鐘 No.20 (1989.4)





A型人間,ニューメディア

平野 信

  私の血液型はA型Rh+で日本人にもっとも多いタイプである。 血液型といえば性格との関連が云々されるが,この方面の研究では第一人者の能見正比古氏の著書の中に,A型人間は大将には不適で副将に向いている。 という趣旨のことか書かれていた。 私の場合まことにそのとおりで,たことえば,学生時代を振り返ってみると,小学校で学級会副議長,中学は無くて,高校でサッカー部副主将,大学生では学生コーラスの副指揮者というように,「副」の付く肩書が多かった。 それでは,仕事の出来栄えはといえば,それぞれ仕事の中味も質も異るので,一概にはいえないが,まあうまくやれたのではないかと思っている。 こんなことを書くと,「よく言うよ」という声がどこからか聞えてきそうな気もするけれども………。
  学生から社会人になると,「副」にかわって今度は「主」とか「長」の字が付く仕事が増え始めた。 本学に赴任する前では職員組合執行委員長,本学では寮監会議議長,英語科主任,そして小平分館分館長という次第である。 現職の分館長は,昨年7月1日に前任の森川教授の後任として就任したばかりで,まだ7ケ月半ほどだから別として,すでに終った仕事については,満足のゆく出来栄えであったとはとてもいえない。 これには「そのとおり」の声がかかりそうだ。
  「長」とか「主」とかが付く肩書の仕事は,程度の差はあるが,団体の管理運営の責任を任される。 ところが,私はこれが大変苦手で,たとえば,何等かの会議の議長として議事を進める場合,それほど問題のない議題で,こちらの思惑どおりに建べる場合はいのだが,こうなったらああして,それからこう持っていって,集約は……などと予定していたのが,案に相違して,議論が白熱し,さまざまな意見が飛び交っている最中に「議長そろそろ集約して下さい」などと言われると,もういけない。 何をどうしていいかわからなくなり,キブアッアの状態になる。 議事の運営は,出席メンバーの発言をよく聴き,整理しながら,ある方向に持ってゆく必要があり,集約するには,ある段階で議長として断を下さねばならない。 困ったことに,私のようなA型人間にはこれが難しいのである。 鈴木芳正著「A型人間一血液型による性格珍断」によると,A型人間には,順応型,直感型,感性型,保守型,思考型,非観主義型,内向型,と7つのタイプがあるそうだ。 もっとも,個人差があるから,A型といってもどれか一つに限られるのではなく,いくつかの型が混りあっているのが実際であろう。 たとえば,順応性,保守性,思考性か強ければ,理論的,思索的,反省的,そして責任感が強い傾向が出るであろう。 しかし,直感性,感情性(しばしば情緒不安定)が,顕著に,しかも悪い現われかたをすると,まことに困ったことになる。 これに,悲観主義が加わったらどうしようもない。 私の場合割に感情性が出るため,周囲に迷惑をかけてしまったことが何度かある。 幸い,これまでのところは,出席メンバーが大変良い人達で,議事に協力していただけたので,議長として感情的になったことは無かった……と思う。 因みに,上に挙げた青物によると,議長タイプとしては,現実的,実行的,指導を好み,発展的性格の人物が向いており,血液型ではO型だそうだ。 残念ながら私の性格はこれらからかなり離れるが,できるだけ近付きたいと思う。
  「トショカンホンガイッパイダ」 -- これは私が小学校の国語の時間に作った俳句(?)である。 たしか先生から出された題が「本」で,私は学級文庫の係をしていたので,こんなものを作ったのではないかと思う。 「本」ときくとこういう句を考えつくとおり,図書館といえば,本や雑誌などがあるところというのが,固定したイメージだろう。 だいぶ以前のことだが,私は分館図書委員を二期連続して務めたことがある。 その当時はまさにこのとおりだった。 しかし,最近のすさまじいハイテクブームは,こうした図書館のイメージを変えつつある。 おそらく,これまでの書籍・雑誌・新聞などの図書資料と並んで,各種のニューメディア関係の非図書資料が,今後収書対象として増えてくるであろう。 マイクロフィルム,マイクロフィッシュ,カセットテープ,レコード等はすでにお馴染みだが,その他に,ビデオテープ,ビデオディスク,フロッピーディスク,コンパクトディスク(CD),CD-ROM (Compact Disc Read Only Memory),CD-I (Compact Disc Interactive),CD-RWM (Compact Disc Read Write Memory) 等,すでに市販されているもの,市販に向けて研究開発中のものと,じつに多種多様である。 なかでも,音楽鑑賞用のCDの文字情報版ともいうべきCD-ROMは,『広辞苑」,『ブリタニカ国際大百科事典』,『職員録』,『朝日新聞』,『模範六法』,『オクスフォード英語大辞典』など種々の資料が利用可能である。 なにしろ,CD-ROMはたった一枚に恐るべき分量の文字情報を収める能力を持っている。 直径10何センチのディスクに,文庫本にして1000冊,『広辞苑』30冊分,『朝日新開』1年分,文字数にして約2億4500万が収まるというのだから驚くべきものである。 私のような血の巡りの悪い人間には,このようなメディアを考案できる人種は,天才か,それとも紙一重の人物としか思えない。 それはともかく,CD-ROMの出現によって,収蔵スペースとか,収蔵年数や貸出しによる資料の劣悪化など,従来の図書資料に避けられなかった欠点が大幅に改善されるであろう。 しかし,便利なものには何等かの不便が伴うのが世の常,CD-ROMも,検索にはハードが必要であり,機器に接続しなければならない。 しかも,ものによっては,利用できる機種が限られる。 といった問題がある。 現在本学図書館では電算化に向けて検討が進められている。 これが実現すれば,多様なハード及びソフトの導入,機器の操作への慣熟など,新しい問題が出てくるであろう。 しかしながら,ニューメディア関連の非図書資料の利活用は,図書館の将来への展望,21世紀へ向けてそのあるべき姿の中に含めねばなるまい。 旧人種はハイテクに弱いそうで,紛れもなくその類の私には荷が重いが,一方,A型人間は新しいことに対して興味と関心を示すというから,私もそのように努力したいと思う。

(ひらの のぶゆき 経済学部数授)



お知らせ

  昭和62年度全国共同利用外国図書資料(大型コレクション)として購入された「企業史コレクション」及び「フランス革命史資料コレクション」(マイクロフィルム)の目録が印刷されました。 ご利用ください。




中山文庫のこと

荒 憲治郎

(1)

  シュムペーター文庫を本学に収納する時と中山伊知郎先生の蔵書を中山文庫として図書館に納入する時の二回,私はその作業に関係した。 尤も,シュムペーター文庫の場合には私の出番はなかったが,この作業に関係したのは,中山先生とンュムペーター教授との関連のためであったと思う。 周知のように中山先生は東畑精一先生と共に日本におけるシュムペー夕ー経済学研究の第一人者であり,シュムペーターの『経済発展の理論』や『資本主義・社会主義・民主主義』の共訳などによっても,わが国におけるシュムペー夕ー経済学の普及に大いに貢献したのであった。 昭和の初めのドイツ留学での両先生の出会いから始まって晩年に至るまでの50年以上にも汲ぶ交友関係は,一緒にボン大学でシュムペーター教授の下で経済学を研究したことからスタートしたのである。 そのシュムペーター教授が亡くなったのは昭和25年である。 そしてシュムペーター未亡人から東畑先生を介してシュムペーター教授の蔵書を日本の大学に寄贈したいという申入れがあったのは,中山・東畑といぅ二人のシュムペーター経済学の研究者に対するシュムペーター未亡人の感謝の気持ちの現われであったに相違ないのである。 聞く所によれば,東畑先生はその中から一冊だけを手許に残して残りをすべて一橋大学に届けられた。 その一冊は『経済発展の理論』であるというが,真偽は定かではない。 尤も,シュムペーター文庫の蔵書の大部分は既に本学の図書館に所蔵きれているものであるが,蔵書やパンフレットの各所に記入されたアンダーラインをみてみると,シュムペーター教授がどんな箇所に注目していたかを知ることができて興味ぶかい。 特に書物のページにはさまれているイェローペーパーには速記術によるメモが記されており,もしそれが判読できるとすれば,シュムペーター研究にとって貴重な資料となるに相違ないのである。

(2)

