日・EUフレンドシップウィーク企画展示
EUの公用語

国語外国語化論

「   当時アメリカ弁理公使の任にあった森有礼が、イエール大学の著名な言語学者ホイットニー(W.D. Whitney)に宛てた一八七二年(明治五)五月二一日付の書簡、そして一八七三年(明治六)刊行の英文著作『日本の教育(Education in Japan)』の「序文」で示したいわゆる「日本語廃止・英語採用論」は、それ以後非難のまとになることはあっても、支持されることはまったくなかった。森の議論は、軽率な愚論として嘲笑されるか、言語道断な暴論として攻撃されるかのいずれかであった。けれども、その嘲笑や攻撃は、必ずしも森の議論を正確に理解したうえでのものではない。」
(イ・ヨンスク『「国語」という思想 : 近代日本の言語認識』東京 : 岩波書店, 1996, p.3)
※言語学者 William Dwight Whitney (1827-1894)は、森有礼が1875年の商法講習所の開所にあたり Bryant & Stratton Chain of Business School から招聘した William Cogswell Whitney (1825-1882)の従兄です。
「どうして、後世の論者たちがひとりとして森有礼の主張を的確に理解することができなかったかということに注目したい。それは、森有礼の議論の前提となっている言語意識が、明治以降に確立したそれとは根本的に異なっていたからである。いまは自明となっている「日本語」や「国語」という概念も、森有礼の言語認識の枠組みのなかでは、とうていつかみきれないかすかな煙のような徴候にすぎなかった。
   しかし、森をとりあげる論者たちは、このような細かいけれども重要な点にはまったく関心がないようである。時枝誠記がまとめたように、「明治の初年に、森有礼が、日本語廃止、英語採用論を唱へ、アメリカの言語学者ホイットニーにたしなめられたことは、有名な話である」というおおざっぱでありつつ、しかもセンセーショナルな面をそなえたあらすじがあれば十分だった。こうして、その議論がつぶさに検討もされないまま、森有礼は西欧崇拝のあまり「日本語廃止、英語採用論」を説き、それを英語国民であるホイットニーに逆にたしなめられたという言い伝えがひとり歩きしてしまうことになった。
   いったい森はなにをいいたかったのだろうか。まず有名なホイットニー宛書簡の冒頭部分から見てみよう。
「日本の話しことばは、帝国の人民のますます増大する必要に適合せず、音声アルファベットによったとしても、書きことばとして十分に有用なものにするには、あまりに貧弱である。そこでわれわれのあいだには、もしわれわれが時代の歩みを共にしようとするなら、豊かで広く用いられるヨーロッパ語のひとつを採用すべきであるという考えがひろまっている。」
   森有礼は、「商業民族」である日本が「急速に拡大しつつある全世界との交流」をすすめるためには、英語を採用することが不可欠であるという。けれども、森有礼は、けっして日本語の使用をやめるべきだなどとは一言も述べていない。」
(イ・ヨンスク『「国語」という思想 : 近代日本の言語認識』東京 : 岩波書店, 1996, p.6-7)
「   たしかに森有礼は「日本帝国への英語の導入」をつよく主張している。しかし、それは「日本語の廃止」とはまったくちがうレベルの問題である。なぜなら、そこではいわゆる「通商語」としての英語の必要性が説かれているだけだからである。他方で、森は、もっぱら漢文に基づいたこれまでの教育方法を改めねばならず、日本語による教育法の確立を求めており、そのための日本語のローマ字化さえ提言している。これはどうみても「日本語を廃止すべきだ」という主張ではない。それに似た主張が見られるとしたら、それはホイットニー宛書簡ではなく、むしろ『日本の教育』「序文」の方であろう。全集解説者のアイヴァン・ホールが指摘するように、このふたつの著作のあいだには、日本語の扱いをめぐって微妙な論点のちがいがある。」
(イ・ヨンスク『「国語」という思想 : 近代日本の言語認識』東京 : 岩波書店, 1996, p.7)
「残念ながら、森の国語(日本語)に対する意見を書いたものは、現在二つしか残存していないのである。その一つは、この Yale College 所蔵の Whitney 教授宛の手紙である。その日附は、一八七二(明治五)年五月二十一日附で、岩倉使節団がまだワシントンに滞在していた時であった。そのもう一つは、Education in Japan の巻頭の森の序文の終わりの部分の二、三ページのところである(参照、原書、五五〜五六ページ、本書第三巻収録)。これは明治六年元旦の日附で、森が帰国する(同年三月十八日ワシントン出発)二ヵ月半前のことである。
   この二つの森の論述を見ると、明らかに、Education in Japan の方が極端である。 ... 。
