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日・EUフレンドシップウィーク企画展示

アンデルセンと「裸の王様」


1.解説    2.参照文献    3.電子テクスト    4.関連情報    5.展示資料の紹介

一橋大学の校章

日    程:  2005(平成17)年5月9日(月)〜13日(金)、16日(月)〜20日(金) [終了しました]
場    所:   一橋大学附属図書館 公開展示室(時計台棟1階)
入場時間 :  9:00〜16:00 (入場無料)
問 合 先:  TEL 042-580-8224


  2005年は、日本政府と欧州委員会の合意による「日・EU市民交流年」と位置づけられ、日欧各所で市民間の交流や相互理解を深めるための行事や活動がおこなわれています。
  その一環として、一橋大学附属図書館では、EUIJ(EU Institute in Japan)との共催により、日・EUフレンドシップウィーク(5月)の期間に、本年生誕200周年を迎えるアンデルセンに関する小展示を開催し、「皇帝の新しい着物」(通称「裸の王様」)の日本における初期の受容史をご紹介します。
  また、欧州連合(EU: European Union)について紹介する資料も併せて展示します。一橋大学には、ヨーロッパ研究の発展を促進し、地域社会に専門的な情報を提供するためにEU出版局の主要な刊行物を公開するEU資料センター(EDC: European Documentation Centre)が設置されています。本学はまた、日本におけるEUに関する高度な学術研究および教育の拠点として2004年に発足したEU Institute in Japan東京コンソーシアムの幹事校でもあります。


