鐘 No.15 (1985.12)


社会科学系外国雑誌センター特集号




社会科学系外国雑誌センターの発足にあたって

附属図書館長 川井 健

  近年の学術情報資料の激増に伴い,全国の多様な研究者の情報の要求に応じうるため,自然科学分野における既存のセンターと同様,社会科学系外国雑誌センターを一橋大学に設けることが望まれていたところ,昭和60年4月1日,ようやくセン夕ーが発足することとなった。 しかし,本学におけるその発足は,決して安産といえるものではなかった。 一方で,本邦未収集の雑誌を人手しうることは,本学にとってプラスではあるが,他方で,全国サービスを伴うこの実務に果して学内の体制が整いうるかどうかに最大の問題があった。 これを引き受ける以上,責任を果しうるという見通しをたてる必要があった。 そのためには従来の附属図書館における既存業務についての見通しが必要であり,さらには将来の本学附属図書館の「長期構想」を考え,その一環として,ある程度この業務の位置づけを考えておくことが要請された。
  既存業務の問題点については,附属図書館内で意見交換を重ね,昭和59年秋以来,学内的な措置を学長に依頼し,未整理の寄贈本の整理の促進などの手当てをはかっていただいた。 もとより今後なお検討すべき問題は多いが,ともかく,附属図書館における既存業務についての対応を一応整備し,昭和59年末,あらためて学長より,センクーの設置の可否が全学的にはかられ,これを発足させるこが決定された。
  昭和60年4月1白からは,社会科学系外国雑誌センター運営委員会が発足し,この運営委員会は,センターに配置する雑誌の選定に関する事項およびセンターの運営上の重要事項を審議することとなった。 一方,文部省学術国際局長からは,昭和60年4月19日付けで,「学術情報システムに関する答申において示された拠点図書館(外国雑誌センター)について」という通知があり,その中では,つぎのように述べられている。
  「昭和55年1月,学術審議会から学術情報システムの在り方について答申がなされましたが,その中で,一次資料に関しては,全国約観点から体系的・網羅的収集整備を図り,それを効果的に全国利用することが必要であるとされています。
  文部省では,この答申の趣旨に基づき全国的見地から分野別の拠点図書館を整備しております。
  つきましては,この一環として,かねてより社会科学系の外国雑誌等の資料を体系的に収集してきた貴大学附属図書館に,この分野の拠点図書館(外国雑誌センター)として,全国の研究者へのサービスを実施していただきたくお願い申し上げます。
  また,貴職におかれましても,拠点図書館の円滑な運営に御配慮下さるようお願いいたします。」
  運営委員会においては,収集雑誌の選定方針として,つぎの5点を承認した。