  中山先生の文庫は,中山先生のご意志によって実現したものである。 洋書が約1,500冊,和書が約1,100冊である。 昭和28年に私が経済学部の選任講師に就任した時,私にはまだ独立の研究室は割当てられておらず,しばらく中山先生の研究室を使わせて貰ったのである。 中山先生は当時学長の要職にあり,しかも先生はもっぱら自宅で執筆などの仕事をされているということもあって,同居の研究室といっても私がほとんど独占している状態であった。 その先生の蔵書が書棚を埋めていたが,洋書についてはそのほとんどが戦前に先生がドイツに留学されていた頃に入手されたものであった。 中山先生が座右におかれていたレオン・ワルラスの『純粋経済学要論』とかシュムペーターやケインズなどの重要な古典的書物のほとんどは駒場のお宅の書斎に保管されていたのである。 新刊の洋書については懐しい想出がある。 私は中山先生のお許しを得て,当時まだ元気であった坂本二郎君と一緒に丸善や紀伊国屋書店に出掛けて私たちの興味のある新刊書を自由に選択し,それを中山先生の所に持参した。 先生はそれらの洋書を快よく自費で購入され,しかもしばらく私たちの手許においておく時間的余裕を認めて呉れたのであった。 当時,書籍代に不自由していた私たちにとって,それは大いなる福音であったのである。

(3)

  中山先生が定年で退官されたあと,その時に先生の研究室におかれていた蔵書は,私が磯野研究館の新しい研究棟に引越した後も,そのまま研究室に同居した。 新しい研究室の両壁には壁一杯に天井まで届く大きな書架が設置されてあり,中山先生の蔵書をそのまま保管してもスペースの上で不都合はなかったのである。 私はカーテンを引いて太陽の光があたらないように注意した。
  中山先生の奥様から中山先生の蔵書を一橋大学に寄贈したいという希望が述べられたのは,中山先生が亡くなられてから間もなくであった。 奥様のご厚意によって多額の整理費が大学に提供された。 そして直ちに私の研究室に同居してあった中山先生の図書は別室の整理棚に並べられ,中山先生のお宅にあった蔵書については板垣與一教授をリーダーとしてその整理作業がスタートした。 その整理作業の中で今でも冷汗のでるような想出がある。 戦後,中山先生が都留重人先生のご好意でシュムペーターの処女作『理論経済学の本質とその主要内容』の原書を入手されたことは私たちも知っていた。 これはボン時代から中山先生が求められていたものであった。 その本が書棚に見当らなかったのである。 誰が言いだしたのか忘れたが,中山先生の生前にその本を東畑先生が借出され,そのままになっているというのであった。 しかしこの本を欠落したままにしておくことは画龍点晴を欠くことになるので,この際,東畑先生に返本をお願いしようということになり,その交渉を板垣先生に一任したのである。 しかるにその交渉の始まる直前に『本質』が中山先生の書斎の奥深くにあることがわかった。 それは明らかに私たちの不注意であったのであるが,もしそのような交渉を実際に行なったとすれば東畑先生はどのようにご返事になったのであろうか。 今でもそのことを想像すると冷汗三斗の思いがするのである。

(4)

  中山先生が購入されたり寄贈されたりした戦後の和書の大部分は,現在,かって中山先生が理事長をされていた統計研究会の書棚に収められている。 また,中山先生は長期間労働協会の会長の要職につかれていたが,その関係で入手された図書の大部分も労働協会に残した。 従って中山文庫に収められている和書の大部分は戦前のものである。
  しかし戦前のものであっても,時折,ペーヂのあちらこちらに引かれたアンダーラインや注記は,それによって中山先生がその本のどこに注目したかを知ることができるのである。 本に書かれた注記について私にはもう一つの想出がある。 今から30年以上も前,私はロックフェラー財団の基金を得てイギリスのケムブリッヂ大学に留学していた。 ここにはアルフレッド・マーシャルの蔵書を中心にして作られたマーシャル・ライブラリィがある。 経済学の図書を中心にしたこの図書館を私は何回となく利用したが,当時,経済企画庁から出向してケムブリッヂ大学に留学していた佐倉至氏(現在学習院大学教授)から,マーシャルが書いた書物にケインズが注記しているということを聞いた。 早速にその本を見ると,マーシャルは当時日本からケムブリッヂ大学に留学してきた学生は国家自的のために経済学を勉強していると記述し,そのペーヂにケインズはペンで Pro Japan (日本びいき)を書いているのであった。 残念ながら私はマーシャルのその本のタイトルを失念してしまったが,ケインズがどんな気持ちでその文字を書いたのかを思いめぐらせるのは楽しい思考ゲームの−つなのである。
  上で私はシュムペーター教授のイエローペーパーについてふれた。 同じように中山文庫の洋書や和書の各所にアンダーラインや注記がみえる。 そしてそれらは,書庫にはいって蔵書や文庫のペーヂを実際にめくってしか得られない刺激と感動を私たちに与えて呉れるのである。
(1989.2.16)

(あら けんじろう 経済学部教授)


図書館と私

浜林 正夫

I

  若いころは金がなかったので,自分ではほとんど本は買えず,もっばら学校の図書館の本を使っていた。 私が最初につとめたのは旧制の小樽経済専門学校(旧小樽高商,現小樽商科大学)だったが,この学校は大西猪之介,手塚寿郎,南亮三郎など高名な教授のいたところであり,旧制の高商のなかでは充実した図書館をもっていたので,本の利用には事欠かなかった.
私の処女論文は「ルソーにおける普遍社会と特殊社会」というものであったが,私の蔵書のなかにはルソーは『社会契約論』の英訳本しかない。 ルソーにかんする研究書もない。 つまりこの論文は全部図書館のお世話になって書きあげたものである。 手塚教授はワルラス研究者として著名だが,その蔵書はフィジオクラートからフランス初期社会主義を含む広範な範囲にわたるもので,現在も手塚文庫として小樽商大の図書館に所蔵されている。 手塚教授はさらにフィジオクラート研究者 G・シェルの蔵書を購入してこれも小樽商大の図書館へいれられた。 いつのことだったか忘れてしまったけれども,上原專禄教授が小樽へ集中講義にこられたとき,図書館へ案内したら,この二つのコレクションに驚嘆され,「これを利用してフランスの社会思想史を勉強したらどうですか」と私にすすめて下さったことがあった。 このアドヴァイスにしたがっていれば,私ももっと立派な仕事ができたかもしれないと悔やんでいるが,フランスについては私はルソーにかんして−本論文を書いただけで,以後,イギリスへうつってしまった。
  手塚,シェル両文庫のほかに,文庫としてはまとまっていないが,鬼頭仁三郎教授の蔵書も小樽商大にはいっている。 この蔵書のなかに,おそらく貨幣論にたいする関心からであろうが,ジョン・ロックの著作および研究文献がかなりあった。 こんどはこれを利用させてもらって,ロックについての論文を何本か書いたが,そのときも私自身の蔵書のなかにはロックのものは何もなかった。 ロックの全集は一八○一年に初版のでた十巻本がひろく用いられているが,私はいまでもこれをもっていない。 −九七五年から新しいロック全集の刊行がはじまり,これは買いもとめているけれども,全部で三十巻の予定のうち,まだ十冊ぐらいしか出ておらず,いつ完結するのか見当もつかないというありさまなので,いまでもロックについて何か書こうとすると,図書館へ古いロック全集を借りにいくという始末である。
  ロックからすこし手をひろげて,イギリス革命の勉強をはじめたころから,すこしずつ自分でも本を買いはじめた。 イギリス革命の基本文献である S.R. ガードナーの全十六冊の通史は古本で手にいれた。 これは何回にもわけて買ったのでそれほど懐が痛んだという記憶はないが,ハリントンの一七〇〇年版の一冊本の著作集を買ったときは大変だった。 冬のボーナスが一万数千円しかもらえなかったころに,たしかこの古めかしい四つ折版の本は八千円ぐらいしたのだから,よく思いきったものだと思う。 いまでもこの本はワイフの恨みの種で,私が死んだら怨念をこめて焼き捨てられるかもしれない。 カ−ライル編の『クロムウェル演説・書簡集』は図書館にあった。 サーローの『ステート・ペーパー』は図書館で買ってもらった。 クラレンドンの『大反乱史』は自分で買った。 こういう調子で,図書館の本と自分の本との組みあわせで私のイギリス革命史研究はすすんでいった。 いつの間にか,古い木造の官舎の六畳間の書斎は床の間まで本棚が立ち並び,床が傾いて襖をしめても三センチぐらいすき間ができるほどになってしまったが,それでも私の蔵書は中途半端で,図書館の本と組みあわせなければ論文ひとつ書けないという状態がつづいていた。