1.解説

アンデルセンの肖像  Engraving by F. Petersen 1855  http://www.adl.dk/adl_pub/images/ff_foto/anhn_foto.jpg    デンマークの作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン(注1)(Andersen, Hans Christian, 1805.4.2-1875.8.4)の作品が日本語で初めて翻訳刊行されたのは、従来の通説では、明治21(1888)年3月10日と17日の『女学雑誌』に載った「不思議(ふしぎ)(あたらしき)衣裳(いせう)」(上)(下)、図書としては、同じ年の12月19日発行の在一居士翻訳『諷世奇談 王様の新衣裳』が最初とされていました。ただし、既にその2年前の明治19(1886)年11月の Rōmaji zasshi には、Yasuoka Shunjirō訳 “Ō no atarashiki ishō” がローマ字で掲載されています(注2)。いずれにしても、原著の出版された1837年からは約50年後です。アンデルセン童話は著者の生前から既に世界中で読まれていましたが、日本語訳が刊行されるまでには没後10年以上が経過していたことになります。
   しかし、翻訳がなかったということと、アンデルセンの作品が読まれなかったというのは、まったく別個の問題で、もっと以前、明治8(1875)年頃には既に、日本の読者はChambers's standard reading books をはじめとする英語学習用の教科書をつうじて「マッチ売りの少女」(The little match girl)、「みにくいアヒルの子」(The ugly duckling)などに接していました。このイギリスのチェンバーズ社のリーダーは、普及数のうえでは劣勢(明治10年前後当時、英語の読本教科書はアメリカのハーパー社のウィルソン・リーダーが圧倒的だったとはいえ、日本の官学の主流をなす有力校が採用していたことから、その後の教育界・文学界に与えた影響は必ずしも小さくはありませんでした「皇帝の新しい着物」の挿絵(1) Vilhelm Pedersen (1820-1859) http://www.hcandersen-homepage.dk/eventyrtegninger/kejseren.jpg
  学校教育の現場で用いられた教科書とアンデルセンの翻訳はかなり密接に関係しており、上記の明治21年に「裸の王様」が複数の翻訳で相次いで刊行された背景には、英訳を掲載したNew national fifth reader が日本の教育界に普及し始めたことがありました。この、アメリカのバーンズ社から1884年に出版された通称『ナショナル読本』は、翌1885年には日本に輸入され、たちまち全国に普及し、日本の出版社からも同一内容の翻刻本が多数発行されていました。また、語注と訳文をほどこした自習書、いわゆる「直訳本」も翻刻本以上に多種類発行されました。近年の研究で新たに発見された、アンデルセンの最も古い日本語訳、河瀬清太郎訳「小サキ燧火木賣ノ女兒」(注3)もそうした直訳本のひとつ、明治19(1886)年2月発行の『ニューナショナル第三読本直訳』に掲載されたものでした。「直訳」は、文学作品を鑑賞するためではなくて、原文の意味を理解するための便宜的・機械的な翻訳でしたが、「直訳本」には、より日本語としてこなれた、立派に翻訳作品として通用する「意訳」も併記されている場合がありました(注4)。
   さて、通称「裸の王様」、原題 Keiserens nye Klæderすなわち「皇帝の新しい着物」The emperor's new clothes は1837年、アンデルセンの3冊めの童話集で発表されましたが、その緒言で著者自ら「スペイン起源のもので、このおもしろい着想全体は、寓話作家ドン・ファン・マヌエル公 ... に負うている」(注5)と述べているように、Don Juan Manuel 著の説話集『ルカノール伯爵』El conde Lucanor (1335)の第32話「ある王といかさま機織り師たちに起こったこと」(注6)を翻案したものです。フランスのペロー(Perrault, Charles, 1628-1703)やドイツのグリム兄弟(Grimm, Jacob, 1785-1863 ; Grimm, Wilhelm, 1786-1859)が民間伝承を集成したのに対し、アンデルセンの作品の多くは創作童話ですが、民話その他の既存の物語からもさまざまな素材を取り入れています。
   「三人の詐欺師がある王のもとにやって来て、自分たちは機織りの名人で、美しい布を織ることができるが、とりわけ世間が本当の父親だと認めた男の息子には見えて、そうでない者には見ることのかなわぬ布を織ることができます、と言いました。
   王はこれを聞いてたいそう喜びました。その布を使って王国の男たちのうち、誰がその父親の実の子であり、誰がそうではないかを知ることができ、そうすることによって王室の財産を増大させることができるであろうと考えたのです。と申しますのも、モーロ人の間では嫡出子でなければ親の遺産を相続することができないからでございます。」(『ルカノール伯爵』p.185)。
   これをもとに、「(たと)へば三菱(みつびし)とか(こう)(いけ)とか()(やう)(いへ)(ふみ)()んで()ると『イゝエ當家(たうけ)主人(あるじ)立派(りっぱ)正妻(せいさい)()なんです。財産(ざいさん)没収(ぼつしう)などは御免(ごめん)(かうむ)りませう』と()ふのが(おほ)い。」という調子に翻案し、明治35(1902)年11月1日(土)の『萬朝報(よろずちょうほう)』に「仙術 霞の衣」と題して掲載したのが黒岩涙香(1862-1920)です。涙香の翻案小説は、自ら編集する大衆日刊新聞『萬朝報』の売り上げに大いに貢献しており、同じ号には『噫無情』も連載中でした。 「皇帝の新しい着物」の挿絵(2) Vilhelm Pedersen (1820-1859) http://www.hcandersen-homepage.dk/eventyrtegninger/kejserens.jpg
   『ルカノール伯爵』の著者 Don Juan Manuel(1282-1348)は、イスラーム教徒に対する国土回復戦争(レコンキスタ)途上のスペインの王族の一員(アルフォンソ10世賢王の甥)で、モーロ人(ムーア人)のグラナダ王国と境を接する南東部のムルシアの前線総督でした。「ある王といかさま機織り師たちに起こったこと」は「アラビア起源とされるが明らかでない ... セルバンテスの幕間劇『驚異の人形劇』などでも有名なモチーフ」(注7)です。
   ところで、民話の研究者が物語のストーリーやモチーフを指し示すときには、国際的に共通に参照している文献が2つあります。ひとつは、フィンランドのアアルネ(Aarne, Antti Amatus, 1867-1925)の Verzeichnis der Märchentypen (1910)をもとに、アメリカのトンプソン(Thompson, Stith, 1885-1976)が英語に翻訳し増補改訂した The types of the folktale (1961)です。この、Aarne-Thompsonのタイプ・インデックスと通称される話型分類では、1620番が The King's New Clothes で、ヨーロッパ各地やインドにも類話があることがわかります。もうひとつは、トンプソンが別途、単独で執筆(1932-1936)し、自身で改訂増補(1955-1958)した Motif-index of folk-literature で、モチーフ番号K445が The emperor's new clothes、J2312が Naked person made to believe that he is clothed です。

(図版の出典)

(注)