  1. 社会科学系分野全般を対象とする。
  2. 原則として国内未収集誌を対象とする。
  3. 国際的,言語的に偏重しない。
  4. 学術(論文)雑誌であること。
  5. その他(例えば創刊誌)。
  問題点の1つは,「社会科学系」をどのように考えるかということであったが,それは,自然科学以外で純粋に人文科学に属する分野を除いたものとすることとした。 この方針の下に,商学,経済学,法学,社会学(学部別ではない)および東欧・ソビエト系等の5分野にわたり,運営委員を中心にしてリストを提出していただき,原案を作成した。 最終的には,文部省との協議の結果,雑誌のタイトルからみて社会科学糸ではなく人文科学系であるという理由で採用に至らなかったものがあった。 いうまでもなく社会科学の研究のためには哲学や歴史の研究が密接不可分である。 ただ文部省は,人文科学については,将来別個のセンターを考えている。 一橋大学には,社会科学系という枠での予算が認められたのであるから,純粋の人文科学の雑誌を除くことはやむをえないと思われる。 しかし,もちろん「社会科学系」を広義に解することができ,人文科学系の雑誌のタイトルであっても,内容的にみて社会科学系の雑誌といえるものであれば,これを選定の対象としうるよう最大限努力を払うつもりである。
  センターの発足にあたり,文部省との関係で大学の自主性が貰かれるかどうかが1つの問題点ではあったが,社会科学のタイトルの雑誌に関しては,本学の選定には異論はまったくなく,本学の自主性は尊重されたものと思う。
  人文科学系のほか,計量経済学に関しては数学系の雑誌が必要であるが,すでに自然科学系雑誌センターに配置されている雑誌については,これを除外せざるをえなかった。 上記人文科学系雑誌と同様の努力を払うつもりである。
  問題点の第2は,神戸大学との関係である。 当初は一橋大学だけがセンターとなることが予定されていたところ,昭和59年秋,神戸大学が人文・社会科学系外国雑誌センターとなる可能性があることが分り,その結果,神戸大学との関係において本学の自主性が貫かれるかどうかが問題となった。 本学運営委員会においては,雑誌の収集方針については,両大学センターの自主性を尊重しながら調整を行い,原則として重複をしないようにするという方針をとった。 その後,運営委員会から一任されて,神戸大学附属図書館長大野喜久之助教授および人文社会系図書館長小林哲夫教授と協議を進めた。 本学の自主性を貰くには,もとより神戸大学の自主性をも尊重する必要がある。 双方の大学でそれぞれ自主的にリストを作成し,その重複部分についてだけ,言語的あるいは地域的基準によって合意により分担を決定した。 幸い重複した部分は,予期したほど多くなかったので,調整はスムーズに行われたと思っている。 もとより,調整の結果,本学や先方の研究者にとって思わぬ不便か生ずることはありうる。 ただ,雑誌の所在を双方の大学で明確にし,このことを全国の利用者にも示し,今後利用面でできるだけ不便が生じないように努力するつもりである。
  本学と神戸大学とは,大阪市大を含め,昔から三商大系としてきわめて密接な関係にある。 三大学図書館協議会がもちまわりで毎年開かれ,職員間の意見・情報交換を行っている。 教官どうしの交流のほか,学生の問でも,三商大ゼミ討論会は毎年活発に行われ,スポーツ面での交流も盛んである。 今回の雑誌の選定にあたり,双方の大学の利害が対立し,いままでの友好関係にひびが入るようなことがあってはならないと心がけたのであるが,神戸大学側も,大野館長以下,思いは同じ,というより私以上にこの点を配慮されていた。 この面での責任は果したものと思っている。 今後とも,双方主張すべきことは主張し,協力しあって,社会科学の発展への寄与に協力しなければならないと思う。 なお,神戸大学との協議は,事務的な連絡を密にしつつ,雑誌の選定については,2年おきに見直しをするという合意となっている。 また,神戸大学は,本学と異なり,人文社会科学系外国雑誌センターとなる予定であり,社会科学系のほか,教育と心理学等の雑誌を含めることが文部省の予算の上で示されている。
  以上のようにして発足したセンターを今後より良いものに充実させていくためには,学内外からの批判に謙虚に耳を傾け,改めるべき点は改めることが必要である。 さしあたり本号に示された運営委員の先生方の貴重な御指摘に感謝したい。 もとより拠点校になる以上,単なる全国へのサービス機関というにとどまらず,拠点校にとってプラスとなることが必要である。 拠点校が自主性をもってこそ全国サービスの責任が果せるものと思う。 その意味で貴重な予算の執行に当る本学の責任は重いものと自覚している。
  さらに学内的には職員数が少く,既存業務について検討すべき問題は残されており,センターの業務が既存業務を圧迫しないようにという配慮をしなければならない。 今後とも,学内外からの御意見をいただきながら,運営に当るつもりである。
  最後に,センターが発足した4月から8月までの短い期間,とりわけ例年になく猛暑の続いた夏に,運営委員の先生方に御尽力をいただき,また,新しく発足したセンター担当の雑誌第二係の職員のほか,部長や担当課長が運営委員の先生方と連絡をとりながら懸命にリストを作成し,また他の職員も間接的に支援をしていただいたことに感謝したい。

(かわい たけし 法学部教授)



