近代經濟學者の科學的武器

ヨゼフ・シユムペーター

   この題下で自分の述べようとする所は今日の経済科学が科学として如何なる地位を有し、またその領域に属する問題を處理するため如何なる理論、換言すれば如何なる科学的の武器を有するかといふことについてである。今日は経済学の領域に属する問題が非常に多いといはれており、しかも新しい問題が続々と出てくる様に思はれる。しかしながら今日我々が取扱つてゐる問題は実は問題それ自身としては決して新しいものではない。欧洲戦争前後のインフレーシヨン及びデフレーシヨンを例にとつて見てもこれらの問題は既にキリスト以前においても存在してゐたもので我々の信ずる様に決して近代に限られる現象ではない。ただこれを取扱ふ所の方法即ちこれを處理する所の武器といふものこそは近代の産物なのである。例へばもし何人かゞ、アダム・スミスの「国富論」を読むならば少しの科学的な素養なくしても決して困難ではない。然しながら例へばリカルドの書物は極めて理解するに困難である。
   その理由は丁度この時代に経済学が科学として発達し始めたからである。即ち十九世紀の初頭に至つて科学的の思想はその発達の一定の段階に達し、それ以後は経済現象を理解するためには、まづこの科学的の武器即ち理論を学ぶことが必要となつたのである。
   科学的の思考方法、あるひは事物を観察するに當つて用ひる所の武器とは、如何に事物を分せきしまた如何に事物を理解するかを教へる所のものである。か様な意味における理論、即ち科学的の理論は、これを研究者の有する個々の目的意志と混同してはならない。即ち科学は決して我々が何をなすべきかといふ目的を教へるものでなくて、単に事物を理解する道具にすぎないのである。例を社会主義にとつていへば、マルクスを信じても社会主義者でない人もあり社会主義者であつてマルクスを信じない人もある。
   一般に社会主義者たると否とを問はずその事象分析に用ひる方法は殆ど同一である。マルクスの理論において真理であることは、また他の理論においても真理であり前者において誤りであるものはもちろん、他においても誤りである たゞ 現象の理解においては等しくてもこの理解を応用する方面においては異るのであり、個々からこれらの見解の相違が生ずるのである。今一つの例を以てこれを立証するに自分とケーンズとは貨幣理論の理解について殆ど異る所がない。しかもケーンズ氏は英国の金本位法を以てナンセンスであるとし自分はそれはよいものと思ふ。この見解の相違は単に気持の相違であつて事象そのものゝ理解においては少しも異る所がないのである。そこでこれらの混同から離れて静かに経済学の領界を振りかへると今日の学界においては我々が豫想する以上に、科学的の武器即ち理論上の見解の一致がある。いはゆる学派の論争なるものは少しの相違をも、本質上の相違の如く論じ立てゝゐるけれども、然し如何に現状を記述するかの問題自身については、従つてその手段即ち理論そのものゝ理解については根本的の相違は思ひの外に少いのである。
   根本的の相違といふ點についてしばゝゞ例にとられる労働価値説と限界利用説を考へてみよ。昔はこの二説は全く相異るものとして何れが正しいかゞ理論の中心となつてゐた。然しながら労働価値説のいふ所が果して如何なるものであるか。又労働価値説は如何なる前提の下に成立し得るかを考察するならば我々は容易にそれが限界利用理論の一つの特殊の場合であることを証明することが出来る。即ち両者は互に排斥するものでなく単に理論の異る段階を示してゐるにすぎない。唯方法がまちがつてゐたのではなくて単に近代的な方法が古いものよりもより有効であるといふことが証明されたにすぎない。およそ経済思想史の発達はかくの如き科学的武器の精錬の過程を示してゐるものである。
   経済的理論といふものはかくて思想の武器の一大倉庫といふことが出来る。たゞ、然しながら経済上の事象は歴史的にこれを見れば常に速かに變化してゐる。即ち経済学においては動態的な要素がきはめて重要で経済理論がよつて立つ所の事実は常に甚だしい變化にさらされてゐる。故に経済現象分せきの武器即ち理論は當然経済史の研究によつてそれと互に提携しまたこれによつて、みがゝれなければならぬ、経済史の研究によつてこの武器を豊富にすることは、然しながら単純に歴史的の事実を知ることによつては得られない。経済学を学ぶものは、この意味においてまた歴史的事実の研究においても一定の見解を有たなければならぬ。