  1. よりデンマーク語の発音に近い表記を採ればアナセンあるいはアネルセン、アノースン
  2. 以上3件も含めて、「皇帝の新しい着物」のさまざまな日本語訳が、川戸道昭, 榊原貴教(編集)『明治期アンデルセン童話翻訳集成』第2巻. ナダ出版センター, 1999, p. 154-276 に再録されており、原本の版面そのままの複製が読める。
    なお、「皇帝の新しい着物」の自筆原稿は、オーデンセ市立アンデルセン博物館(Hans Christian Andersen Museum)に所蔵されていたが、1992年7月に盗難に遭い、失われている。
  3. 日本語で刊行されたアンデルセンの作品のうち、現在までに確認された中で最も古いものではあるが、より以前の翻訳作品が今後発見される可能性もありうる。なお、これも含めて、「マッチ売りの少女」のさまざまな日本語訳が、『明治期アンデルセン童話翻訳集成』第4巻. ナダ出版センター, 1999, p.28-96 に再録されている。原題 Den lille Pige med Svovlstikkerne(1845)
  4. 以上、日本におけるアンデルセンの初期の受容過程については、川戸道昭「明治のアンデルセン : 出会いから翻訳作品の出現まで」『明治期アンデルセン童話翻訳集成』第5巻. ナダ出版センター, 1999, p. 237-276 に詳述されている。
  5. 大畑末吉訳『完訳 アンデルセン童話集』(7). 改版. 岩波書店, 1984 (岩波文庫 ; 赤740-7), p. 272
  6. ドン・フアン・マヌエル(牛島信明, 上田博人訳)『ルカノール伯爵』国書刊行会, 1994 (スペイン中世・黄金世紀文学選集 ; 3), p. 184-190
  7. 同書 p. 190。
   (※2008年追記):
府川源一郎「アンデルセン童話とグリム童話の本邦初訳をめぐって : 明治初期の子ども読み物と教育の接点」『文学』9(4), p. 140-151 (2008年7,8月号) によれば、明治19(1886)年の「小サキ燧火木賣ノ女兒」よりもさらに13年前、明治6(1873)年刊行の深間内基譯述『啓蒙脩身録』巻の1の第5章「童児熊と戯むる事」が、現在判明している限りでは、アンデルセン作品の本邦初訳である。『啓蒙脩身録』は、アメリカの Sargent's standard third reader (1870) の抜粋翻訳で、「童児熊と戯むる事」はアンデルセンの『絵のない絵本』第31夜に対応している。

2.参照文献 (【    】内は、一橋大学附属図書館の請求記号)

(1) アンデルセン

(2) 『ルカノール伯爵』

(3) 民話の比較研究


3.電子テクスト


4.関連情報


5.展示資料の紹介

  1. 「小サキ燧火木賣ノ女兒」
    『明治期アンデルセン童話翻訳集成』第4巻, p. 28-35【9400:330:4】
    日本語で刊行されたアンデルセンの作品のうち、現在までに発見された最も古いものは、この河瀬清太郎訳「小サキ燧火木賣ノ女兒」[マッチ売りの少女]である。
    明治19(1886)年2月発行の『ニューナショナル第三読本直訳』に掲載された。
    アメリカのバーンズ社から1884年に出版された通称『ナショナル読本』は、翌1885年には日本に輸入され、たちまち全国に普及し、日本の出版社からも同一内容の翻刻本が多数発行されていた。また、語注と訳文をほどこした自習書、いわゆる「直訳本」も翻刻本以上に多種類発行された。

  2. 明治期の英語教科書
    『明治期アンデルセン童話翻訳集成』第3巻 口絵写真【9400:330:3】
    学校教育の現場で用いられた教科書とアンデルセンの翻訳はかなり密接に関係しており、明治21年に「裸の王様」が複数の翻訳で相次いで刊行された背景には、英訳を掲載したNew national fifth reader が日本の教育界に普及し始めたことがあった。