哲学のある集書方針の確立を

-- 国際的視野をもって --

[アキ]場 準一

  さまざまな経緯を乗せてではあるが,ともかくセンターは発足した。 発足した以上は,研究者にとって利用価値があり且つ利用し易いものとなるようにならねばならないのは言うまでもない。 そのためには名研究者の需要を的確に把握しておくことが肝要となる。 広域の需要に応えるために設計されたシステムであるというならば,その本来受け持つ地域の全研究者の需要に絶えず気くばりをすることが不可欠である。
  このこととも関連するが,恐らく最も大切なのは明確な原理ないしは哲学をもった集書方針の碓立である。 たんに未収誌の収集という形式的なものでは不十分であろう。 実質的に考えてみても,広大な社会科学の全領域を覆うことは財政的にはもちろん他の点でも到底不可能なことである。 その不十分さが各研究者や各専門領域に万遍なく公平にゆきわたるような結果となるのでは,集書方針があるとは言いえない。 むしろ納得のゆく完全欠落のある方がマシである。 特定の分野あるいは主題に関しては世界中で最も完備している。 こう評されるようなものでありたいと考える。 そうでなければ,今後ますます発達し身近で手軽になってゆくであろう通信手段を通じて当該国のセンターに直接以来する方が,より速く・より的確で・より良質の情報が,入手できるということとなって,わがセンターは無用の長物と化してしまうだろう。 要するに,国際的な学術情報のネット・ウァークの展開ぶりをふまえつつ,その国際的な位置づけの中でドノあたりの部分を分担してゆくことを最も期待されているのかをみきわめながら,集書方針の企画,策定をしてゆくことが望まれる。
  かりに当面は本邦未収集のものを集める方針でゆくというならば,特定の地域研究あるいは特定の専門分野からみて,結果的には歯の抜けた櫛のようなコレクションになる恐れがないであろうか。 それでも価値あるセンターと言いうるためには,わが国にある他のあらゆるセンターや図書館などと緊密なネット・ウァークを組み,即時的な資料への接近とその入手が可能なようにしておく要がある。 少くとも情報の所在についての情報については完備したものになっていなければならないと考える。 これはセンターが現物の集荷・貯蔵だけの場所でよいということを超えて,少なくとも集書方針に沿った情報センターでなければならないことを意味している。
  かりに当面は集荷・貯蔵だけで始めるとしても,必ず集めて欲しいものはバック・ナムバーである。 社会科学の研究において,いわゆる遡及的研究の意義は大きく,これを欠いて果して“社会科学”系のセンターといえるのか疑わしい。
  いずれにせよ本学で引き受けた以上は,一番間近かに居る自分達が知恵を出し合い,少なくとも日本の全ての社会科学系研究者の信託を受けている気持をもって,納得のいくセンターに創り上げてゆくよう努力してゆかねばならないであろう。

(あきば じゅんいち 法学部教授)



未知なるものへの期待

高須賀 義博

  「社会科学系外国雑誌センター」 -- 以下センターと略す -- が発足し,我国で未収集の外国語雑誌を本学図書館で系統的に集めることとなった。 今まで我国でどこも購入していなかった雑誌ということになると,経済学の教料書的にいえば限界効用の低いものということになるが,にもかかわらずそこには未知なるがゆえに期待もまた大きい。
  第一に,我国の学問(特に社会科学)は,圧倒的に欧米のそれから大きな影響をうけ,その輸入と消化に大きなエネルギーを費やしてきたといえるが,最近では第三世界の動向とその実体を知ることが不可欠となってきた。 この欠陥を埋める一つの役割をセンターが果すであろう。 中国,東南アジア,中近東,アフリカ,ラテン・アメリカ等の雑誌を精力的かつ系統的に収集してもらいたいものである。
  第二に,近年雑誌の持つ速効牲のある情報価値はますます高くなってきている。 新しいアイディアが発表されるのは雑誌においてであり,それが大きく脹らんで著書となるのはずっと後である。 また新しい学風や学派が形成されるのは機関誌の発行を中心にすることが多い。 「マルクス・ルネッサンス」が高揚していた1960年代後半から70年代前半にかけて欧米では非常に多数の小グループ誌が発行されていた。 大半はタイプ印刷の粗末なものであり,筆者も若い人達であるが,重要なものが含まれている。 これらは今のところ留学中にたまたま人手する以外に方法はないのであるが,何とかこういうものも収集できないものであろうか。
  第三に,われわれはそろそろ図書館は本を収集し,閲覧に供する機関であるというイメージを変える必要がありそうである。 書籍に比して雑誌 -- この名称自体が差別用語である -- の役割が低く扱われている。 書籍については著者別・項目別の分類が作成されるのが普通であるのに,雑誌論文について著者別・項目別に分類する作業は研究者が自分でやることになっており,その作業は極めて大変であり,完璧を期すことが難しい。 現在のセンターにこのようなサービスを期待するのは無理であろうが,将来は図書館が「書籍部」と「雑誌部」を対等の二つの柱とする組織となり,「雑誌部」ではそのようなサービスが出来るようになってもらいたいものである。
  「社会科学系外国雑誌センター」には確かに夢がある。