   Whitney への手紙の方は、それに比べると、すこし穏当な見方をしているようである。内容は日本の国語廃止論よりもむしろ英語廃止論といってもいいくらいで、森は書翰の全八ページ中六ページにわたって、日本語でなく英語を攻撃しているのである。森のこの手紙での主要な意向は、日本で採用すべき英語は、いわゆる“Simplified English”(すなわち、根本的に改訂され簡略化された英語)である、ということを訴え、そのために Whitney の支持を求めるつもりであったらしい。」
(アイヴァン・ホール(Ivan Hall)[解説]「ホイトニー宛書翰」『森有禮全集』大久保利謙(編). 第1巻. 東京 : 宣文堂書店, 1972 (近代日本教育資料叢書. 人物篇 ; 1), [解説]p.93-94)
「   しかし、森はほんとうに「日本語の廃止」を唱えたのだろうか。すでに述べたように、ホイットニー宛書簡にはそれについてのひとこともない。森が「日本語の廃止」らしきことをはっきりと主張したのは、『日本の教育』「序文」のつぎの箇所だけである。
「日本における近代文明の歩みはすでに国民の内奥に達している。その歩みにつきしたがう英語は、日本語と中国語の両方の使用を抑えつつある。〔……〕このような状況で、けっしてわれわれの列島の外では用いられることのない、われわれの貧しい言語は、英語の支配に服すべき運命を定められている。とりわけ、蒸気や電気の力がこの国にあまねくひろがりつつある時代にはそうである。知識の追求に余念のないわれわれ知的民族は、西洋の学問、芸術、宗教という貴重な宝庫から主要な真理を獲得しようと努力するにあたって、コミュニケーションの脆弱で不確実な媒体にたよることはできない。日本の言語によっては国家の法律をけっして保持することができない。あらゆる理由が、その使用の廃棄の道を示唆している。」
   しかし、ここで次のことを見逃してはならない。この最後の部分で森有礼は、「日本の言語(the language of Japan)」といっており、けっして「日本語(Japanese)」とはいっていない。」
(イ・ヨンスク『「国語」という思想 : 近代日本の言語認識』東京 : 岩波書店, 1996, p.10)
The march of modern civilization in Japan has already reached the heart of the nation—the English language following it suppresses the use of both Japanese and Chinese. The commercial power of the English-speaking race which now rules the world drives our people into some knowledge of their commercial ways and habits. The absolute necessity of mastering the English language is thus forced upon us. It is a requisite of the maintenance of our independence in the community of nations. Under the circumstances, our meagre language, which can never be of any use outside of our islands, is doomed to yield to the domination of the English tongue, especially when the power of steam and electricity shall have pervaded the land. Our intelligent race, eager in the pursuit of knowledge, cannot depend upon a weak and uncertain medium of communication in its endeavor to grasp the principal truths from the precious treasury of Western science and art and religion. The laws of state can never be preserved in the language of Japan. All reasons suggest its disuse.
Education in Japan : a series of letters / addressed by prominent Americans to Arinori Mori. New York ; Appleton, 1873, p.lvi.
