大 塚 文 庫 に つ い て


金 沢 幾 子
(一橋大学附属図書館)
1.大塚先生の資料収集とメンガー文庫
 一橋大学附属図書館には,経済学古典の宝庫の一つであるメンガー文庫がありますが,当時の東京商科大学がこの文庫を購入するにあたり,留学中の大塚先生が中心的役割を果たされたことはよく知られております。
 大塚先生の文献・資料収集は, 1920年代のロンドン大学留学時代から本格化しはじめ,ドイツのベルリソ大学へ移ってからは厳選主義を貫いて励まれました。帰国後, 1933年の治安維持法による検挙と獄中生活,出獄後の公職追放や特高の監視を受けた時代には,切角集めた貴重な資料も売ったり,自らの手で焼いたりしなければなりませんでしたが,その資料収集は生涯をかけて飽くことなく続けられました。大塚先生はメソガー文庫の一橋大学導入以来, 19世紀から20世紀にかけての経済学の展開や,社会思想の諸潮流を追って資料を収集されました。そのために,生活をきりつめ,乏しい財布をはたいて一冊一冊心血を注いで集められたことは,先生の短歌や随筆からも偲ばれます。メンガー文庫を利用して研究をまとめる計画は叶いませんでしたが,先生はメンガー教授を敬愛され,その文献収集にあたっては,メンガー文庫を絶えず意識においていたのではないかと思います。

2.二つの大塚文庫と一橋大学への譲渡
 これらの資料のうち,日本の社会思想史を中心とする和書コレクションは, 1962年から十数年問にわたって当時のドイツ民主主義共和国の国立図書館へ寄贈されました。一方,洋書のコレクションは1975年から76年にかけて一橋大学附属図書館へ譲渡されました。先生はその代金で,旧東ドイツの国立図書館と一橋大学との二つの「大塚文庫」の補充に精をだされ,一橋大学にはその第1回分として76年の秋,仙石原の別荘の蔵書を寄贈して下さいました。先生没後の1987年にも多量の資料の寄贈をいただき,現在整理のついた「大塚文庫」は約8200冊にのぼっております。

3. 一橋大学所蔵分の主な内容
 文庫の内容については,先生の『著作集』第5巻とその解説で知ることができますが,ここでも少し触れますと『ある社会科学者の遍歴』に挙げられている「材料」*のほとんどは収蔵されており,マルクスやレーニンをはじめとする社会主義文献のみならず,ゲーテやシラー,ハイネの文学,べートーヴェンやプレヒト演劇など芸術性の高い文献にも接しえます。また,アダム・スミス関係は28点,マーシャルは23点,ワルラス33点,パレートは58点,ベンジャミン・フランクリンは30点というように,関心のある著者については体系的に集めております。人類解放の先駆者たちの著作や研究資料,革命関係,少数民族問題,産児制限や婦人問題関係などのほか,研究所や博物館などの諸機関のパンフレット,書誌目録類の多さも目につきます。これらは決して豪華本でもなく,いわゆる貴重書ではありませんが,普通には入手しえない資料が多く,大塚先生の思想と人格を反映したコレクションで,その"質の高い大塚文庫を生み出させた原動力は,学問研究への弾圧に対する抵抗の姿勢であり,人類の文化遺産への畏敬にねざすヒューマニズムであった"**と言えます。

4.大塚文庫の整理について
 文庫には,大塚先生自ら作成された目録カードがついていました。附属図書館では,当初職員が整理を手掛けていましたが,冊数が膨大でなかなか捗らなかったため,大塚文庫に整理費が認められた段階で,目録と装備の作業の部分を外部に委託することになりました。目録作業は購入図書を初年度(1987)に,寄贈図書や雑誌は次年度(1988)にまわす計画がたてられ,全体のカードが作成された時点で,アルファベット順に並べかえました。A-Z(ロシア語図書はЯ)のそれぞれの下に番号をつけて別置しました。中国書99冊,朝鮮図書10冊は本館のそれぞれの書架に一緒にしております。私は整理の最終段階で係わったにすぎませんが,大塚先生のカードがあったとはいえ,アメリカ,イギリス,ドイツやフランスなどの全国書誌にも掲載されていない資料が多く,整理は難渋しました。装丁の傷んだ資料や,紙の劣化の激しいもの,パンフレットや抜刷など頁数の少ないものには,中性紙を使った保存用ファイルを用いて保護しています。作成した目録の基本カードは,見落しや誤りなど多々あることと思いますが, 1991年の現在,大塚文庫は一応利用できる状況になりました。

5.大塚先生のマニュスクリプト類
 1990年2月,都築忠七先生の研究室におかれていた大塚先生のマニュスクリプト類が附属図書館へ移されました。これらは, A :手紙(大塚発),B :手紙(大塚苑), C :詩・論文原稿,講義ノート, C':労作,書込み入り資料,個人的記録, D:新聞切抜, E:パンフレット,雑誌, C′の一部,F:コピー類, G:著作集関係書類, H:雑, I:写真,テープなどに区分され,ダンポールに入れられています。これらの扱いや整理については,まだ検討されていませんので,今は「大塚文庫」と一緒に保管しております。

6.大塚先生の手書きカードと図書ラベル
 木製ケースに入っている大塚先生のカードには,著者や書名,出版地,出版者,出版年,頁数のほか,購入書店名,購入年月日,価格が書き込まれており,カードの右上欄には受入れ番号と思われる数字や, H4110, L467, P2134というようにアルファベットと数字の組み合わせが記入されています(図書にもこうした記号や数字,購入年月日,値段が書き込まれています)。このアルファベットが先生独自の分類ではないかと思い,細谷新治先生や都築先生,津田内匠先生にお尋ねし,大塚先生が御自宅では国別やある時は革命をテーマに並べておられたことなどを伺いましたが,分類についてははっきりしたことはわかりませんでした。都築先生が大塚夫人にお聞きして下さり,新聞の切り抜きには,政治,経済,歴史,文学の分類をつけていたこと,夫人はその整理を手伝われましたが,図書の方はなさらず,何らかの分類はあったと思われるものの,先生の晩年にはその余裕はなかったとの御教示をいただきました。また,大塚先生が図書に張り付けたラベルには,著者の名前の一部を書き込んだものもあって,かなり図書館的な整理をされた様子が伺われます。先生のカードは著者のアルファベット順になっていますが,数字や記号順に並べ直してみたら,資料収集の経過や,先生独自の整理の仕方が浮び上がってくるのかもしれません。マニュスクリプト類とともに,まだまだ課題が残されております。
 一橋大学の「大塚文庫」が不十分ではありますが,基本カードの整理と図書の装備ができ上った機会に,その報告かたがた「文庫」について少しく書かせていただきました。

 * 文献や資料に使用した大塚先生の用語。
 **杉原四郎「抵抗としての収書と珠玉の文章」
  『大塚金之助著作集』内容見本から一部引用


大塚会会報、No.18、1991.6