日・EUフレンドシップウィーク企画展示
EUの公用語

オランダ語

オランダ語はゲルマン語派の西ゲルマン語群に属します。諸方言を含む広義のドイツ語は、低地ドイツ語・中部ドイツ語・高地ドイツ語に分けられますが、オランダ語は低地ドイツ語の西部方言から形成されたものです。

「ベルギーは、北半分がオランダ語地域である。南半分を占めるフランス語地域と張り合っているので、自らの言語に対する思い入れはオランダ人以上のものがある。人々が日常に使っているオランダ語方言をフラマン語と呼び、その郷土愛を鼓舞している。これが日本では、別の独立した言語だと誤解されている。ベルギーで国語とされ、文書等に使われているのは、オランダと同じ標準オランダ語である。それを知ってか知らでか、日本の翻訳事務所などは何でもないオランダ語をフラマン語と称して、ひときわ高額な料金を設定していたりする。」
(桜井隆「オランダ語 : 日本人の異様なほどの冷淡さ」. 朝日ジャーナル(編)『世界のことば』東京 : 朝日新聞社, 1991 (朝日選書 ; 436), p.156-157 より p.157)
「オランダとフラマンの文化的相違は,前者が14世紀にカルヴィン派に改宗して母語を教会の言語としたのに,後者はカトリックにとどまった点である.
   オランダ語は中世以来,格変化語尾が消失し,接続法を捨てて文法構造が単純化され,ドイツ語よりは英語に近い言語となった.」
(田中克彦, H. ハールマン『現代ヨーロッパの言語』東京 : 岩波書店, 1985 (岩波新書 ; 黄版 292), p.116)

「  『蘭学事始』の底本として、これまで一番多くもちいられたのは、明治二年(一八六九)に福沢諭吉の斡旋(あっせん)で出版された木版本の系統のものである。」
(杉田玄白著 ; 緒方富雄校註『蘭学事始』第28刷改版. 東京 : 岩波書店, 1982.3 (岩波文庫 ; 青(33)-020-1) 解説より p.148)
「  『蘭学事始』は、その本文にあるように、文化十二年(一八一五)四月、当時八十三歳の杉田玄白が、蘭学創始をめぐっての思い出を書きつづったものである」
(杉田玄白著 ; 緒方富雄校註『蘭学事始』第28刷改版. 東京 : 岩波書店, 1982.3 (岩波文庫 ; 青(33)-020-1) 解説より p.152)
「たとへば、眉(ウエインブラーウ)といふものは目の上に生じたる毛なりとあるやうなる一句も、彷彿(ほうふつ)として、長き春の一日には(あき)らめられず、日暮るゝまで考へ詰め、互ひににらみ合ひて、僅か一二(すん)ばかりの文章、一行も解し得ることならぬことにてありしなり。また或る日、鼻のところにて、フルヘッヘンドせしものなりとあるに至りしに、この語わからず。これは如何(いか)なることにてあるべきと考へ合ひしに、如何(いかに)ともせんやうなし。その頃ウールデンブック(釈辞書(しゃくじしょ))といふものなし。漸く長崎より良沢求め帰りし簡略なる一小冊ありしを見合せたるに、フルヘッヘンドの釈註に、木の枝を()ち去れば、その跡フルヘッヘンドをなし、また庭を掃除すれば、その塵土(じんど)(あつ)まりフルヘッヘンドすといふやうに読み出だせり。これは如何なる意味なるべしと、また例の如くこじつけ考へ合ふに、弁へかねたり。時に、翁思ふに、木の枝を()りたる跡()ゆれば(うずたか)くなり、また掃除して塵土聚まればこれも(うずたか)くなるなり。鼻は面中に在りて堆起(たいき)せるものなれば、フルヘッヘンドは堆(ウヅタカシ)といふことなるべし。(しか)ればこの語は堆と訳しては如何(いかん)といひければ、各ヽこれを聞きて、甚だ(もつと)もなり、堆と訳さば正当(せいとう)すべしと決定せり。その時の嬉しさは、何にたとへんかたもなく、連城の玉をも得し心地せり。かくの如きことにて(すい)して訳語を定めり。」
(杉田玄白著 ; 緒方富雄校註『蘭学事始』第28刷改版. 東京 : 岩波書店, 1982.3 (岩波文庫 ; 青(33)-020-1), p.39-40)
「  フルヘッヘンドせしもの……――この「フルヘッヘンドせしもの」に相当することばは、『ターヘル・アナトミア』の原文の「鼻」の相当部分にはない。フルヘッヘン(当時の表現になぞらえて書けば)は verheffen で、動詞形で、(頭を)あげる、(眼を)上にむける、(声を)高める等の意味があり、verheven (フルヘーヘン)はその形容詞形である。この語はそのまま、すこし後に出ている ... 。玄白のいう該当部分では vooruitsteekend とある。これも「もちあがった」、「つき出た」という意味の形容詞形である。Verhefen(当時に従えばフルヘーヘン)は鼻背(Dorsum)の部分にあって、「鼻のもちあがった全長」という説明につかわれている。ただしこの部分は『解体新書』では省かれている。」
(杉田玄白著 ; 緒方富雄校註『蘭学事始』第28刷改版. 東京 : 岩波書店, 1982.3 (岩波文庫 ; 青(33)-020-1) 註より p.107)
「  杉田玄白が『蘭学事始』(蘭東事始ともいう)を書き終えたのは文化十二年(1815)四月、八十歳をとうに過ぎていた。『解体新書』訳出の中心的役割をなした前野良沢は既に亡く、同じく苦労を共にした桂川甫周・中川淳庵も死去していた。近年の蘭学隆盛にいたる歴史を回顧したこの書は、江戸蘭学の重鎮としての地位を固めた玄白による自慢話の類とみることができよう。40年以上前の『解体新書』の訳出・刊行の事情を知っている者は玄白ただ一人であった。
   『蘭学事始』に事実に反することが多く含まれている例証として、翻訳の苦心を述べた有名な「フルヘッヘンド」の部分を紹介しておく ... 。
... 。
   これ程詳細に苦心談を述べているにしては、『ターヘル・アナトミア』の鼻の部分に「フルヘッヘンド」なる単語は記載されていないのである。この一点をもってしても、『蘭学事始』の内容には疑わしい点が多い。
   『ターヘル・アナトミア』の鼻の解説部分に出てくる単語は「vooruitsteekend」であり、これをあえてカタカナで表記すると「フォーアウトステーケンド」となり ... 、「もちあがった、つき出た」の意味だそうである。玄白のいう「フルヘッヘンド」(verhevene、フルヘーヘン)は、少し後の鼻背のところに出てくるが、この部分は『解体新書』では省かれている。玄白の記憶違いであり ... 、オランダ語学力の乏しさを表しているようなものではないか。
... 。
   以上のような虚構性の強い『蘭学事始』であるが、福沢諭吉の援助もあって明治2年日本近代化の象徴として刊行 ... されて後は、異様に強い影響力を有するに至った。それが明治期以降現代までの歴史教科書にまで及ぼしているのは不幸なことと言わねばならない。
(本馬貞夫「長崎蘭学と歴史教科書」 『日蘭関係資料2: 県外編. [長崎] : 長崎県教育委員会, 2004.3 (長崎県文化財調査報告書 / 長崎県教育委員会 [編] ; 第180集), p.84-110 より p.87-89)


一橋大学附属図書館 学術・企画主担当