(たかすか よしひろ 経済研究所教授)



社会科学を「創り出す」センターを

田中 克彦

  「社会科学の殿堂」と呼びならわされる一橋大学の,「殿堂」はたしかにきらびやかにひゞくが,しかしかんじんの「社会科学」の方は,学的そだちの異なる人の耳には,いくぶん貧相に聞えることもあるかもしれない。 それを,より科学に遠い「人文」をそぎ落して,すっきりしたと考える人もいるかもしれない。 「社会科学」にも,そぎ落して行くのもあれば,あれこれと欲深くしょい込んで,ますます身重になって行くのもある。 「社会科学」が,じつは自らの足腰の弱さをかくす煙幕になってしまったのでは「社会」科学ですらなくなってしまうのは明らかだ。
  19世紀末の学問は,こういう問題にたいへん熱中したらしく,私の領域で言うと,老練な言語学者のへルマン・パウルは,その「言語史の原理」(第二版 1886)で,「Kulturwissenschaft (文化学,いいかえれば人文科学)は,常に Gesellschaftswissenschaft (社会科学)である」と述べた。 その理由は,「社会あってはじめて文化が可能になり,まず社会が人間を歴史的存在にする」からである。 このことばが,いかに古めかしく聞えようとも言語学を文法家や文献学のゲットーから解き放って,今日あらしめたのは,このような気がいであった。 社会科学の境界は維持されるべきものではなく,常に破られるものとして存在しなければならない。 そうすることによって,社会的なものと人間的なものとが,科学の中で一致し得るようになるからである。
  今回,センターが収集すべき雑誌として選定したリストのうち,全体として,約15%の項目が文部省によって削られたが,学部別にみて,最も多くを削られたのは33%に達した経済学部であった。 このことは私に嬉しい気持を抱かせた。 何しろひごろ「殿堂の顔」だと言い張っているこの学部が,文部省の抱いている社会科学の概念に最もするどく挑戦する結果になったからである。 また,この学部から提出されて否とされた項目の多くが哲学の領域にあったことが,私のこの喜びを倍加させた。
  発足までにいろいろ問題のあったセンターであったが,委員の一人として,大学が提出した選定リストは,「すでにある,(やせこけた)社会科学」用のではなく,「創られつつある祉会科学」の図面をホすものであったと考えている。 私たちは,このセンターを,単に外から下請け的に引受けさせられたものとしてではなく,絶え間なく自己変革の道を歩む社会科学のこころを,刻々とうつし出すものとして育てたいし,また大多数の人がそう思っていたにちがいない。 つまり,社会科学の保存ではなく,創り出すセンターを私たちは求めているのである.
  この点でセンターは,今回は達せられなかったが,非ヨーロッパの言語による刊行物にも熱いまなざしを注いでいかなければならないのである。 社会科学が躍動する世界をうつし出せるためには,殿堂の一角が空っぽというのでは困るのである。

(たなか かつひこ 社会学部教授)



思いつき一つ

中村 喜和

  外国出張の時期と重なったため大事な時期に職責を充分果たせなかった負い目を感しながらも,このさい希望をひと言だけ述べさせてもらいたい。 自己批判の意味をこめてである。
  4学部とソ連・東欧 -- センターの購入雑誌の選定にあたって,結局はこういう区分がたてられた。 これで問題はないだろうか,というのが反省の眼目である。 ソ連・東欧という柱は不要だ,というのではない。 たとえばソ連の雑誌といっても,つまるところはどこかの学部と関係しているのがほとんどである(例をあげるならば,「自動車産業」「経済学」「人と法律」「科学と生活」といった具合)。 要するに,整理の都合上ソ連・東欧諸国で刊行されているものを一つにまとめたにすぎないのだから。
  わたしの言いたいのは,逆にこれだけの区分では窮屈ではあるまいかということである。 今かりに「一橋論叢」あるいは「一橋研究」のような雑誌が外国で出でいるとすれば,4学部のうちのどこが推せんするのだろうか。 「世界」のタイプのいわゆる総合雑誌を例にとってもよい。 概して社会科学の諸分野にまたがる雑誌はどこの学部が責任をもって選ぶのか。 ソ連・東欧関係もそうだげれども,地域研究を旗じるしにした雑誌には,実はこのような性格のものが意外に多いのである。
  経済分析の論文が社会学的な調査報告と肩を並べ,社会的な集団化が法制史的に論じられるような事態は稀ではない。
  要するに,わが大学こそ商・経・法・社という4学部に分かれているけれども,現実の社会は -- そして社会科学も -- このように截然と4分されているわけではない。 そこで貝体的に一つの提案を行ないたい次第。 現在の5本の柱はそのままのこした上で,もう一つ「総合」とでも呼ぶ区分をもうけたらいかがであろうか。 多少とも「学際」的な色彩をもつもの,内容が諸学部にまたがるものなどをこのジャンルにまとめるのである。 ジャンル円部での優先順位の決定は小委員会にゆだねてもいいし,あっさり館長に一任してもよい。
  とは言っても今の段階に立ちいたっては,もはや購入雑誌は決定し,センターの骨格は固まってしまったのかもしれない。 とすれば,「下種の智恵はあとから」という感は免れないものの,考え方としてはご納得いただけるのではないでしょうか,みなさん。