  3. アンデルセン童話翻訳年表
    『明治期アンデルセン童話翻訳集成』第5巻 所収 【9400:330:5】

  4. 「裸の王様」の自筆原稿の画像
    「皇帝の新しい着物」の自筆原稿は、オーデンセ市立アンデルセン博物館(Hans Christian Andersen Museum)に所蔵されていたが、1992年7月に盗難に遭い、失われている。その後の行方について何かご存じのかたは、アンデルセン博物館にご連絡ください。
    The manuscript for "The Emperor's New Clothes" was stolen from The Hans Christian Andersen Museum in July 1992 along with the manuscripts for "The Elf Mound", "The Little Mermaid", and other objects. Thus we are reduced to present a scan of a facsimile at this place. We take the opportunity to encourage everyone who might have any knowledge of the further destiny of the manuscripts to contact us! The original manuscript was a draft. Notice the corrected/added ending! The fairy tale was published April 7th, 1837 in "Eventyr, fortalte for Børn, Første Samling. Tredje Hæfte. 1837".
    (http://www.museum.odense.dk/andersen/manuskript/billedstart.asp?sprog=engelsk)
  5. 大畑末吉訳『完訳アンデルセン童話集』(全7巻). 改版. 岩波書店, 1984 (岩波文庫 ; 赤740) 【0800-32B-C/788】

  6. 「少年文學」
    少年文學」は、博文舘の発行した児童文学の叢書である。
    第1編として明治24年1月3日に出版された漣山人こと巌谷小波(1870-1933)の『こがね丸』【明治文庫/Xf:74:1】は、ベストセラーとなった。

    紅葉山人こと尾崎紅葉(1867-1903)の『二人(ににん)むく助』博文舘, 1891(明治24).3.24 (少年文學 ; 第2編)【明治文庫/Xf:74:2】は、アンデルセンの「小クラウスと大クラウス」を翻案したもので、挿絵は武内桂舟(1861-1943)。

  7. 『女学雑誌』【ZA:179】 (複製版)
    不思議(ふしぎ)(あたらしき)衣裳(いせう)」(上)(下)は、明治21(1888)年3月10日、17日発行の第100号、第101号に「小供のはなし」第5回、第6回として掲載された。 皇帝(Emperor)の訳語には「天子(てんし)さま」「(みかど)」「天皇(テンノウ)」があてられている。
    「巖本善治という人物 ... 署名こそ付されていないが、「小どものはなし」に掲載された文章は、だいたいが編集人の巖本の手になるものといわれている(巖本の書いた記事には、「社説」を含めてほとんどのものに署名がない)。巖本は、文久三(一八六三)年の兵庫県の生まれで、明治九(一八七六)年に上京したのち、学農社の津田仙の影響でキリスト教に入信する。その後、キリスト者の立場から、女性の啓蒙活動に従事する一方、明治二十(一八八七)年には明治女学校の教頭に就任し、女子教育にも力を尽す。その後、明治を代表する女流作家・若松賤子と結婚(明治二十二年)、二人で力を合わせて、日本の女性の地位の向上に、また文学の改良に努めていった。
    ... 。
    ... 「不思議の新衣裳」の翻訳が、デンマーク語の原文によるものではなくて、『ナショナル読本』 ... に掲載された英訳に基づく翻訳であった … 。」
    (川戸道昭「明治のアンデルセン : 出会いから翻訳作品の出現まで」 『明治期アンデルセン童話翻訳集成』第5巻, p.264 【9400:330:5】)
  8. 在一居士翻譯『諷世奇談 王様の新衣裳』
    日本児童文学学会(編)『アンデルセン研究』小峰書店, 1969, p. 368-376 【237:4】
    (英語教科書の直訳本を別とすれば)図書としては日本で最初のアンデルセンの翻訳、『諷世奇談 王様の新衣裳』は明治21(1888)年12月19日発行。標題紙には「在一居士翻訳」、奥付には「翻訳者 河野政喜」と記載されていた。
    雑誌『言文一致』に明治36(1903)年9月に「諷世奇談」として再録された際の表示は「高橋五郎譯」で、「河野政喜」の名はない。
    David Soldi 訳のフランス語版からの重訳。
    「高橋五郎といえば、人も知る語学・文学の大家であった。本名を高橋吾郎といい、「五郎」、「在一居士」の筆名をもつ。 ... 。 『言文一致』に再録された翻訳が高橋自身の発表したものなのか、それとも、在一居士を高橋五郎の号と知っていた者が本人に無断で載せたのか定かではないが、とにかく本邦初のアンデルセンの単行書 ... 『諷世奇談 王様の新衣裳』が高橋五郎の翻訳であったという可能性は極めて高いように思われる。」
    (川戸道昭「明治のアンデルセン : 出会いから翻訳作品の出現まで」 『明治期アンデルセン童話翻訳集成』第5巻, p. 268 【9400:330:5】)
  9. 坪内逍遙訳「領主の新衣」
    『明治期アンデルセン童話翻訳集成』第2巻, p. 174-185【9400:330:2】
    坪内逍遙訳「領主の新衣」(上) (下)『国語読本』1900(明治33)年10月, 第22-27丁: 第10課、第11課