II

  小樽商大につとめている間はこういう組みあわせがうまくいっていたので,あまり不便を感じなかったが,一九六七年に東京教育大学へうつってきたら,組みあわせの半分がなくなったことに気づいた。 もちろん,教育大の図書館は小樽よりもはるかに蔵書数も多く,充実していたのだけれども,私の蔵書とはうまく組みあわせになってくれない。 いわば片腕をもがれたようなもので,それからせっせと図書館へ本をいれてもらったけれども,本というものは金さえあればそろうというものではない。 やはり永年の蓄積が必要なのであって,そう簡単に小樽時代のような組みあわせはつくれなかった。 おまけに教育大は筑波移転が決定的となり,いくら図書館へ本をいれてもらっても,筑波へもっていかれるとなると,筑波へ身柄をひきとってもらえるかどうか分らない身としては,一生懸命に組みあわせをつくる気にもなれなかった。 やはり頼れるものは我が身かと思いさだめて,自分で本をそろえはじめたのは,このころからである。
  といっても,私には収集癖はないし,またそれだけの金もないから,必要なものを買うだけである。 全集物にしても全巻をそろえることはめったになく,必要なものだけ買う。 リプリントで間にあうものはそれですませる。 しかも研究上の関心が動くと,あつめかけていた文献を中断してほかの本を買いはじめるから,蔵書といってもおよそコレクションの体をなしていない。 それに,このごろのようにやたらにたくさん新刊書がでるようになると,特定のデーマにかんしてさえ,個人ではとても買いきれるものではない。 やはり自分の蔵書だけで勉強をつづけるのは無理かと思いはじめたとき,教育大がつぶれて,一橋にひろっていただいた。 この大学の図書館には学生時代からお世話になっているし,小樽時代にも年に一,二回上京するときには,半年か一年先までの計画をたてて本を利用させてもらっていたので,いわば私の組みあわせの一部分でもあった。 というよりも,私の貧弱な組みあわせをはるかに越えて,丸ごとつつんでくれるような蔵書である。 そこで安心して,この大学へうつってから,あまり汲々とせずに,すこし無駄なものまで買うようになった。 いまさしあたっては必要はないけれども,いつかは読むだろうという調子の買い方であるが,これもまた,自分でもあきれるぐらいアット・ランダムである。 多分,死ぬまで読むことのなさそうな本がたまっていく一方で,いざ論文でも書こうということになると足りない本だらけという無計画性が年とともにひどくなってきたようだ。 これから新しい大学へうつって,さてどういうことになるのか,考えてみれば心細いかぎりである。

(はまばやし まさお 経済学部教授)


さらば,私の図書館

佐藤 定幸

  1943年(昭和18年)4月,東京商科大学予科新入生として初めて小平の地を踏んで以来半世紀近くの間,私の人生は一橋大学と深く結びついていた。 いま定年を迎えて母校を去るにあたり,胸に迫る感概は私なりに深いものがある。
  本学図書館がメンガー文庫はじめ数々の社会科学系貴重文献を収蔵する文字通り世界的水準の図書館であることは,今更私から云うまでもないだろう。 だが,私の研究分野が現代資本主義経済,アメリカ経済だったため,こうした貴重文献の御世話になったことは殆どなかったといってよいくらいだった。 正に「猫に小判」だったわけである。 だからといって,私が本学図書館の御世話にあまりならなかったということにはならない。 というのは,本学図書館は上記のような社会科学の古典を数多く収蔵しているだけでなく,欧米はじめ諸外国の最新の文献をも新聞・雑誌にいたるまで,これまた数多く収蔵しているからである。 私のような研究者にとっては,それらは「貴重図書」に劣らず貴重であったのである。
  この点で私が最も恩恵に浴したのは,“New York Times”紙のエアー・メール便だった。 最初如水会ニューヨーク支部からの寄贈だったが,その後図書館自身が購入するようになった。 如水会ニューヨーク支部から同紙エアー・メール便が寄贈された時,学内で最もよろこんだのは私だったに違いない。 その時以来,N.Y.T. の主要経済記事をゼロックスにとり,それをスクラップ・ブックに整理することが私の研究作業の重要な一部となった。 実はこうした作業は他の新聞,雑誌などについてもそれまでやっていたので,それらを合わせると全体としてかなりの作業量になる。 近年はかなりをアルバイターの協力にまかしているが,なにしろコピーをとりスクラップ・プックに分類するという作業は同時にそれらの内容に一応目を通しておくことでもあるので,すべてを他人まかせにする訳にはゆかない。
  正直云って,本学図書館や経済研究所資料係の存在を前提とした私のこれまでの研究スタイルは,本学を離れる以上これからは継続不可能だと思われる。 他の殆どの教官諸氏や学生諸君にとってと同じく私にとっても,これ程恵まれた研究環境はほかに求めようもないからである。 新しい研究環境に応じた新しい研究スタイルヘの移行が,これからしばらくの間,私の主要課題になるに違いない。
  以上の「惜別の辞」に加えて,図書館にたいする要望を述べて感謝のしるしとしたい。 本学図書館が社会科学系の図書館として一層その内容を充実してゆくだろうことは私のような門外漢が心配する必要もないだろう。 私の要望はむしろもっと末梢的なことであり,しかも私の個人的な体験に根ざしたものである。 私は図書館が内容の充実や施設の完備とならんで,建物全体が「学問の殿堂」としての雰囲気をいつまでも維持されるよう心からお願いするものである。
  大学にとって重要なのは施設や建物ではなく学問そのものだということを私も知らぬではないし,教会や寺院が宏壮豪華になったときその宗教はしばしば衰退に向うことも知っている。 しかし,大学の図書館が薄汚れた古倉庫然としていたり,逆に新築公民館の読書室然としていたのでは,大学の門をくぐった若い学生諸君を学問の道に導き入られないのでないだろうか。
  私が昭和19年春のある日,本学図書館の閲覧室に初めて入った時,私はこれこそが大学の図書館というショックを感ぜずにはいられなかった。 中学生時化にも,九段下の大橋図書館や浜町の千代田図書館など民間・公立のいくつかの図書館を利用したことはあったが,大学の図書館に足を踏み入れたのはそれが最初だった。 当時多くの学生はすでに戦場に駆り出されていて学園に姿をみせるものは稀だったし,私自身も数ケ月後には軍隊に入らねばならぬ状況にあった。 ガランとして,そして証明も不充分で薄暗い閲覧室ではあったが,壁にかけられた諸先生の肖像画は,私がそれまでの町の図書館で経験したのとは異なる雰囲気をただよわせていた。 ひたすら受験勉強だけに没頭してきた少年が大学に入って初めて学問というものの存在にぶち当った時だけに,そのンョックは大きかったといえよう。
  自分もやがて死地に赴かねばならない以上,死ぬ前になんとか学問に触れておきたいと考えた私は,図書館の閲覧室で何冊かの本をむさぼるように読んだ。 今から考えればなんともマンガチックなのだが,私は死ぬ前に,アダム・スミスの『国富論』とカントの『純粋理性批判』とマルクスの『資本論』だけはぜひ読んでおこうと決意した。 どうしてこの3冊になったのか,今思い出そうとしても思い出せない。
  スミスの『国富論』とカントの『純粋理性批判』については簡単に訳書が手に入ったが,問題はマルクスの『資本論』だった。 当時国禁の書だった『資本論』などとても簡単に手に入る訳はなかったのだが,どうしたことか本学図書館の蔵書目録にのっているばかりか貸出しさえもしてくれたのだった。 たしか新潮社版の高畠訳二巻本で,全訳ではなかった。 スミスもカントもそうだったが,マルクスの『資本論』は文字どおり「ちんぷんかんぷん」でまるっきり理解できなかった。 小平一橋寮時代,上級生から河上肇の『第二貧乏物語』が回されてきて剰余価値などという言葉も知らないではなかったが,相手が『資本論』では理解どころか文章の字面を追うだけでも大変だった。 だが,分っても分らなくても,遮二無二この3冊を「読破」したのは,数カ月後に死が待ち構えていたからだが,同時に,閲覧室の独特の雰囲気も大いに与って力あったものと思う。 先日も場所こそ移ったとはいえ福田徳三先生の額がいまも掲げられていることを確認し,40年以上も前,その下で分りもしないむずかしい本を読んでいた自分の姿を思い起して思わずほほえんだのだった。
  富士山と同様,学問の頂上をめざす登山口はいくつもあるとすれば,私のようなマンカチックなそれもひとつの出発だったのではないだろうか。 私が図書館の雰囲気にこだわるのは,このような理由からである。

