魚尾
  • 奥付:なし

<版本の系譜>

1876(明治9)年に再版。 奥付は初版本にはなく、明治九年版の初印本には朱印で押した奥付、後に木版刷りの奥付がつく。(=本学所蔵は初版)二編の初版本は希少。


<伝来>
 (西川孝治郎氏が一橋大学附属図書館へ寄贈) 初編には「都?□?蔵書」の朱正方印あり。

<帳合之法の普及と以後の簿記書への影響>
 1872(明治5)年の学制頒布で、小中学校で簿記法を教えることとなり、初めは唯一の教科書として普及。

1878(明治11)年開設の神戸商業講習所では、福澤の門弟格の藤井清が「帳合之法」「銀行簿記精法」「略式帳合法付録」(Nishikawa-34)「和欧帳面くらべ」(Eb-83)等を利用している。

明治6年(1873)7月に丸屋善七店、11月に慶應義塾大阪分校、明治7年(1874)3月に同京都分校で講習会を実施しています。

「帳合之法」について、福田は「書物は売れたれども、実地に用いて帳面を改革したる者は少なし。聊か落胆せざるを得ず」と述べ、簿記のことは弟子に委ね、「学問のすすめ」など啓蒙的著述に専念することになります。
 以後、簿記訳著者には、次のように福澤の門下生が多くいます。


<参考文献>

  • 『日本簿記学生成史―文献解題―』「第一部 帳合之法解題」雄松堂書店1982.6
  • 『帳合之法(復刻叢書簿記ことはじめ 1)』雄松堂書店 1979.6 解題は『日本簿記学生成史』に再録
  • 『近代会計百年―その歩みと文献目録』「文献解題 帳合之法」日本会計研究学会 1978.11
  • 西川孝治郎『W.C.ホイトニーと簿記』(Kojiro Nishikawa 1959)
  • 西川孝治郎「ホイトニーと米系簿記の伝来―一橋大学創立八十年に際して」(『企業会計』7(13) 1955.12)
  • 西川孝治郎「福沢諭吉と簿記―帳合之法発刊八十年に当って」(『企業会計』5(6) 1953.6)
  • 西川孝治郎「「帳合之法」に就きて」(『会計』35(3) 1934.9)
  • 福澤全集 第一巻. 国民図書 1926.9
  • 慶応義塾編纂, 福沢諭吉全集 岩波書店 , 1958.12-1971.12
  • 慶應義塾百年史 上. 慶應義塾 1958.11

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