  10. 『ルカノール伯爵』
    ドン・フアン・マヌエル(牛島信明, 上田博人訳)『ルカノール伯爵』国書刊行会, 1994 (スペイン中世・黄金世紀文学選集 ; 3) 【9680:5】
    アンデルセンの「裸の王様」(1837)の原作は、中世スペイン文学を代表する説話集『ルカノール伯爵』El conde Lucanor (1335)の第32話「ある王といかさま機織り師たちに起こったこと」。
    著者Don Juan Manuel(1282-1348)は、イスラーム教徒に対する国土回復戦争(レコンキスタ)途上のスペインの王族の一員(アルフォンソ10世賢王の甥)で、モーロ人(ムーア人)のグラナダ王国と境を接する南東部のムルシアの前線総督。
    「* この話はアラビア起源とされるが明らかでない。アンデルセンの『はだかの王様』やセルバンテスの幕間劇『驚異の人形劇』などでも有名なモチーフである。」 (p. 190)
  11. 黒岩涙香「仙術 霞の衣」
    涙香生「仙術 霞の衣」『萬朝報』第3278号(明治35(1902)年11月1日(土)), p. 30 【ZZ:30:41】(復刻版)

    図書(黒岩周六『社會と人生』止善堂書店, 大正8(1919)年1月23日, p. 157-166【専/010:4】)に再録された際の標題は「仙術 霞の袖」。
    「それまでにアンデルセンのこの作は、明治二十一年三月「女学雑誌」に発表の「不思議の新衣裳」、単行本では同年十二月春祥堂刊『諷世奇談 王様の新衣裳』(在一居士)など紹介されているので、広く読んでいた涙香は、アンデルセンの原作からは訳すような不用意はしなかったと勘案される。
       後年、涙香論文集『社会と人生』(大正八年一月二十三日、止善堂書店)の中にこの編は「霞の」と改題されて収載されている。が、霞のではおかしいと思う。内容とマッチしないから、ミスプリントであろう。」
    (伊藤秀雄, 榊原貴教(編)『黒岩涙香の研究と書誌 : 黒岩涙香著訳書総覧』ナダ出版センター(発売元: 五月書房), 2001 (翻訳研究・書誌シリーズ ; 別巻1), p. 159)

    黒岩涙香(1902)「仙術 霞の衣」フアン・マヌエル(1335)『ルカノール伯爵』アンデルセン(1837)「裸の王様」
    主人公スペインの王皇帝
    主人公の関心事租税を取る事王室の財産を増大させること美しい新しい着物
    詐欺師の人数3人3人2人
    誰に見えない衣裳か庶子や私生児父親の実の子ではない者自分の地位にふさわしくない者や、手におえないばか者
    真実を告げる者奴隷の黒人王の馬丁をしていた黒人一人の小さな子供

    原作の王様には衣裳道楽の趣味は全くない。
    私生児の相続財産を没収して王室の財産を増大させようとしていたところを詐欺師につけこまれた。
    黒岩涙香「仙術 霞の衣」の冒頭は、 「  (むか)西班(スペイン)(くに)に、(たい)さう租税(そぜい)()る事の(すき)(わう)()ッた ... 」 で始まる。
    王様をアンデルセンが「皇帝」に変更したのは、世話になっていたデンマーク王室への遠慮からといわれている。
    子供が嘘をあばく結末へアンデルセンが変更したのは刊行直前、校正刷の段階でのこと。

  12. Aarne-Thompson の話型1620
    「裸の王様」の類話

    AT 1620 The King's New Clothes.
    An impostor pretends to make clothes for the king and says that they are visible only to those of legitimate birth. The king and courties are all afraid to admit that they cannot see the clothes. Finally a child seeing the naked king reveals the imposture.
    詐欺師が王のために着物を作るふりをし、嫡出子にしか見えないものだと言う。王も家来たちも皆、着物が見えないと認めることをおそれる。最後に子供が嘘をあばく。