(さとう さだゆき 経済研究所教授)


閲覧室と私 : 過ぎし日々のなかで

吉野 昌甫

  図書館というと,「読書の秋」ということで秋の季節と結び付きそうなものだが,私の場合,秋は,私の学生時代の想い出の中では,図書館とではなく,「食欲の秋」とどうしても結びついてしまう。 小平の予科の講義の時,O先生が茸狩りに行って,「こんな大きな」と指で輪をつくって,いかにも大さな初茸を沢山とってきたことを自慢された。 松林は,小平の校舎のまわりにもあったが,O先生が住まわれていた国立本校の周囲に多かったので,きっと国立の松林のなかで見つけたものと推測はした。 しかし,小平のキャンパスのまわりにもあるのではと,林の中をいたずらにほっつき歩いたことがある。 勿論,毒茸の見分け方も知らない都会育ちの私にとって茸の収穫は無理であった。 かわりに,雑木林のなかで柴栗の落栗を拾い集めたことがある。 秋,風の強い朝は早く家を出て,講義にも出ないで,栗拾いに夢中になり学生服の両方のポケット一パイの収穫の重さに喜びを噛みしめたものだ。
  O先生といえば,どんな切っ掛けか想い出せないが,藷を御馳走してやるという先生の餌(?)に釣られて学友二,三人で先生のお宅へ出かけて行った。 先生は,庭に落葉を掃き集めて,湯をわかし,焼藷をつくって待っていて下さった。 われわれは,庭に面した縁側で先生がたてられたお抹茶を焼藷と一緒にいただいた。 茶の作法を心得ない悲しさ,われわれ一同大いに動揺して,折角の風流の味も碌に賞味できなかった。
  小平の予科時代の図書館は木造,平屋で校舎の裏,グランドに面して小じんまりと建っていた。 何時も閲覧室はすいていて,心安まる雰囲気が私に安息の場所を提供してくれた。 武蔵野の平地一帯は春から初夏にかけて,よく強い南風が吹き抜けた。 学年初めの勉強への新しい心構えと,閲覧室の窓辺を鳴らして吹き抜ける南風に揺れる若者のアンニュイとの間に,長い時間とつおいつ心を決めかねて過すことがあった。
  当時は,国立本校のまわりにも,小平分校のまわりにも冬から初夏にかけて広々と麦畠が開けていた。 強い南風は,その畠土をロ一パイに含んで,行く手に立つ人間,樹木,建物などに勢い良く吹きかけながら走り去った。 国立本校の本館の正面右手の立派な槙(?)の木にしても,図書館正面右手の公孫樹の大木にしても,この南風に押されて樹全体が北側にかしいでいる。 国立の古い木造家屋の柱は,全体的に北側へ傾斜しているという話を聞いたことがある。
  南風が吹き止んで,小平図書館の閲覧室に静けさが戻り,若者は,開かれた本に目を落とし,本を取り上げて読まれぬままに開かれたページを繰ろうとする。 取り上げられた本のまわりには畠土が薄らと積もって,机の上に本の形が彫り込れていた。 それは,過ぎ去った私の若き日々の刻印ということができよう。
  あれは,学部三年の夏休み前のことだっただろうか。 いや夏休み中のことかもしれない。 毎日国立本校の図書館の閲覧室に通って,一日の大半をそこで過していた。 夏の早朝ほぼきまった電車で国立駅に着いた。 あの頃,私は風呂敷づつみを抱えて駅から学校への路を急ぎ足で歩いて行った。 私が歩きながら考えていたことが他の人に読み取れたら,私は日々のささやかな楽しみを失うことになっただろう。 昭和22年の頃,大学は北多摩郡谷保村谷保がその地名だったはずだ。 駅から大学の正門までに行き会う人々は少数で,変りはなかった。 それらの人々にどこの地点でスレ違うか,それが私の生活の大きな色どりであった。
  N先生が講義の時にフトいわれた。 「ケインズの資本は,雇用と結び付いた投資だ。 ハイエクの場合,資本は生産構造と結合している。 ヒックスの『価値と資本』,この資本が問題だ」。 閲覧室の机の上には当の『価値と資本』が毎日開かれていて,私の頭の中でヒックスの最短利子論とケインズの流動性選好論とが,どっかで不協和を響かせ,私をイライラさせていた。 時々,N先生のいわれたヒックスの資本理論は何になるのだろう,という別の音色が混ってくる。 これは疲れた証拠だ,もっと思考を集中しなくては。 私は気をとり直して,『価値と資本』の譜面を追い,その中にかくされたイメージを構成することに夢中になる。
  静かだった午前中の閲覧室が急にさわがしくなった。 雀だ。 開けた窓から一羽の雀が閲覧室に迷い込んできて,高窓のステンド・グラスの明かりに行き当り,反転して別のステンド・グ√ラスに行き当る。 しばらく,雀は閲覧室の沈んだ空気を掻き乱していたが,開かれた窓から外へ飛び立った。 「雀だ。 僕は雀なんだ。 開かれてないステンド・グラスの高窓の明かりに頭をぶつけて,開かれた窓から飛び立つこともできずにいる雀なんだ」。 卒論がはかどらぬ時,私は,ジョン・ラスキンの世界が私が求めている開かれた窓のように思えることがあった。
  GHQの管理下にあった昭和20年代の前半,Economic Journal,Econometrica,American Economic Review 等の海外の経済学の専門雑誌に掲載される論文は,戦中と終戦直後のわが国の経済理論,実証分析面での空白,立遅れを埋めるに必要な情報の唯一といってよい伝達のパイプであった。 これらの雑誌類は,大学の図書館にはほとんど送られてこないで,アメリカ文化センター,この名称が正確かどうか記憶は定かではないが,そこによって主要都市の一定の建物に一括して集められ,一般に公開されていた。 論文を読みたい一心でそこへ通ったものだ。
  東京では赤坂離宮が閲覧の場所になっていた。 GHQの行き過ぎた権威主義の表れだったのかもしれない。 確か赤い絨毯を踏んで二階の閲覧室へ昇ったような気がする。 ベルサイユ宮殿を模した晴れがましい部屋の雰囲気は,一般公開の図書館にはそぐわないものがあった。 階段わきのトイレも小じんまりしすぎていた。 華かな園遊会,そこに招かれた沢山の貴婦人達は,ベルサイユ宮殿の顰みに倣ったのだろうか。 そんなことをふと想わせるものがあった。
  東大の中央図書館も良く利用した。 閲覧所が複数化したのか,離宮の利用が駄目になったのか,家から近い東大の図書館は便利で,開館から閉館まで閲覧室の一角に陣どっていた。 雨の降っていた一日,レインコートを看た婦人が傘を傘立てに立ているのを,何に気なく見ていてその人がK先生の奥様であることに気づいた。 奥様は,それから随分長い時間論文を筆写していられた。
  千駄ケ谷駅で電車を降りて,ガードをくぐり,新宿御苑の東側に沿って新宿内藤町の緩い坂道を上がった大木戸辺りに新宿区役所があった。 新しい閲覧所はその一角に移転していた。 御苑沿いの大きな屋敷の塀越しに枇杷の葉が青黒く茂り,初冬に小さな白い花房が目白を呼んでいたかと見るうちに,初夏にはやや小粒ながら黄金色に輝く果実が沢山に実った。 当時,胸を病んでいた私は,このような移り行きに多分に希望を托す日々を過していた。

(よしの まさとし 商学部教授)



本学関係出版物の複製について

  下記の資料の複製版が入りましたのでご利用ください。
一橋会雑誌 明治36年-大正9年 請求記号 ZA-16A
一橋新聞 大正13年-昭和35年 請求記号 ZZ-7D




本学教官著訳寄贈書一覧 (昭和63年度)

