一橋大学附属図書館企画展示
マーシャルとシュンペーターの遺産

   Acceptance of Marshall in Japan   


日本におけるマーシャル受容史

マーシャルは生涯、「進歩と理想」を考え未完の断片的な大部の草稿を残して没した。『経済学原理』は彼の社会科学・経済学構想の一部であり、『産業と商業』もそれに続く一部であった。マーシャルの「進歩と理想」の構想にはシュンペーターと共通のものがある。経済静学から動学に進み『経済発展の理論』を著したシュンペーターは、その後は歴史的、社会学的視点から経済社会を見ようとし、やがて『資本主義・社会主義・民主主義』にまとまる経済社会学に思索を向けた。

● 『勤業理財学』 ―マーシャルの邦訳書の嚆矢―

高橋是清が当時の文部省の翻訳局長であった西村茂樹の薦めに従って、マーシャル夫妻の The economics of industry (1879)の翻訳を開始し(実際の翻訳は学生に作業させた(上塚司編『高橋是清自伝』上巻 中公文庫))、文部省編輯局から1886(明治19)年に出版。この邦訳書がマーシャルの経済学と日本との最初の出会いであろう。書名はしばしば誤って『業理財学』として引用されるが、『業理財学』が正しい。


● 『経済原論』井上辰九郎訳 ―大正時代まで重版されたベストセラー―

Elements of economics of industry (1892)を井上辰九郎が翻訳した本書によって、マーシャルの経済学の日本への本格的な導入が開始された。1894(明治27)年、東京専門学校(早稲田大学の前身)の講義録として製作された『経済原論』は、1896(明治29)年同校出版部から出版され、ベストセラーとなり大正時代まで重版された。

● 『経済学原理』大塚金之助訳 ―完訳までには紆余曲折―

マーシャルの主著 Principles of economics (1890)は、慶應義塾大学で気賀勘重・堀切善兵衛・福田徳三による並行授業の教科書として1905-1906(明治38-39)年に使用された。ところで、吉田与三郎は邦訳を計画し、1910(明治43)年にマーシャルの許可を得た。他方、東京高等商業学校(一橋大学の前身)助手の大塚金之助は、福田徳三の指導の下に翻訳し、1919(大正8)年に『経済学原理』として出版したが、これは原書第7版の第5編の大部分を欠く部分訳だった。また、吉田がより早くから翻訳に着手していたためマーシャルは他の日本人に一切邦訳の許可を与えなかった。大塚は出版の許可を得られないまま5年間の海外留学に旅立ったが、帰国後の1924(大正13)年、マーシャルの突然の訃報に接し、吉田の許可を得て夫人に連絡をとり、ついに翻訳出版を快諾された(『大塚金之助著作集』第1巻「わが道」)。原書第8版に基づく大塚訳『経済学原理』は1925-1926(大正14-15)年に分冊刊行され、これを以て初めて完訳が実現した。


◎参照文献
一橋大学附属図書館 学術・企画主担当