(なかむら よしかず 社会学部教授)



雑誌選定作業をひとまず終えて

廣本 敏郎

  社会科学系外国雑誌センターなるものが本学附属図書館に設置されたことそれ自体は,社会科学の領域においても雑誌の重要性が急速に高まってきている現状からみて,大いに歓迎されるべきことであろう。 実際,私の専門分野である会計関係の雑誌の創刊年を1900年以降について調べてみると,次のように,1960年代,特に60年代後半以降,その数が急増していることが分かる。

 
創刊誌の数
1900年代 2 
10年代 2 
20年代10 
30年代 8 
40年代14 
50年代13 
創刊誌の数
1960年代22 
(60〜64年  8)
(65〜69年 14)
70年代33 
80年代10 
(1983年版Ulrichによる)

  ただ,当初懸念された問題の1つは,外国雑誌センターが収集の対象とするのは原則として本邦未収集誌であるという点であった。 本邦未収集誌とはこれまで収集からもれている雑誌,つまり“カス”の雑誌というわけである。 しかしながら,雑誌選定作業を進める中で私達が現実に遭遇した問題は,収集に値する雑誌がないということではなく(ここに,この場をお借りして,ご協力を戴いた教官の方々に御礼を申しあげたい),各教官から購入希望のあった雑誌の一部が,「社会科学系外国雑誌センター」の対象外である,社会科学系の枠から外れるという理由で,選定リストから機械的に削除されるということであった。 この問題が今後の調整作業の中でいかに処理されていくにせよ,そのような,単に雑誌タイトルなどからする判断が選定作業に介入してくるというのは,決して好ましくないように思われる。 そのような皮相的な判断が危険である列を,私の専門分野から引いてみよう。 4年程前にアメリカ会計学会の中にABOセクション (Accounting, Behavior and Organizations Section) が設けられたが,そのセクションのニューズレターは,メンバーの研究・教育活動に資するべく,毎回,次のような雑誌に掲載された論文のいくつかを紹介しているのである。 Decision Sciences, Management Science, Journal of Experimental Social Psychology, Journal of Experimental Psychology, Psychological Review, Psychological Bulletin, Acta Psychologica, Journal of Personality and Social Psychology, Organizational Behavior and Human Performance, Journal of Applied Psychology, Cognitive Psychology, Omega, etc。 これらの雑誌の大部分は,従来の常識的な判断では,会計研究には全く無縁のものであったし,実際,専門外の者にはその関連性は理解し難いと思われる。
  創造的活動の大敵は,既存の枠組み,既念への固執である。 過去の枠を打ち破ることは大変なことである。 せめて,そのような努力を妨げる仕掛けは取り除かれるべきではあるまいか。
  センターの実際の利用が始まるのは来年度以降のことであろう。 運営上の問題はこれから出てくるわけであり,今後さまざまな問題を解決しでいかなければならないであろうが,利用し易い,社会科学の研究者の幅広い情報要求に応えられるセンターになることを願っている。

(ひろもと としろう 商学部助教授)