〔国立本館〕
石 弘光: 税制改革の理論と現実 (共訳)
溝口 敏行,梅村 又次: 旧日本植民地経済統計 (共編)
竹内 啓一: 地中海論集9〜11 (寄稿)
杉山 忠平: Enlightment and beyond (共編)
岡本 清: 原価計算 -三訂版-
新井 晧士: 鳥屋の梯子と人生はそも短くて糞まみれ (訳書)
浦田 一郎: シェースの憲法思想 (学位論文)
安丸 良夫: 復原天理教錦野教会の成り立ち
〔小平分館〕
斉藤 慶司: 左右田喜一郎伝
平井 規之: 大恐慌とアメリカ財政政策の展開
石 弘光: 税制改革の理論と現実 (共訳)
石 弘光: 現代財政学研究 (共編)
上田 辰之助: 上田辰之助全集5
種瀬 茂: 経済思想 追憶版
新井 晧士: 鳥屋の梯子と人生はそも短くて糞まみれ (訳書)
森川 俊夫: トーマス・マン日記 1935〜1936 (訳書)
諏訪 功: ウィーン便り 〜古都の明け暮れ〜
諏訪 功: Energeia und Ergon. Bd. 1-3 (Bd.3に寄稿)
藻利 重隆: 喜寿記念 わたくしの俳句と随筆




図書館を離れて

砂川 淑子

  附属図書館を退職して,二月が過ぎました。 1953年にはじめて時計塔の中に足を緒み入れた時,こんなに長い間ここで暮らすことになるとは考えもしませんでした。 故郷というものを持たない私にとって,国立は今ではそれに代る場所になりました。 校門を入って図書館までの風景は,四季おりおりの色や匂いを伴って頭の中にやきついています。
  これまで少なからず関心を持っていた「鐘」に何かを書くということは気恥かしいのですが,昔を少しふり返ってみることにします。
  私は旧満州で生れ,育ちました。 どちらかというと勉強や運動よりも,本を読むことが好きな子供だったように思います。 本を買って貰うと,読み終るまで自分の部屋から出て来ませんでした。 そして,何も読むものが無くなると父の書斎にもぐりこんで,横文字や漢字ばかりの本の中から少しでも読めそうなものをさがしました。 夏目漱石や森鴎外の全集などを意味もよくわからないまま拾い読みした記憶があります。 二重窓のガラス越しにさしこむやわらかな陽の光や,本にかこまれた静けさが心地よかったのだと思います。 生れて最初の十年間の幸せな時は,次の十年で大きく変化しました。 母の死,戦争の拡大,学校の勉強はどんどん稀薄になってゆき,私達は動員されて軍隊用の薬品の包装をさせられたり,医大で看護の実習をしたり,工場に行って防毒マスクを作ったりと,次から次へいろいろな事を経験しました。 その頃は友達のノー卜を借りて好きな詩を書き写したりしましたが,読書の記憶は残っていません。 終戦になって勉強を中断したまま私達は住んでいた家を出なければなりませんでした。 本はその前に全部トラックでどこかに運ばれて行きました。 行き先はどこかの図書館だと聞きました。 やがて内地に引き揚げることになりましたが,持ってゆけるわずかの荷物の中には,本を入れる余地などありませんでした。 今も残っているものは捨てるのが惜しくてそっとリュックに入れて来た陶器で出来た一対の小さいお人形だけです。 輸送船の船底につめこまれ,ひどい船酔いに若しみながらやっと帰国し,東京に落着きました。 やがて私は,上野の美術学校の文庫で働かせて貰うことになりました。 終戦から二年目のことです。 その頃の地下鉄は,窓にガラスの代りに板が打ちつけてあり,ぎゅうぎゅうづめで座席の上に立ったりしていました。 上野駅の地下道には,家を朱なった人や子供達が集まり,そこらじゅうに横たわっていました。 今は文化会館や美術館が建っている場所にもバラックがいくつも固まっていました。 その傍を通り抜けて美術学校に辿りつくのです。 文庫はレンガ建の古めかしい建物でしたが,中に入ると,そこだけ外界から切り離されたような静けさがありました。 空間は仄暗く,かすかに板張りの床がきしみました。 そこで私は同年輩の少年と一しょに本の出納をしました。 何もわからない私に,その子はテキパキと働きながら親切に仕事を教えてくれました。 書庫には画集や,外国の美しい美術雑誌や養術品が沢山ありました。 父の転勤で奈良に移るまでの一年足らずの間でしたが,私は仕事の合間に久しぶりに絵を見たり本を読んだりして暮しました。 たべるものにも,着るものにもひどく不自由していましたが,文庫で働らいていた人々の,もの静かで知的な雰囲気や,ここで受けた印象は心に深く残り,私の「図書館」の原型になりました。 (二年ほど前,芸大の創立百年を記念する催しがあり,四十年ぶりに訪れた私を,今も図書館にいるかつての少年か案内してくれました。 文庫の建物はわずかにレンガの壁に名残りをとどめているだけですっかり変貌していました)
一橋に就職したのは,それから数年後のことです。 もう戦後の混乱した状況からは遠くなりつつありましたが,いろいろな面で今とはちがっています。 大学通りはまだ舗装されていなくて,風の吹く日は土ぼこりをまき上げていました。 大学の周りの建物も,もっとまばらでした。 図書館も現在の第一書庫までしかありませんでした。 でも書庫には本がぎっしりつまり,閲覧室の広さにも圧倒されたことをおぼえています。 図書館員を職業に選んで,多少勉強して来たつもりでしたが,実際の仕事となると本の内容も今まで手にしたことのないものばかりで途方にくれました。 タイプも出来なくて,たのまれた一枚のカードを打つのに7,8枚も無駄にして泣きたいような思いをしたこともありました。 (現在のような修正機能つきのタイプなど思いもよらない時代でした)それでも私はだんだん仕事が面由くなり図書館に居ることが楽しくなりました。 ここでも廻りに理解し合え,支えてくれる人々がいてくれたからです。 図書館では最初,受入れや雑誌の仕事もしましたが,洋書の整理が主な仕事でした。 特に古い本の整理では,一枚のカードに“その本についての情報を過不足なく記録する”という基本的なことも,表題紙を見るだけでは不充分で,かくれた著者や,他の著書との関連をさぐらなければならないことがあります。 その分野について無知なため先ず,概説書からかじらなければならない時もあります。 その追跡はきりがないと分っていても中々止められないのです。 そして明日は又全く違う本を相手に四苦八苦するのです。 つぎつぎと新しく入って来る本を前にして,頭の中にはきれぎれの知識がつみ重なり,一面では空しさを感じることもありましたが,それでも本に関っていることは何にも換えがたい喜びでした。 最後の数年間は,寄贈図書や百年募金購入図書の整理を受け持つことになりました。 この中には,いくつものコレクションがあり網羅的なもの,重点的に集められたものなどさまざまですが,書架に並んだ本を見ていると,収集した人の意志や思いが伝わってくるようでした。
  退職する時,この膨大なコレクションは,多くの人々の力を借りてやっと整理の見通しがついた所で,今もひきつづき作業が進められています。 図書館の仕事の中で積み重ねの部分がどんなに大きいか,そしてそれを維持してゆくことがどんなに難しいかは,いつも感じさせられたことでした。 私が知っているこの三十年の間に図書館はずい分変化していますし,もっと変化することを要求されてもいます。 この変化に眼をみはり感動するものがある反面,私の中にどこかに古い「原型」に固執する部分があるのは,きっと年をとった故だと思います。 すばらしい財産を受けつぎ,次の時代に伝えながら,新しい要求に応えてゆくのは難しいことだと思いますが,若い仲間達の活躍に期待しています。 そして,いつも図書館が大学の中で最も刺激的で魅力的な場所であることを心から願っています。 (1989年2月28日)

(すなかわ よしこ 前附属図書館書誌係長)