   例へば、ある歴史家によればローマではオーガスタスの時代から紀元前二〇〇年頃まで、金が常に流出してゐたといふことをいつてゐる。彼はその原因としてローマが輸入超過に陥つてゐことを指摘し、金の流出をもつて、ローマ滅亡の一つの原因とみなしてゐる。然しながらかくの如きことはナンセンスである もしも、二〇〇年の間金が流出し続けてゐたとするならばローマにおける物価は下落し続けてゐたはずであるが、事実は決して然らず。ローマは輸入に劣らず、多大の輸出を有してゐたもので當時のローマは、故に可成りバランスのとれた貿易状態にあつたといへるのである
   歴史上の事物を取扱ふ場合には一般にかくの如き注意が必要であつて、従つて歴史家といふものも我々が歴史を必要とすると同じく経済学を必要としてゐる。この事実は特にアメリカにおいて著るしく見られる所であつて実証的な歴史的な研究が経済的の領域において十分な成功を収めるためにはその歴史家は當然一部分経済学者であり、他方當然統計学者であらねばならぬ
   然らばかくの如くして発達し来つた経済学の水準はもつとも手近においてはどこにこれを求め得られるか。いふまでもなくそれはマーシヤルの著述に求められる。マーシヤルの著述は既に一部分は古い。然しながらこの著述こそは今日の理論の一般的の地位をうかがふためにもつとも適當なものであつて、その理論の特色は単に理論的であるばかりでなく、その理論が常に実際上の適用といふことを考へて構成されてゐるといふ點である。勿論理論家としては、我々はマーシヤルを越えて進まねばならないが実際的な概念を理解するには例へば彼の純地代、消費者余剰といふやうなものは大變有用なものである。
   経済学の諸理論は、実に結局においては事物を数字に又数量的に説明し得るのでなければ、ほとんど価値がない。この意味において近代の経済学においては統計学と経済論を綜合してこれから一つの科学的の武器を作りだすことが行はれてゐる。たとへばムーアの研究はこの一つの試みを示すものである。
   ムーアの研究は先づ最初の試みとしてマーシヤルが理論的に構成した需要曲線を統計に確立することから試みられてゐる。マーシヤルの需要曲線は通常知られてゐる様に価格と需要量との関係が低降的な曲線として考へられてゐる。然しながら之を実際に統計的の数字を以て跡けづるには種々な困難に遭遇する。例へば統計的研究が扱ふ年数が一定の期間を越えれば曲線は、或ひはその期間における購買力の變動或ひは人々のその商品に対する趣味の變化から根本的にその形を變ずるといふ様なことがあるからである。もつともこれに対しては若干の補修を試みることが出来るので必ずしも、斯くの如き事情があるために、例へばムーア教授の云ふ如くマーシアシルの需要の曲線がことゞゝく無価値となるものではない。ムーアの洗鐵に就いての研究は需要曲線のこの根本的の變動を充分に研究してゐない欠點がある。
   然しながらかくの如き欠點は、いはゞかゝる初期の試みに付随的なもので、これがために統計的方法と理論の歩みよりが害せられるものではない。自分は経済理論と統計的方法とは必ず近き将来において一つのものとなるべきことを信ずるものである。即ち統計的方法は経済学に適當なる形に改造せられねばならず、又経済理論は統計の数字に適用する様に改良せられねばならぬ。
   このことは極めて困難である。けだし我々は丁度、事物を轉覆せしめながら何人かゞ歩いてゐる様な研究室で研究してゐる化学者と同じ地位にあるからである。この何人かといふのは経済学にとつては経済的事物の進行を乱しつゝある政治的事件を意味するに外ならない。けれどもしかし我々の科学の教へる所は実験によつて法則の発見に努めつゝある所の自然科学の教へる所と少しも變りがない。我々は我々の研究の素材たる経済生活から一定の経済法則を見出すことに努めてゐるものである。然しながら斯の如き経済法則は直に、事業の政策乃至高商の実際をより合理的にすることに役立つものとはいへない。科学はかくの如き目的をもつものではなく単にその一定の目的に対する手段を教へるものに外ならないのである。そしてこの方法としての理論は歴史的乃至統計的方法と相提携せねばならない。これは進行の時代が必ず果すべき重大な仕事である。
   この試みについては今後もなほ幾多の失敗を経験せねばならぬかも知れぬ。然し我々はこれ等の幾多の失敗を通じてのみ成功への道を進み得るものである。【去月廿八日兼松講堂における講演要旨】
ヨゼフ・シユムペーター「近代經濟學者の科學的武器」『一橋新聞』第128号, p.2 (1931.2.9) 【ZZ:7】
1931(昭和6)年1月28日(水) 10:30-12:30、東京商科大学兼松講堂における講演要旨