社会科学系外国雑誌センター業務の現状

佐藤 唱司

  社会科学系外国雑誌センター運営委員会規程(運営委員の構成は附属図書館長,各学部から選出きれた者各2名,経済研究所から選出された者1名,小平分館長,社会科学古典資料センターの教官1名,学長指名若干名)の制定と関連諸規程の改正も終り,昭和60年4月3日に第1回の運営委員会が開かれた。 早速審議することは,センターのこれからの運営についてであるが,当面早急にとりくまなければならないことは,収集雑誌の選定である。 そこでまず,収集の対象となる基本方針について審議をおこない,以下のことを決定した。 (1)社会科学系分野の全域を対象とすること。 (2)原則として国内未収集誌を対象とすること。 (3)国際的,言語的に偏重しない。 (4)学術雑誌(政府刊行物,法令,統計表は除く)であること。
  早速,運営委員を中心に教官の協力のもとに第一次雑誌選定の作業に入った。 外国雑誌について調べるツールとして手始めに,ウルリッヒ目録から選定をお願いし,爾後,書店のカタログ,サンプル誌などを順次調べながら選定作業が進められた。 なお,選定にあたって,学内だけでなく広く学外の研究者,研究機関の協力を仰いで,収集雑誌の数と質の充実を計り,広く研究者の研究上の便益を高めたい希望もあったが,今年は時間的な制約もあり実現しなかった。
  また,最終的に収集雑誌の点数を5,000点程度見込まれるので,この段階で単に,昭和60年分ということだけでなく,昭和61年以降分も見越して収集する必要があると思われるものについて,点数にとらわれず選定することとした。
  外国雑誌の購入は前金制がとられているので,今年の初刊号から入手するについては,可能な限り早く発注したいこともあり,また,事務的に集計整理,重複調,神戸大学の選定誌との競合しているものの調整作業等相当事務的作業期間を必要とするので,運営委員には大変な無理をお願いして,選定目標を6月15日とさせてもらった。
  7月に入り収集の候補雑誌として約3,000点が選定され,リストの作成をおこなった。 予算については,昭和60年度総額3,500万円ときいており,一橋大学,神戸大学にそれぞれ配分きれるわけであるが,さし当り一橋大学の購入費2,000万円程度を予想し,さきの第一次選定リストの中から,1点単価2万円(本学購入費の平均)として,1,000点程度のシボリ作業を引き続きお願いし,7月末段階で1,267点が選定された。
  神戸大学もサブセンターとして雑誌の選定をしており,両大学でほゞ同じような選定方法がとられてきているので,当然のこととして競合するものがでてくることは予想されていた。 センター発足当初,両大学で収集の分担として例えば,分野別か言語・国別に収集することの可能性について協議したが,困難な面があり,ともかく独自に選定した上で両大学でリストを交換しながら協議しようということで作業をすすめてきた。
  8月初両大学でそれぞれ選定(本学1,287点,神大1,313点)されたリストの交換,競合調査をおこない,206点が重複した。 この重複分の分担収集についてはいろいろな方法が考えられたが,最終的には,分野の中を国別にわけ,両大学でほヾ同数となるように分担協議を8月中旬に終った。 そして調整減となった点数の追加補充選定をおこない。 本学の最終の選定誌1,306点のリストを8月下旬文部省に提出し,最終的には選定リストから人文科学誌については社会科学系センターであるため除かれたものを現在発注し,入荷を待っている。
  準備期間もさしてなく,発足と同時に少い人員で多い課題を片付けねばならないので,見落し,軌道修正等今後の検討課題は沢山ある。 また,収集誌は全国共同利用の観点から,活用を効果的ならしめるための人的配置の問題と施設面でも,当面の措置は学内努力でできたが,3,4年後の見通しはできていない。 さらに,収集誌希望を学内研究者だけにとどめず,学外から広く受け入れて,その集約方法を考えること。 収集誌の目録作成を含めて,全国に速報的サービスをいかにおこなうかなど多くの問題点があるが,これらの課題は,これから全国共同利用機関としての役割を果してゆく上で,広く学内外からの批判と協力を求めながら,目的を達しなければならないと自覚している。

(閲覧課長)

※社会科学系外国雑誌センター運営委員会委員

川井 健(図書館長), 森田 哲称(商学郎), 廣本 敏郎(同), 西成田 豊(経済学部), 武隈 慎一(同), 上原 行雄(法学部), 石原 全(同), 古賀 正則(社会学部), 田中 克彦(同), 高須賀 義博(経済研究所), 森川 俊夫(分館長), 田中 正司(古典資料センター), 鍋谷 清治(学長指名), 中村 喜和(同)