創立百年記念募金購入図書について

  昭和52年より,本学の創立百周年を記念して同窓会である如水会を中心として募金活動が行なわれ,本学附属図書館に対する図書購入資金として8億円が寄付された。 大学内に募金の「図書購入委員会」が設置され,購入図書の選定に関する審議にあたった。 収書計画は二部門に分けて立てられ,第一部門は全学的見地から選定する特殊文庫の収集に当てられ,第二部門は各学部等が選定を行う系統別収集に当てられた。 資料の購入は,昭和52年度の小場瀬文庫を皮切りに,以降着実な収集を重ね,特に,第一部門については,60年度には予定したコレクションの総てを収集することが出来た。 第二部門については,現在なお収集を継続している。 昭和63年3月現在,第一部門では15コレクション・63,258冊,第二部門では8系統・26,641冊を収集した。
  これらの資料は,内容の特殊性,言語の多様性,形態の多様性,古文書の多さ等から,整理作業は,当初の予測を遥かに越えるほどの労力と時間を必要とした。 この度,ようやく,相当部分についての整理を終え,残る資料の整理についての見通しもある程度得られたので,紙面の都合上,第一部門のみ,紹介する。


創立百年記念募金購入図書(第一部門)整理状況一覧

 資料名  内        容 請求記号 所在
小場瀬文庫(鐘No.2 参照) モリエール,ディドロ,ボーマルシェ研究をはじめとするフランス啓蒙思想研究家小場瀬卓三氏の旧蔵書。 「小場瀬卓三文庫目録」が1980年に刊行されている。 230
O-分類
図書番号
分館
岸野文庫 岸野知雄氏旧蔵。 アイルランド文学および関係文献を収集。アイルランド詩人イェーツの初版本を含む,著作・研究書のコレクションなど。 210
K-分類
図書番号
分館
ベルンシュタイン・スヴァーリン文庫 L.ベルンシュタインとB.スヴァーリンの蔵書を合わせたロシア革命前後の社会運動史に関するコレクション。 L.トルストイの文献も含まれている。 (鐘No.5No.6No.7参照) Bernstein-
Souvarine
図書番号
古典資料センター
鳴海文庫(鐘No.1参照 ) 鳴海完造氏がソビエト滞在中(1927-1935)に収集したプーシキンをはじめとするロシア近代文学のほか,文献学研究書,ロシア史,社会思想史,民族学関係書(大半が露語) NARUMI
分類記号
図書番号
本館
法学論文コレクション 16世紀〜18世紀のドイツ地域の諸大学の法学部における最終試験論文 (dissertation,disputatio,dissertatio) および法学関係単行論文 (tractus) を集めたもの。
図書記号
古典資料センター
メラー文庫(鐘No.7参照) ドイツにおける保険学の最高権威者ハンス・メラー氏の旧蔵。 私保険・社会保険の全種目にわたり,保険法,保険経済,保険経営,保険数学などの領域を含む網羅的コレクション。 Moller
図書番号
本館
山内文庫 西田幾多郎門下の哲学者,山内得立の旧蔵。 18世紀から20世紀初等までに出版されたヨーロッパ哲学の基本文献及び古代ギリシャ哲学・中世哲学関係の文献を含む。 Yamauchi
図書番号
(和書:未整理)
本館
ヨーロッパ現代史 1910〜40年代に刊行されたドイツを中心とするヨーロッパ各国の現代史文献。 社会主義思想,ファシズムとその下での諸思潮,オーストロ・マルキシズムの基本的文献などを含む。 Europe
図書番号
本館
村松文庫 村松裕次氏旧蔵。 近代中国経済を中心とし政治・社会にわたる和漢の基礎資料と第二次大戦前後に欧米諸国で刊行された中国関係の洋書,および中国関係蔵書目録類を含む。 Muramatsu
分類記号
図書番号
本館
土屋文庫 土屋喬雄氏旧蔵。 幕末〜昭和前期の日本経済史・経営史関係,明治初年から30年代まで中央経済官庁の統計書・報告書類,殖産興業関係資料,地方官庁資料などを含む。 (整理中)
リソルジメント(鐘No.9参照) リソルジメント(近代イタリア統一民族国家形成運動)に関する資料・研究書を網羅的に集めたコレクション。 運動にかかわった当時の著作や伝記も収められている。 (整理中)
東欧現代史資料 ソ連・東欧諸国の19世紀から近年におよび現代史全体をカバー。 末期のロシア帝政,ロシア革命史,ソ連の政治裁判,ポーランド政治史関係に特色がある。 フーヴァー研究所旧蔵。 (整理中)
藤井文庫 藤井義雄氏旧蔵の古代ギリシャ哲学研究書を中心とするコレクション。 紀元前6世紀のイオニアの自然科学関係のものからヘレニズム,ローマ期にわたる広範な関連領域をも含む。 (整理中)
スペイン市民戦争資料 ミラノのフエルトリネリ研究所が収集したスペイン市民戦争(1936〜39)史を中心とするスペイン現代史研究書のオリジナルと定期刊行物のマイクロフィルムを含む。 (未整理)




附属図書館の業務電算化計画について

大場 高志

  一橋大学附属図書館には,現在約130万冊の図書,約11,000タイトルの雑誌が所蔵されています。 そして毎年図書が約4万冊,雑誌では約7,500タイトルが受け入れられています。 この蔵書数は,他の同規模大学のそれに比べてみても豊富なものといえるでしょう。 このことは,一橋大学が4学部からなる総合大学でありながらも,附属図書館を中央館とした集中的な資料の収集管理を全学的に行っている結果です。 そして又,そのことは質的にも高い蔵書構成になっている原因でもあります。
  こうした,高度で豊富な蔵書群を,教官・学生等利用者に結びつける手段として,現在図書館はカード形式による目録を作成しています。 国立本館二階には,本館所蔵のカード目録だけでなく,小平分館,社会科学古典資料センターのカード目録,社会科学系外国雑誌センターの冊子目録,さらには洋書に限っていますが,産業経営研究施設資料室,経済研究所資料室等のカード目録等が提供されています。
  ところが,近年の図書資料に関する情報量の増大と,利用者・研究者の資料要求の多様化にともない,求められる資料を求める利用者に迅速に提供するという図書館本来の使命は,カード目録だけでは必らずしも果せなくなってきつつあります。 そこで附属図書館では昭和62年4月に「附属図書館業務電算化委員会」を発足きせ,近年急速に進歩してきた電算機システムの図書館への導入の検討を開始しました。 この委員会では,現行の図書館業務の分析,学術情報センターが推進している学術情報システムの検討,そして既存の電算機による図書館パッケージシステムの比較などを行い,昭和63年5月に第一次報告書を作成しました。
  この報告書にも述べられていますが,図書館業務電算科の最大の目的は,本学所蔵資料の書誌・所蔵データベースの形成です。 つまりカード目録の提供からオンライン目録情報サービス(OPAC=Online Public Access Catalog)への移行を考えようとしています。 OPACとは,カード目線を引くかわりに,電算機端末のキーボードをたたいて,図書資料の検索をディスプレイ上で行おうというものです。 その場合従来のように著者名しか検索できないということはなく,書名やキーワードなど様々な角度からの検索が可能となります。
  もちろんOPACが有効であるためには,蔵書の書誌・所蔵データが蓄えられていなければなりません。 そのため,学術情報センターの目録所在情報サービス(NACSIS-CAT)に参画し,外部の目録データベースを有効に利用すると同時に,全国総合目録データベースの形成にも寄与しようと考えています。
  このようなシステムが短期間ですぐに実現できるとは,もちろん思えませんが,決して不可能ではないというぐらいには,電算機もソフトウェアも進歩してきています。 将来は学内にもLANが引かれることでしょう。 学内の研究室からも図書贈のOPACを利用したいという要求が当然あると思います。 そうした要求にも対応できるシステムも決して不可能ではないようです。
  現在,電算化委員会は第一次報告に次いで,OPACと書誌・所蔵情報データベース関係の報告書を第二次として準備している最中です。 今や図書館の電算化とは,図書館資料がある限り,今後果しなく歩まなければならない図書館の道となりました。 関係各位各部局の御理解とご協力をよろしくお願いいたします。
 

(おおば たかし 業務電算化委員会)



目の保養コーナー

  百恵さん気をつけて! -- 『建築探偵東奔西走』(文:藤森照信 写真:増田彰久 朝日新聞社 1988)
  一橋のキャンパスにはロマネスクの怪獣があちこちにみられます。 その数は,なんと,17種99匹! 図書館正面の上の方にある空の鳥と陸のケダモノの格闘の図像など肉眼で見にくい怪獣がこの本の中で紹介されています。




