日・EUフレンドシップウィーク企画展示
EUの公用語

EUの言語政策

「言語について、EUは一貫して各加盟国の言語を尊重するという多言語主義を貫き、欧州の多様性保持に努めています。1958年に閣僚理事会(現EU理事会)が最初に定めた記念すべき規則第1号が、「加盟国の公用語をすべてEU諸機関の公用語とする」という多言語主義に関する規定であったことは、その象徴ともいえるでしょう。EUの公用語は加盟国が増えるたびに、新規加盟国の申請をもとに理事会が追加を決定してきました。」
(「EUはどのように文化の多様性を維持しているのですか。」『ヨーロッパ』第244号('06 Winter), p.15 「EU」質問コーナー)
「   「欧州言語年2001」(European Year of Languages 2001)の前文に、多様性は欧州の力であり、EU域内の異なる言語は、欧州の文化遺産であり、すべての言語は平等に学習されるべきであると明言されています。このように、EUは多言語・多文化主義を推進しています。 ... 。
... 。公用語選択の基本的考え方はローマ条約調印時と変わりません。つまり、加盟国は平等であると考えて、加盟国で使用されている主要言語がそのままEU諸機関で使用される公用語となったのです。... 。
... 。実は、各機関における言語使用に関しては、全公用語を用いるという原則が守られていません。たしかに、重要事項の決定にかかわる文書作成や、欧州理事会(European Council)での重要会議での同時通訳、欧州議会の全体会議などについては ... 実施されてきました。しかし、より下のレベルの会議や専門家会議などにおいては3言語(英語、フランス語、ドイツ語)あるいは2言語(英語、フランス語)でなされ、時には1言語の場合さえあります。年間約4,000にのぼる専門家会議のうち、75%は同時通訳サービスが無いということです。 ... 。
... マーストリヒト条約がEUの言語・文化的多様性を認めていますが、EU加盟国の中には、自国内での言語的少数派に言語権を与えようとしない国があり、これをどこまで是正できるか ... 。
[ 三好重仁 ]」
(河原俊昭, 山本忠行(編)『多言語社会がやってきた : 世界の言語政策Q&A』東京 : くろしお出版, 2004, p.98-99)
「   欧州連合における公用語の選択問題には、実は本質的な矛盾が存在する。前節で述べたように言語空間は方言、個人的な言語使用の差異(idiosyncrasy)等の存在により基本的には連続的なものであるのにたいして、他方、コミュニケーションの容易化、国家の権威維持等の理由により国家は歴史的に国語や公用語を制定してきた。よってそれらの公用語すべてを欧州連合の公用語と定めても、それは実際の言語空間に存在する種々の細かい言語状況を捨象するものと言える。もちろんそれらの国家公用語は一国家内において共通かつ強力な媒体語として機能しており、その意味ではそれら国家公用語すべてを欧州連合の公用語とすることは一応、連合の言語空間を一定の形で捉えることを可能にしているということもできるが、それは別の意味では、欧州連合の言語政策の第三の柱である少数言語の保護の観点からはまったく矛盾するものである。この観点からは、現在ヨーロッパ各地で繰り広げられている少数言語保護・復権運動自体も矛盾に満ちたものといわざるを得ない。例えばフランスの地域語であるアルザス(エルザス)語やブルターニュ(ブレイス)語の復権運動の過程で正書法の制定や辞書の編纂等の努力がなされているが、このアルザス語やブルターニュ語自体が種々の方言から形成されており、このような標準化の動きの結果として地域語の復権運動が19世紀の国家語の普及運動と同様な効果を地域語の方言に対して及ぼすという矛盾を抱えているのである。ここにも永久の命題といってもよい「公正性」と「効率性(伝達性)」の対峙が明らかである。」
(若林広 「21世紀ヨーロッパ統合の公用語問題」『ヨーロッパの多言語主義はどこまできたか』東京 : 三元社, 2004.2 (ことばと社会 ; 別冊1), p.157-178 より p.166-167)
「   公用語の増大問題はまた、単に通訳・翻訳者を費用をかけて確保すれば済むという問題に止まるものではない。まずそのような翻訳者、通訳者の育成が小国の場合は特に難しいものといえる。バルト三国、スロヴェニア、マルタといった人口が数十万から数百万人台の国々では対英語、フランス語、ドイツ語の通訳者はまだしも、イタリア語やスペイン語、更にはオランダ語、ポルトガル語、ギリシャ語等の優秀な通訳の確保は非常に困難といえよう ... 。また公用語の増大は、それまでの条約、派生法等の当該言語への翻訳や、欧州連合のデータバンクにおける当該言語の追加等、遡及的な作業が膨大なものと考えられる。これらの作業はヨーロッパ統合の進展に比例して幾何級数的に増加するものと考えられる ... 。
   上述の通訳における小規模国の言語に関する質の低下問題は翻訳については起こりにくいかもしれないが、他方、翻訳には時間との戦いの問題が生じている。多言語主義の確保には単に何が翻訳されるのかのみならず、それらがいつ翻訳されるかの問題もそれに劣らず重要なのである ... 。」
(若林広 「21世紀ヨーロッパ統合の公用語問題」『ヨーロッパの多言語主義はどこまできたか』東京 : 三元社, 2004.2 (ことばと社会 ; 別冊1), p.157-178 より p.168)
「   1994年12月、フランスの外務大臣 Alain Lamassoure(当時)は、欧州商標庁が使用する言語がフランス語、英語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語の五つに限られていることを例にあげ、共同体の内部運営に使用される言語をこれら五つに限定するべきとの提案を行う。しかし欧州議会は、このような動きは「民族的・地域的多様性を尊重した上での構成国文化の開花」を謳ったマーストリヒト条約第128条第1項や「国籍による差別の禁止(同条約第6条)」に反するものとして拒否を表明する ... 。