◆会議

〈学内〉

図書館委員会 第1回〜第4回 (60.4〜60.10)
長期構想委員会における図書館長期構想の問題について
図書館業務改善のための当面の方策についての要望(第二次)について
小平分館図書委員会 第1,2回 (60.7,10)
昭和59年度決算
昭和60年度予算について
社会科学古典資料センター運営委員会 第22回 (60.5)
昭和61年度概算要求について
社会科学系外国雑誌センター運営委員会 第1回〜第6回 (60.4〜60.10)
外国雑誌センターの運営について
昭和61年度概算要求について
外国雑誌の選定について

〈学外〉

昭和60年度国立大学図書館協議会東京地区総会
4月25日 於:東京水産大学
昭和60年度国立大学附属図書館事務部課長会議
5月21日 於:東京医科歯科大学
国立大学附属図書館事務部長会議
6月12日 於:名古屋大学
第32回国立大学図書館協議会総会
6月13・14日 於:名古屋市中小企業振興会館
東京西地区大学図書館相互協力連絡会
昭和60年度第1回加盟館会議 6月27日 於:中央大学
第18回国公私立大学図書館協力委員会
10月3日 於:関西学院大学
昭和60年度国立大学附属図書館事務部長会議
10月17・18日 於:弘前大学
昭和60年度三大学図書館協議会
11月8日 於:神戸大学
東京西地区大学図書館相互協力連絡会
昭和60年度第2回加盟館会議 11月27日 於:杏林大学
「大学図書館の公開に関する調査研究班」委員会
第1回〜第6回(60.7.18〜9.19,10.17,11.19,12.5,12.23) 於:東京大学附属図書館他
第12回大学図書館国際連絡委員会総会
12月16日 於:東京大学総合図書館


◆各種委員異動

図書館委員会
昭和60年4月1日付 森田哲也(商学部),西成田豊(経済学部),上原行雄(法学部),田中克彦(社会学部)
昭和60年8月1日付 内海和雄(法学部),井上義夫(法学部)
創立百年記念募金図書購入委員会
昭和60年4月1日付 森田哲也,西成田豊,上原行雄,田中克彦
昭和60年8月1日付 内海和雄,井上義夫
昭和60年9月14日付 富沢賢治(経済研究所)
小平分館図書委員会
昭和60年8月1日付 内海和雄,井上義夫,古沢ゆう子(経済学部),中里実(法学部),坂内徳明(社会学部)
社会科学古典資料センター運営委員会
昭和60年4月1日付 森田哲弥
社会科学古典資料センター人事委員会
昭和60年4月1日付 塩野谷祐一(経済学部)


◆人事異動

(新) 昭和60年4月1日付 事務部長 井上 克巳 配置換 (筑波大学附属図書館事務部長)
整理課長 関 篤 (閲覧課長)
閲覧課長 佐藤 唱司 (法学部事務長)
整理課総務係長 当麻 喜介 (主計課管財係長)
閲覧課雑誌第一係長 西島 治彦 (閲覧課雑誌係長)
閲覧課雑誌第二係長 山田 幸彦 昇任 (経済研究所附属日本経済統計文献センター)
小平分館 下平 祐子 採用
4月13日付 小平分館 松平 琢磨
7月1日付 社会科学系外国雑誌センター 川森 静子
7月11日付 整理課洋書係 鎌田 陽子 配置換 (整理課和書係)
整理課和書係 江良 邦子 採用
7月22日付 整理課洋書係 笹岡 まり
(旧) 昭和60年3月31日付 整理課長 澤井 文男 退職
小平分館 原田 孝子
4月1日付 事務部長 杉山 裕 配置換 (東京工業大学附属図書館事務部長)
整理課総務係長 石井 松二 (庶務課庶務係長)
小平分館 川端 仁 退職
6月30日付 整理課洋書係 浜口 さよ子 辞職
(表彰) 昭和60年11月23日付 事務部長 井上 克巳 永年勤続
小平分館図書係長 菊池 正




一橋大学附属図書館報 “鐘” No.15
1985年12月25日 発行
編集委員
関篤・及川励一・大島朋子・大橋渉・金沢幾子・砂川淑子・藤原孝子・松尾恵子
発 行 人
井上克巳
発 行 所
一橋大学附属図書館