新規購入並びに購入中止外国雑誌

  平成元年度から新規に購入する外国雑誌,並びに購入を中止する外国雑誌が,下記の通り決まりましたのでお知らせします。 なお,リスト中, Lib. has (B.N.): Vol.○○ 等と記入してある雑誌は,その部分のバックナンバーをすでに購入しましたので,新着分と併せてご利用下さい。
  また,このリストには,スペースの都合上,社会科学系外国雑誌センターとして新規に購入する雑誌(957タイトル)は含まれていないのでご注意ください。 外国雑誌センター新規購入雑誌リストは,センター窓口(国立本館正面玄関隣)に備えてありますので,そちらでご覧ください。

[国立本館新規購入雑誌]

  1. The American psychologist. -- Arlington, Va.
  2. Angro-American Law review. -- Little London, Chichester.
  3. Archipel. -- Paris (& Bandung)
  4. Compare : a journal of comparative education. -- Abingdon.
  5. Criminal reports. (Third series) -- Agincourt, Ontario.
  6. Finance. -- Paris.
  7. The International journal of African historical studies. -- Boston.
  8. The Journal of social psychology. -- Washington, D.C.
  9. Journal of the Malaysian Branch of the Royal Asiatic Society. -- Singapore.
  10. Producer price indexes. -- Washington, D.C.
  11. Quarterly journal of business and economics. -- Lincoln.
    Lib. has (B.N.): Vol.15(1976)-27(1988) Lack: 15(3,4),16(1),20(1)
  12. The Quarterly review of economics and business. -- Champaign.
    Lib. has (B.N.): Vol.1(1961)-25(1985)
  13. Revue bibliographiwue de sinologie. -- Paris.
    Lib. has (B.N.): Annee 10(1964)
  14. Sage race relations abstracts. -- London.
  15. Social science research. -- San Diego, Ca.
  16. Tax notes. -- Arlington, Va.
  17. Telos. -- New York.
    Lib. has (B.N.): No.1(1968)-54(1982/83)

[国立本館購入中止雑誌]

  1. Теория вероятностей и ее применения.

[小平分館新規購入雑誌]

  1. L'800; Zeitschrift fur Literatur und Politik. -- Koln.
  2. Australian Slavonic and East European studies. -- Melbourne.
  3. Canadian journal of history of sport. -- Windsor, Out.
  4. Harvard theological review. -- Cambridge, Ma.
  5. Hochschulsport; informatinen des allgemeinen deutschen Hochschulsportverbandes. -- Darmstadt.
  6. Journal of Biblical literature. -- Decatur, Ga.
  7. Journal of the American Mathematical Society. -- Providence, R.I.
  8. Maske und Kothurn; internationale Beitrage zur Theaterwissenschaft. -Wien.
  9. Olympic review. English edition. -- Lausanne.
  10. Revista matematica Iberoamericana. -- Madrid.
  11. Советская эстрада и цирк. -- Москва.
  12. Советский музей. -- Москва.
  13. Sozial - und Zeitgeschichte des Sports. (SZGS). -- Koln.

[小平分館購入中止雑誌]

  1. New statesman & new society. (ただし国立本館で継続購入)




昭和63年度大学図書館長期研修に参加して

鎌田 陽子

  昭和43年から毎年夏に三週間にわたって行われているこの研修に,去年に引き続いて附属図書館の現職員としては二人目の受講生となる機会に恵まれた。 参加者は国公私立大学と研究機関の図書館や資料室で働く37人である。 講義に見学や演習が組み合わされていて,研修機関の半分は主催校の図書館情報大学を離れて都内で過ごした。 研修内容には今日の日本の大学図書館にとって重要とみなされるデーマがほぼ網羅されていることになっているが,コンピュータによるシステム化やデータベースに関するものに偏りすぎていて,大学図書館の管理運営やサービスのあり方についてあまり触れられていなかったことに物足りなさを感じた。 とはいえ,与えられた機会をもっと貧欲に過ごすべきだったとの後悔の念も起こる。 とかくの毀誉褒貶に包まれている本学図書館であるが,多く所有することを誇り羨まれる図書館から良く活動することを楽しみ喜ばれる図書館への更なる発展のために,今回の研修で得たことを生かして少しでも役に立ちたいと思う。

(かまた ようこ 洋書係)



◆社会科学系外国雑誌センターだより

  1989年度として,新たに957タイトル発注しました。 そのうち Boston College Third World law journal, East European quarterly など数タイトルは,バックナンバーで既に入荷しています。 2月現在入荷しており継続受入れのものは,1,375タイトルとなっています。 センター購入分の発注,到着の状況は係にお問い合せください。

(雑誌第二係)

◆社会科学古典資料センターから

★カーペンター氏講演会「米国大学図書館における古典資料」 (1988年11月8日)

  ハーバード大学図書館資料収集担当副館長,K.E. カーペンター氏は,クレス図書館主任であった1975年から76年にかけて一橋大学附属図書館においてフランクリン文庫整理の指導をされた。 このたびの再来日を機に本学国際交流セミナーの一環として講演会を開催し,学内外から多数の聴講者があった。

★第8回西洋社会科学古典資料講習会 (1988年11月16日〜19日)

  下記のプログラムにより開催され国公市立大学の図書館員,大学院生等31名が受講した。

第1日
  1. 古典の魅力   古賀英三郎 (一橋大学社会学部教授・社会科学古典資料センター教授)
  2. スコットランド啓蒙期の出版物について   川原和子 (元名古屋大学附属図書館専門員)
  3. 日本におけるスミス像の変遷   和田重司 (中央大学経済学部教授)
第2日
  1. 書誌情報の電算機処理-古典資料目録とMARC   岡崎義富 (兵庫教育大学学校教育センター助教授)
  2. 「『資本論』の引用文献に関する資料集」の作成について -- 新メガ版II/5およびII/6の書誌学的調査--   江夏美千穂 (東京経済大学名誉教授)
  3. 各国の貴重書図書館・文書館事情 --フランス--   津田内匠 (一橋大学経済研究所教授)
第3日
  1. 西洋古典資料目録の作成について   関戸信夫 (成城大学図書館事務長)
  2. 図書館員と書誌学 --矢口文庫を中心として--   大國克子 (関西大学図書館収集整理課長)
  3. 情報交換・座談会
第4日
  1. フランス革命と憲法政治関係資料   杉原泰雄 (一橋大学法学部教授)

★所蔵資料展示

 1988年 9月    「法の精神」イタリア語訳をめぐって --モンテスキュー生誕300年を記念して--
    10月    メンガーとベーム・バヴェルグ
    11月15日  ロバアト・オウエン関係著作展示会
 1989年 2月    フランス革命とイタリア--ジュゼッペ・マリーア・ガランティ


◆図書館業務報告

附属図書館事務部の課の名称の変更

  昭和63年4月8日付けで下記のとおり変更になりました。

旧課名    新課名
整理課 → 情報管理課
閲覧課 → 情報サービス課

業務電算化委員会は63年5月に第一次報告書を発表すると共に,引続き検討を重ね,本年3月に第二次報告書を出す予定である。

建築委員会は,63年においても引続き図書館本館の増改築について検討を行った。

62年7月〜12月に,図書館職員で構成されるワーキング・グループは図書館の事務組織について検討を行った。

書庫内カビ・ホコリ清掃作業について

  昨年度からの継続事業として実施しました書庫内カビ・ホコリ清掃作業は,一応8月25日をもって全書庫終了致しました。 この大事業遂行のためご尽力いただいた関係者各位に感謝致します。

蔵書点検について

  昨年9月,利用頻度の激しい新館配架図書約5万6千冊の蔵書点検を実施いたしました。 約百万冊の本館蔵書を適正に管理していくためには,今後ともこの業務を継続していく必要がありますので,利用者各位のご協力をお願い致します。


◆会議

〈学内〉

図書館委員会 昭和63年度第1回〜第3回 (63.5〜元.2)
昭和62年度専門図書費決算報告について
専門図書費の配分について
専門図書費の追加配分について
その他。
小平分館図書委員会 昭和63年度第1回〜第3回 (63.5〜63.10)
昭和62年度決算について
昭和63年度予算について
昭和64年度新規購入洋雑誌の選定
その他
社会科学系外国雑誌センター運営委員会 昭和63年度第1回〜第3回 (63.5〜元.2)
昭和62年度決算報告について
外国雑誌選定について
1989年新規購入雑誌の選定について
その他
社会科学古典資料センター運営委員会 第31回 (63.5)
昭和62年度決算報告
その他
社会科学古典資料センター人事委員会 昭和63年度第1回 (元.3)
人事について

