日・EUフレンドシップウィーク企画展示
EUの公用語

アイルランド語

「   ゲールタハト(Gaeltacht)という言葉が使われるようになったのは、一九世紀半ば過ぎのようである。意味はゲール語使用地域ということであり、現在では貧しい過疎地を意味している。ゲール語というのはアイルランド語のことである。広く言えばゲール人とはケルト人のことだが、アイルランド人のことに限定的に使われるのが普通である。 ... 。
   イギリスのアイルランド支配は一二世紀に始まるが、数百年たった一九世紀初めでも英語の使用は都市部に限られており、人口の四分の一、約二〇〇万はまだゲール語のみを使用していた。そのゲール語人口が急速に減少するのが、一九世紀半ば過ぎである。それは八〇〇万の人口が六〇〇万に減少した大飢饉による農村人口の激減、都市への集中、移民の増加や、またイギリス支配の浸透、それによる教育の普及が原因である。
(堀越智「アイルランド語 : 潮の引くがごとく……」. 朝日ジャーナル(編)『世界のことば』東京 : 朝日新聞社, 1991 (朝日選書 ; 436), p.128-129 より p.128)
「ゲール語を復興する ... 運動はたくさんのナショナリストを輩出し、独立運動の壮大なエネルギーを生み出したが、独立後の民族語政策は成功しなかった。ゲール語を第一公用語、英語を第二公用語と憲法では規定したが、実際にゲール語を使用するのはセレモニーの冒頭だけで、日常業務はすべて英語でなければ執行できなかった。
   義務教育でゲール語を必修にしたが民衆はそれについて行けず、結局、全員に課すが卒業条件から外さなければならなくなったし、大学入試や公務員試験の必修科目としたが、それは結局ゲール語をエリートの条件にしただけだった ... 。さらに政府はバスの行き先表示をゲール語にして評判を落とし、ゲール語使用家族や学校に補助金を付けたがそれは僻地の建物を立派にしただけで、過疎化を防ぐ手立てにはならなかった。いったん引き始めた潮は止めようがない、ということか。」
(堀越智「アイルランド語 : 潮の引くがごとく……」. 朝日ジャーナル(編)『世界のことば』東京 : 朝日新聞社, 1991 (朝日選書 ; 436), p.128-129 より p.129)
「  1月1日のブルガリアとルーマニアの加盟にともない両国語がEUの公用語になったが、同日からアイルランド語にも公用語の地位が与えられた。これで、EUの公用語は全部で23言語となった。
   アイルランドがEUに加盟した1973年、同国とEUの取り決めにより、アイルランド語には条約語(Treaty language)という地位が与えられ、EUの諸条約のみアイルランド語版も正本として認められてきた。しかし、加盟後30年余りを経た2004年11月、アイルランド政府はアイルランド語にEUの公用語としての地位を求める申請をEUに提出した。これを受け、EU理事会は2005年6月、EUの公用語を定めた同理事会規則第1号(1958年制定)を改定し、2007年1月1日よりアイルランド語を(21番目の)EU公用語とするという決定を下した。
   アイルランド語に付与されたこの新たな地位は、当面はEU理事会と欧州議会の共同決定手続きによって制定される規則(Regulation)にのみ適用される。他の法令に関しては、翻訳者の採用と育成に必要な移行期間(5年)中は適用が除外され、その後は状況を見ながら除外措置を解くかどうかが判断される。ちなみに、2004年5月に加盟したマルタとも、公式文書のマルタ語への翻訳に関して同様の取り決めがなされている。
   EUは設立当初より、多様性を重んじ、多言語主義を尊重してきた。アイルランド語が公用語に加わることにより、翻訳・通訳などに年間350万ユーロ(約5億2,500万円)の経費がかかると見込まれているが、EUにとってそれは「多様性の中の統合」の推進に見合った代価なのである。」
(「アイルランド語、EUの公用語に」『ヨーロッパ第248号('07 Winter), p.22「News from Europe」


一橋大学附属図書館 学術・企画主担当