一橋大学附属図書館企画展示
マーシャルとシュンペーターの遺産

  Works of Schumpeter   


シュンペーターの主要著作

● 『理論経済学の本質と主要内容』 −理論と政策を峻別した純粋経済学−
Das Wesen und der Hauptinhalt der theoretischen Nationalökonomie (1908)

参考文献も十分に揃っていないエジプトのカイロで弁護士として働く傍ら短期間に執筆し、25歳の若さで刊行したデビュー作。序文は、知的探求を身上とした彼の生活態度を象徴する「すべてを理解することは、すべてをゆるすことである(alles verstehen heißt alles verzeihen)」ということわざで始まる。ドイツ語圏の読者を対象に、ワルラスの一般均衡理論の意義について、ほとんど数学を用いることなく解説した研究書である。当時ドイツ語圏では、歴史学派の支配によってワルラスに代表される「純粋経済学」の意義が貶められてきた。歴史学派の人々は経済現象が国や時代の違いによって異なるという歴史的相対性の立場を取っていたのに対し、「純粋経済学」は政治や倫理その他の非経済的要因を排除した世界で普遍的に妥当する経済法則を解明することを狙いとする。本書は、近年塩野谷祐一の研究(『シュンペーター的思考』『シュンペーターの経済観』)によれば、シュンペーターが、当時の自然科学者たち(マッハやポアンカレ)の方法論に学びながら、「道具主義」(理論は現実を理解するための汎用可能な道具であり、それ自体は真でも偽でもないという考え方)としての経済学方法論を提示した試みとして読むことができる。


● 『経済発展の理論』 ―静態から動態へ―
Theorie der wirtschaftlichen Entwicklung (1912)

新古典派「静態理論」の基礎の上に独特の「動態理論」を構築したもので、企業者の「革新(イノヴェーション)」(新製品、新技術、新市場、新供給源、新組織)が資本主義の原動力であることを主張し、動態理論の観点から経済学の基本認識を一変させた研究書である。「われわれが取り扱おうとしている変化は経済体系の内部から生ずるものであり、それはその体系の均衡点を動かすものであって、しかも新しい均衡点は古い均衡点からの微分的な歩みによっては到達しえないようなものである。郵便馬車をいくら連続的に加えても、それによってけっして鉄道をうることはできないであろう」。

シュンペーターの議論は、マルクスが「拡大再生産」の前に「単純再生産」の話から始めた方法と本質的に同じであると言える。シュンペーターは、「経済発展」を「革新」(発展の原因)、「企業者」(発展の担い手)、「銀行信用」(発展の手段)の三つの要因から定義した。利潤は革新による動態現象であり、静態では利子は存在せず、利子率もゼロであると主張した。また市場競争の本質は「革新」に基づく「競争」であって、それを「創造的破壊」と名付けた。シュンペーターは、重要な先行者としてワルラスとマルクスをあげる。ワルラスは経済諸量の相互依存関係の純粋論理を明らかにした一方、マルクスは経済体系の内生的進化のヴィジョンを提示した(利潤獲得に駆り立てられた資本家階級が不断の技術革新とさらなる資本蓄積に励みながら資本主義経済をダイナミックに進行させる過程を分析した)とシュンペーターは評している。

● 『景気循環論』 −資本主義過程の理論的・歴史的・統計的分析−
Business cycles (1939)

『経済発展の理論』(1912)を歴史と統計で拡充しながら壮大な体系をうち立てる試みで出版された。しかしその出版の時期が悪かった。なぜなら当時は、多くの経済学者が『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936)によるケインズ革命の成果を吸収することに躍起となっていた時期だからである。 本書は、コンドラチェフ循環、ジュグラー循環、キチン循環の3種類の波を枠組みとして、産業活動の興亡を記述しつつも、18世紀後半以降の経済社会過程を、異なった技術パラダイムと社会制度をもつ「産業革命コンドラチェフ」「ブルジョア・コンドラチェフ」「新重商主義コンドラチェフ」の3つの長波によって特徴づけている。


● 『資本主義・社会主義・民主主義』 −資本主義衰退論−
Capitalism, socialism, and democracy (1942)

「資本主義の成功がその衰退をもたらす諸要因を作り出す」という著名な命題を展開してインテリ層の関心を呼び、シュンペーターの著作の中では最も大衆的な人気を博した。「資本主義」は、革新による「創造的破壊」を原動力とするが、資本主義の発展はそれと両立しない合理性文明を確立して、それが資本主義の野生的・浪漫的な原動力を憔悴させる。「社会主義」は、資本主義の最高の発達段階を意味するのであり、遅れた発展段階にある国が開発戦略として採用する現実の社会主義を指すのではない。第一次世界大戦後、オーストリア社会主義政権の大蔵大臣を務めたが、彼は社会主義者でなく、時期尚早な社会化に反対した。しかし資本主義の変質と崩壊により、究極的に経済学的に管理される社会主義の到来の可能性を推論した。

なおこの書は、資本主義が次第に衰退して社会主義に移行していくという「結論」部分のみが注目されたことや、シュンペーターがその著書を当初はa weekend book(週末休みに手にとる軽い読み物)と呼んだため、特に学問的に重要な貢献をしたものとみなされてこなかった。しかし塩野谷の研究(『シュンペーター的思考』)によって、本書は「経済の領域と非経済の領域との間の長期的な相互交渉」にまで踏み込んだ「経済社会学」の仕事として高く評価されている。

● 『経済分析の歴史』 −遺稿から夫人が編集した大著−
History of economic analysis (1954)

ギリシャ=ローマの経済学からシュンペーター自身の死去(1950年1月8日)の直前までの経済学の歴史、しかもその理論分析の歴史を渾然たる統一体として描き出す。膨大に遺された原稿を夫人エリザベスが整理した本書は、彼女もまた世を去った翌年の1954年に刊行された。



◎参照文献
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