  13. アールネ著『昔話の比較研究』
    アンティ・アールネ(関敬吾訳)『昔話の比較研究』岩崎美術社, 1969 (民俗民芸双書 ; 40) 【SAe:45:40】【390:20:40】
    Aarne, Antti. Leitfaden der vergleichenden Märchenforschung. Hamina : Suomalaisen Tiedeakatemian Kustantama, 1913 (FF Communications ; no.13)【ZSM:15】の翻訳。

  14. アアルネとトンプソンの「タイプ・インデックス」
    Aarne, Antti(1910). Verzeichnis der Märchentypen. (FF Communications ; no. 3)
    → translated and enlarged by Stith Thompson(1928): The types of the folktale : a classification and bibliography (FF Communications ; no. 74) 【ZSM:15】
    「『昔話の型』 ... The Types of the Folktale. 米国のトンプソン S. Thompson によってまとめられた昔話の(タイプ)の索引である。... もとは1910年にフィンランドの学者,アールネ A.A. Aarne がまとめた『昔話の型目録』Verzeichnis der Märchentypen (FFC3)を,1928年にトンプソンが英語に翻訳すると同時に,増大したものである。1961年さらに改訂され増補されて現在に至っており,アールネ−トンプソン・タイプ・インデックスとして世界の昔話研究者の共通のよりどころとなっている。この種の索引の必要性を初めに認めたのは,アールネの師であり,比較昔話研究の父である,フィンランドのクローン K. Krohn である。彼は熊と狐の競争譚の外国における類話を集める際に困難をおぼえたことから,アールネにタイプ・インデックスの作成をすすめたのであった。 ... 。
    ... トンプソンは ... ,別に『民間文芸モチーフ索引』The Motif-Index of Folk Literature を完成させている ... 。」
    (稲田浩二[ほか]編『日本昔話事典』弘文堂, 1977, p. 926-927 【3800:336 参考】)
  15. FF Communications 【ZSM:15】
    「 … 一九〇七年FF――(民俗学会員・Folklore Fellows)、(民俗学者連合・Féderation des Folkloristes)、(民俗学者研究連合・Folkloristischer Forscherbund)等――という何語にも通じる名称で設立された民俗学者の国際的な機関 … 。この組織は幹事も置かず、全員の正式のリストもないというはなはだのんびりしたものであったが、それにもかかわらずそれは世界中の民俗学者の資料参照センターとしての役割を果したのであった。最初は各国の支部があったが、それは一時的なものであった。FFの主たる役割は一九〇七年、クローンがFFコミュニケーションズ(FF通信)のタイトルで発行し始めた傑出した一連の論文集に国際的な支援体制を与えることであった。」
    (S.トンプソン(荒木博之, 石原綏代訳)『民間説話 : 理論と展開』(下). 社会思想社, 1977 (現代教養文庫 ; 931), p.179-180 【398:84:下】)
  16. トンプソンの「モチーフ・インデックス」
    Thompson, Stith. Motif-index of folk-literature : a classification of narrative elements in folk-tales, ballads, myths, fables, mediaeval romances, exempla, fabliaux, jest-books, and local legends. Vols.1/6. Rev. and enl. Bloomington : Indiana Univ. Press, 1955-1958【PAa:219】
    1932-1936年のFF Communications, nos. 106/109, 116/117【ZSM:15】で発表後、1955-1958年に改訂増補。

    K445. The emperor's new clothes.
    An impostor feigns to make clothes for the emperor and says that they are visible only to those of legitimate birth. The emperor and courties are all afraid to admit that they cannot see the clothes. Finally a child seeing the naked emperor reveals the imposture.
    詐欺師が皇帝のために着物を作るふりをし、嫡出子にしか見えないものだと言う。皇帝も家来たちも皆、着物が見えないと認めることをおそれる。最後に子供が嘘をあばく。
    J2312. Naked person made to believe that he is clothed
    だまされて服を着ていると思い込まされる裸の人。

  17. トンプソン著『民間説話
    Thompson, Stith (1946). The folktale. S.トンプソン(荒木博之, 石原綏代訳)『民間説話 : 理論と展開』(上)(下). 社会思想社, 1977 (現代教養文庫 ; 930/931)【398:84】
    タイプ・インデックスの本家にしてモチーフ・インデックスの元祖であるスティス・トンプソン(1885-1976)自身による概説書。
    民話研究者必読の古典的名著。

一橋大学附属図書館 学術・企画主担当