〈学外〉

昭和63年度国立大学図書館協議会
4月28日 於:一橋大学 (当番館:一橋大学)
昭和63年度国立大学附属図書館事務部課長会議
5月24日 於:東京医科歯科大学
昭和63年度国立大学図書館協議会賞受賞者選考委員会・専門委員会
5月25日 於:東京大学
第35回国立大学図書館協議会総会
6月23,24日 於:兵庫県公館
第35回三大学図書館協議会
11月25日 於:神戸大学
第2回国立大学図書館協議会シンポジウム(東会場)
12月8,9日 於:国立婦人教育会館 (当番館:一橋大学)
昭和63年度国立大学附属図書館事務部長会議
元年1月26,27日 於:鹿児島大学
外国雑誌センター館会議
元年3月10日 於:東京大学
「外国出版物購入価格問題調査研究班」委員会
第6回〜第10回 (63.4〜元.3) 於:東京大学,一橋大学
東京西地区大学図書館相互協力連絡会
昭和63年度第1回〜第2回加盟館会議 (63.6〜63.11) 於:中央大学,成蹊学園
昭和63年度第1回〜第2回実務担当者会議 (63.5〜63.10) 於:電気通信大学,帝京大学
外国新聞分担保存のワーキンググループ 第1回〜第9回 (63.6〜元.3) 於:東京女子大学ほか
第4回日米大学図書館会議代表団会議
4回 (63.7〜63.12) 於:東京大学
第4回日米大学図書館会議実行委員会
元年1月31日 於:東京大学


◆各種委員異動

図書館委員会
昭和63年4月1日付 村田和彦(商),高橋一(経済),上原敏夫(法),山本武利(社会),古賀英三郎(併古典資料センター)
昭和63年7月1日付 平野信行(分館長)
小平分館図書委員会
昭和63年4月1日付 三瓶裕文(商)
昭和63年6月1日付 真島秀行(法),御代川貴久夫(社会)
昭和63年7月1日付 平野信行(分館長)
創立百年記念募金図書購入委員会
昭和63年4月1日付 村田和彦(商),高橋一(経済),上原敏夫(法),山本武利(社会),古賀英三郎(併古典資料センター)
昭和63年7月1日付 平野信行(分館長)
昭和63年9月14日付 藤野正三郎(研究所)
社会科学系外国雑誌センター運営委員会
昭和63年4月1日付 村田和彦(商),高橋一(経済),上原敏夫(法),浜谷正晴(社会),古賀英三郎(併古典資料センター)
昭和63年7月1日付 平野信行(分館長)
社会科学古典資料センター運営委員会
昭和63年4月1日付 田島壮幸(商),美濃口武雄(経済),勝田有恒(法),古賀英三郎(社会・併古典資料センター),津田内匠(研究所)
昭和63年7月1日付 平野信行(経済)
社会科学古典資料センター人事委員会
昭和63年4月1日付 田内幸一(商),美濃口武雄(経済),勝田有恒(法),古賀英三郎(社会・併古典資料センター),溝口敏行(経済研究所長),津田内匠(研究所)
昭和63年5月1日付 上原行雄(法学部長)
昭和63年8月1日付 諏訪功(分校主事)
平成元年2月1日付 花輪俊哉(商学部長)


◆人事異動

(新) 昭和63年4月1日付 閲覧課長 浅岡 清明 配置換 (滋賀大学学生課長)
整理課総務係 薄田 恭子 配置換 (経済学部)
整理課洋書係 仲本 裕子 採用
5月1日付 小平分館 下平 祐子 採用
6月1日付 小平分館 金子 信夫 転任 (東京大学法学部図書閲覧係長)
7月1日付 小平分館長 平野 信行 併任 (経済学部教授)
情報管理課洋書係長 松尾 剛 配置換 (情報管理課和書係長)
情報管理課和書係長 稲葉 稔 配置換 (情報サービス課閲覧係長)
情報サービス課閲覧係長 三枝 辰男 配置換 (経済研究所資料係長)
9月1日付 情報管理課和書係 福本 邦子 採用
9月26日付 情報サービス課閲覧係 小倉 豊道 採用
9月27日付 情報サービス課閲覧係 関 正博 採用
10月17日付 小平分館 土屋 玲子 採用
昭和64年1月1日付 情報管理課書誌係長 金沢 幾子 昇任 (情報管理課洋書係)
情報管理課書誌係 飯島 朋子 配置換 (情報サービス課閲覧係)
情報管理課洋書係 深沢 茉莉 配置換 (情報管理課書誌係)
情報サービス課閲覧係 大明 敦 採用
平成元年1月16日付 情報管理課和書係 菊澤 紀代子 採用
(旧) 昭和63年3月30日付 小平分館 下平 祐子 辞職
3月31日付 閲覧課長 佐藤 唱司 辞職
4月1日付 整理課総務係 藤原 孝子 配置換 (経済学部)
7月1日付 情報管理課洋書係長 相馬 豊次 配置換 (経済研究所資料係長)
7月10日付 情報管理課和書係 江良 邦子 辞職
10月15日付 小平分館 下平 祐子 辞職
12月31日付 情報管理課書誌係長 砂川 淑子 辞職
昭和64年1月1日付 情報管理課和書係 市原 良勝 転任 (東京大学社会科学研究所)
(表彰) 昭和63年11月23日付 情報サービス課長 浅岡 清明 永年勤続
情報管理課和書係 坂口 芙美子 永年勤続
社会科学古典資料センター 松尾 恵子 永年勤続




平成元年度 図書館暦及び業務予定表

◎は休館

国立本館 新館・旧館・大閲覧室

新館(試験期を除く毎月第4水曜日 13:00閉館)

小平分館

(試験期を除く毎月第2,第4水曜日 13:00閉館)
平成
元年
4
◎ 5日(水)  入学式
  7日(金)  時間外開館開始
◎ 5日(水)  入学式
  6日(木)〜7日(金)  図書館利用オリエンテーション
 13日(木)  時間外開館開始
5    25日(木)  体育大会(水上の部) 17:00閉館
6   ◎10日(土)  小平祭
  (9日(金),12日(月)は準備・後片付の為17:00閉館)
7  中旬  夏季休業長期貸出開始(2冊迄)
 31日(月)  時間外開館終了
 中旬  夏季休業長期貸出開始(5冊迄)
 31日(月)  時間外開館終了
8  14日(月)〜16日(水)  新館図書整備作業の為休館  
9
 25日(月)  時間外開館開始
初旬  蔵書点検(8日間の予定)
 25日(月)  時間外開館開始
10    
11  上旬3日間  一橋祭 17:00閉館  上旬3日間  一橋祭 17:00閉館
 中旬  体育大会(陸上の部) 17:00閉館
12  上旬  冬季休業長期貸出開始(2冊迄)
 22日(金)  時間外開館終了
12月27日(水)〜1月4日(木)  年末年始
 上旬  冬季休業長期貸出開始(5冊迄)
 23日(土)  時間外開館終了
12月27日(水)〜1月4日(木)  年末年始
平成
2年
1
  8日(月)  時間外開館開始
 12日(金)  17:00閉館(大学入試準備のため)
◎13日(土)  大学入試センター試験
  8日(月)  時間外開館開始
 12日(金)  17:00閉館(大学入試準備のため)
◎13日(土)  大学入試センター試験
2  下旬  春季休業長期貸出開始(2冊迄)

◎26日(月)  入学試験(本学第2次)前期日程
 中旬  春季休業長期貸出開始(5冊迄)
 中旬  学年末試験終了日 時間外開館終了
◎26日(月)  入学試験(本学第2次)前期日程
3 ◎14日(水)〜15日(木)  入学試験(本学第2次)後期日程
 20日(火)  時間外開館終了
◎28日(水)  卒業式
◎14日(水)〜15日(木)  入学試験(本学第2次)後期日程

◎28日(水)  卒業式




一橋大学附属図書館報 “鐘” No.20
1989年3月31日 発行
発 行 人
上島順二郎
編集委員
森茜・大橋渉・松尾恵子・田村悦子・本間紀美子・川森静子・鎌田陽子・薄田恭子・金沢幾子・飯島朋子
発 行 所
一橋大学附属図書館