(若林広 「21世紀ヨーロッパ統合の公用語問題」『ヨーロッパの多言語主義はどこまできたか』東京 : 三元社, 2004.2 (ことばと社会 ; 別冊1), p.157-178 より p.170) 
「   Labrie [Labrie, Normand. La construction linguistique de la Communauté européenne. Paris : Champion, c1993 (Politique linguistique ; 1)] と Heynold [Heynold Christian. "L'Union européenne : Jardin d'Eden ou Tour de Babel?". Panoramiques. 48, p.100-106 (2000)] はヨーロッパ統合の言語体制の将来像についてそれぞれ四つの選択肢を提示している。
   両者に共通する第一の選択肢が「多言語主義の維持(Labrie)」ないしは「完全な多言語主義(Heynold)」といえるもので、これは現行の体制をほぼ踏襲する形である。Heynold によれば、ここには第二節で述べた地域少数言語の昇格の考えも含まれるというが、これが将来の言語運営において現実的でないことは明らかであろう。完全な多言語主義の維持が困難な理由は前にも指摘したとおりであるが、さらに、公用語の増加に伴い、会議の参加者数に比べて必要とする通訳者の数が極端に増えざるをえない点も指摘する必要があろう。」
(若林広 「21世紀ヨーロッパ統合の公用語問題」『ヨーロッパの多言語主義はどこまできたか』東京 : 三元社, 2004.2 (ことばと社会 ; 別冊1), p.157-178 より p.170) 
「   両者が共通してあげる第二の選択肢が「人工公用語の導入(Labrie)」ないしは「中立語の導入(Heynold)」である。この選択肢は確かに特定の優勢な言語の話者が特別に優位な立場につくのを回避する観点からは理解出来るものであるが、ラテン語またはエスペラント語といった現代的文化背景の裏づけの乏しい言語が果たして容易に受け入れられるかとの疑問も多い。」
(若林広 「21世紀ヨーロッパ統合の公用語問題」『ヨーロッパの多言語主義はどこまできたか』東京 : 三元社, 2004.2 (ことばと社会 ; 別冊1), p.157-178 より p.171) 
「   両者でほぼ似ている第三の選択肢が、「制限的多言語主義(Labrie)」ないしは「真の必要性に応じた可変的運用(Heynold)」の考え方である。 ... 公用語すべてに翻訳されるべき文書数およびその長さを制限し、かつ文書に重要度に応じた階層性の導入 ... 。このように翻訳・通訳量を物理的に制限するのもひとつの手段といえる。また言語の習得には、周知のとおり、能動的能力と受動的能力を区別する必要があり、ある一つの言語を理解する能力とその言葉で表現する能力には通常ある程度の隔たりがあるものである。よってこの差を利用して翻訳・通訳のコストを低減することも可能と思われる ... 。つまりプラグマティックな解決法のひとつとして前述の1984年11月の委員会提案のように、会合の性格、およびその言語能力に応じた可変的な通訳体制の提供が考えられる。欧州議会議員や業界代表といった、地域性、職能性に依拠した代表の会合には、完全な形の通訳体制をとらざるを得ないが、ユーロクラット、各国外交官、関係官庁公務員等、職務的にヨーロッパ統合に関与する代表については言語能力もその代表要件のひとつとして課し、この後者が参加する会合については、自国語で発言する権利は保障するが、他国語の話者の発言は基本的に主要言語(英語とフランス語、または加えてドイツ語)を通じて理解するという非対称的通訳体制方式が考えられる ... 。」
(若林広「21世紀ヨーロッパ統合の公用語問題」『ヨーロッパの多言語主義はどこまできたか』東京 : 三元社, 2004.2 (ことばと社会 ; 別冊1), p.157-178 より p.171) 
「   また通訳の中核となる言語を導入して、二段階・三段階といった多段階通訳を正式に認知する考え方もある ... 。欧州連合の言語空間は、文化的にはひとつのキリスト教世界といってもそこにはカトリック、プロテスタント、正教といった差異があるのと同様に、必ずしも均一的なものとはいえない。南ヨーロッパにおいては世界レベルの国際語といってもよい英語と並んでまだフランス語の影響力も強いし、北ヨーロッパにおいてはフランス語に代わってドイツ語の影響力がかなり見受けられる。他方、東ヨーロッパにおいてはスラブ文明、さらにはソ連時代の名残としてロシア語の影響がまだ強く存在する。このように欧州連合の言語空間にある程度の地域差が存在する以上、それらの言語を中心にした言語的下位地域を考えることもできるであろう。例えば地中海の農業に関する会合においては、南部ヨーロッパの言語を、またバルト海の漁業に関する会合においては北方ヨーロッパの言語を優先するということが考えられるであろう ... 。
   最後に第四の選択肢として、Heynold はさらに「英語の全面的使用」を、また Labrie は欧州機関における議論や文書の通訳・翻訳を基本的には当事国や当事地域が責任も持って行うという言語運営における「補完性原則の導入」を提唱している。
   以上のような選択肢の中で、今後の問題に一番対処できる可能性を秘めている現実的な選択肢はやはり第三の選択肢が挙げる「通訳の機能的差別化」や「言語的下位地域概念の導入」といった考え方と思われる。」
(若林広「21世紀ヨーロッパ統合の公用語問題」『ヨーロッパの多言語主義はどこまできたか』東京 : 三元社, 2004.2 (ことばと社会 ; 別冊1), p.157-178 より p.172) 


一橋大学附属図書館 学術・企画主担当