『森有禮全集』大久保利謙編. 第3巻. 宣文堂書店, 1972 (近代日本教育資料叢書. 人物篇 ; 1), p.266)
国語問題をめぐる森の書いた文にも、森の相手や論敵の書いた文にも、“Japanese”と“Chinese”(言語を意味するが)という表現がよく出てくるのである。しかし、その意味するものはいくぶん複雑なものなので、おのおのの場合において、読者自身が、ここにはいったいなにを意味しているか、とよく考えなければならないのである。たとえば、“Japanese”というのは、ときどき「日本の言語」という広い意味を持ったり、あるときは「ヤマトコトバ」という狭い意味にしたりしているようである。または、“Chinese”の場合にも、広い意味では中国の古典すなわち漢文を意味し、狭い意味では日本語における中国語の伝来の字音語を示したりする例もあるようである。」
(アイヴァン・ホール(Ivan Hall)[解説]「ホイトニー宛書翰」『森有禮全集』大久保利謙(編). 第1巻. 東京 : 宣文堂書店, 1972 (近代日本教育資料叢書. 人物篇 ; 1), [解説]p.95)
「   私は六十年前、森有禮が英語を國語に採用しようとした事を此戰爭中、度々想起した。若しそれが實現してゐたら、どうであつたらうと考へた。日本の文化が今よりも遙かに進んでゐたであらう事は想像出來る。そして、恐らく今度のやうな戰爭は起つてゐなかつたらうと思つた。吾々の學業も、もつと樂に進んでゐたらうし、學校生活も樂しいものに憶ひ返す事が出來たらうと、そんな事まで思つた。吾々は尺貫法を知らない子供達のやうに、古い國語を知らず、外國語の意識なしに英語を話し、英文を書いてゐたらう。英語辭書にない日本獨特の言葉も澤山出來てゐたらうし、萬葉集や源氏物語も今より遙か多くの人々に讀まれてゐたらうといふやうな事までが考へられる。
   若し六十年前、國語に英語を採用してゐたとして、その利益を考へると無數にある。私の年になつて今までの國語と別れるのは感情的には堪へられない淋しい事であるが、六十年前にそれが切換へられてゐた場合を想像すると、その方が遙かによかつたと思はないではゐられない。
   國語を改革する必要は皆認めてゐるところで、最近その研究會が出來、私は發起人になつたが、今までの國語を殘し、それを造り變へて完全なものにするといふ事には私は悲觀的である。自分にいい案がないから、さう思ふのかも知れないが、兔に角この事には甚だ悲觀的である。不徹底なものしか出來ないと思ふ。名案があるのだらうか。よく知らずに云ふのは無責任のやうだが、私はそれに餘り期待を持つ事が出來ない。
   そこで私は此際、日本は思ひ切つて世界中で一番いい言語、一番美しい言語をとつて、その儘、國語に採用してはどうかと考へてゐる。それにはフランス語が最もいいのではないかと思ふ。六十年前に森有禮が考へた事を今こそ實現してはどんなものであらう。不徹底な改革よりもこれは間違ひのない事である。森有禮の時代には實現は困難であつたらうが、今ならば、實現出來ない事ではない。反對の意見も色々あると思ふ。今の國語を完全なものに造りかへる事が出來ればそれに越した事はないが、それが出來ないとすれば、過去に執着せず、現在の吾々の感情を捨てて、百年二百年後の子孫の爲めに、思ひ切つた事をする時だと思ふ。
   外國語に不案内な私はフランス語採用を自信を以つていふ程、具體的に分つてゐるわけではないが、フランス語を想つたのは、フランスは文化の進んだ國であり、小説を讀んで見ても何か日本人と通ずるものがあると思はれるし、フランスの詩には和歌俳句等の境地と共通するものがあるとも云はれてゐるし、文人達によつて或る時、整理された言葉だともいふし、さういふ意味で、フランス語が一番よささうな氣がするのである。私は森有禮の英語採用説から、この事を想ひ、中途半端な改革で、何年何十年の間、片輪な國語で間誤つくよりはこの方が確實であり、徹底的であり、賢明であると思ふのである。
   国語の切換へに就いて、技術的な面の事は私にはよく分らないが、それ程困難はないと思つてゐる。教員の養成が出來た時に小學一年から、それに切換へればいいと思ふ。朝鮮語を日本語に切換へた時はどうしたのだらう。」
(志賀直哉「國語問題」『改造』27(4), p.94-97 (1946年4月号) より p.95-96)
「   長期的には英語を第二公用語とすることも視野に入ってくるが、国民的論議を必要とする。まずは、英語を国民の実用語とするために全力を尽くさなければならない。」
「21世紀日本の構想」懇談会最終報告書『日本のフロンティアは日本の中にある : 自立と協治で築く新世紀』2000年1月, 第1章 W. 1. (2)グローバル・リテラシーを確立する)
「   すでに国際化の進行とともに、英語が国際的汎用語化してきたが、インターネット・グローバリゼーションはその流れを加速した。英語が事実上世界の共通言語である以上、日本国内でもそれに慣れる他はない。第二公用語にはしないまでも第二の実用語の地位を与えて、日常的に併用すべきである。国会や政府機関の刊行物や発表は、日本語とともに英語でも行うのを当然のたしなみとすべきである。」
「21世紀日本の構想」懇談会最終報告書『日本のフロンティアは日本の中にある : 自立と協治で築く新世紀』2000年1月, 第6章 W. 3.国際対話能力(グローバル・リテラシー)のために)


一橋大学附属図書館 学術・企画主担当