鐘 No.12 (1983.4)





「読み」

田島 壮幸

  もう大分前になるが,ラジオから流れてくる高名な棋士の話を聞いていると,プロの棋士は一局の碁を打つのに頭の中では何十局もの碁を打つことになる,という趣旨の話があって,大変面白く思ったことがある。 新聞の碁の解説を読んでいると,序盤からすでに様々な打ち方があって,それをどう打つかによってその後の展開が変わり,そこに全く別の一局の碁が形作られてくる,ということがしばしば指摘されている。 プロの棋士ともなると,少なくとも一局の区切り目毎に,次の一手がそれに続いて生み出してくる局面の展開を,何手にもわたって検討し,そうした過程を経て「これだ」と思う一手を下す。 そのような過程の中で,実際には碁盤の上には現われなかった闘いがいく度となく繰り返されて,盤上の一局の碁が進行していく。 そんな事情が,さきの高名な棋士の話の内容であったように記憶している。
  もちろん,全くのざる碁しか打てず,二手先すら読めない私にとっては,そんな話は実感をもって聞ける話では全くない。 しかし,そのようにして作り出されてくる一局の碁は,そのような形成の過程の故に,後からその棋譜をみると様々な読み方ができるのであろうし,また読む人の碁のカに従って,どんな読み方ができるのかということも規定されてくるのであろうと思われ,その点が本を読むということとも思い合せて大変興味深く感ぜられたのである。
  学部の学生の頃,ゼミナールで先生のご指導の下にテキストを読んでいたとき,テキストに書かれてあること,あるいは書かれるべくして書かれていないことに刺激されて,どれほど多くのことが喚び起されうるのかということを眼の当りに示されて,大いに驚嘆したことが強い印象となって残っている。 先生の解説あるいは問題点の指摘が始まると,論理的に整然と関連づけられた知識が次々と示されて止まるところを知らないという感じになることも稀ではなかった。 そのような知識の裏づけによって,そこに何が書かれているのかが明らかにされ,またそこに書かれていることのどこに,なぜ問題があるのかがはっきりと指摘されたのである。 それは,丁度,項段の棋士が他の人の対局譜をみて,盤上に実際には現われなかったけれども対局者が頭の中で描いたであろう闘い,さらには対局者の頭の中でさえ描かれなかった闘いを読み取っていくであろうのと似ているように思われる。
  棋士の場合,一局の棋譜からどれほど多く読み取ることができるかはその人のカであり,そのカは自身で碁を打つ場合にどれほど多くの局面の展開の可能性を検討の対象とすることができるかに通じて,その人の棋力の重要な部分をなすのであろう。 そして,そうしたカが,一方で「定石」と呼ばれるものをはじめとする定型化された部分的な最善の手順を数多く正確に記憶することに依存していることは,間違いないであろう。 しかし,「定石」をはじめとする定型化された手順はあくまで部分的な最善の手順である。 そこで,多くの定型化された手順の中から適切なものを適切なときに選んでいくことができなければ,部分的にはよくても全局的にはおくれをとる結果になりかねない。 そして,そのように定型化された手順を全局に照して適切に選択していくカを養う一つの重要な方法は,他の人の対局譜からできるだけ多くを読み取り,それを意識的な検討の対象にすることであろうと思われる。
  同じように,本を読んで喚び起される整序された知識をどれほど多くもつか,またその知識のどれほど多くが本を読む過程で喚起されるかということは,やはり本を読む人の力であろう。 そして,この場合にも,そのようなカは,一方で,正確な知識を蓄える努力を通じて形成されていくのであろう。 「専門書」と呼ばれる類の書物では,「理論的な知識」あるいは「専門的な知識」が利用されあるいは前提されて論旨が展開されていく。 そこで,それらを正確に知っていることが,本を読む力の一つの源泉となる。
  しかし,同時に他方では,そのようなカは,自分のもっている知識や身につけている経験を喚起することに努めながら本を読むことを通じて培われていく,という面が強いように思われる。 碁の場合に棋譜を読み検討することは,たんにその一局の碁の経過をたどることのみを意味するのではなく,その経過の中で棋譜には現われなかった様々な局面の展開を想定しながら,それとの対比で実際に展開された闘いのあり方を評価し批判することを通じて学んでいくことをも含むのであろう。 それと同様に,本を読む場合には,そこに書かれていることを通じて全体の論旨を把握することに努めると同時にそこに書かれていることに触発されて自分のもっている知識や経験を喚起しながら,それとの対比で書かれていることの価値を測り,それに批判を加え,それを摂取していくことになる。 そうした過程を通じて,すでにもっていた知織や経験に新たな知識が加わって整序され,新たな力が加わることになる。 同時に,このような過程は,書物に書かれていることに大なり小なり自身の知識や経験を加えて,自分なりにそこで論ぜられている主題について考えてみるという構成的な行為をも意味するように思われる。 そして,さきにふれたゼミナールでの先生のご指導は,そのようなことを身をもって示されたものだったのであろう。
  本を読むときに示されるカにただ驚くのみではなく,それを培うような姿勢で本を読んでいくことの重要さを私自身身にしみて感じるようになったのは大分後のことであった。 ますます忙しさが増していくようにみえる現在,そのような姿勢で本を読むことは一層困難になってきているように思われる。 しかし,その中でも,学生時代は本を読むカを養うような姿勢で本を読み,読みを深めることを身につけるのに最も恵まれた時期なのだと思われる。 例えば,卒業論文というものも,そのような姿勢でしかるべき本と取り組み,苦闘した過程の記録として生み出されれば,大変貴重な素晴らしいものとなるのではないであろうか。 卒論の季節がめぐってくると,私は些か後悔の気持を交えて,ふっとそんなことを考えることがある。

(商学部教授)



松本浩一郎記念図書のこと

谷口 晋吉

  学生諸君には殆ど知られていないだろうが,国立本校の図書館には地下書庫がある。 そこは自動昇降機によってのみ地上と連絡しており,利用者はこれに乗って降りて行かねばならない。 といっても,これは貴重書の秘密書庫という訳ではない。 実の所は,地上の書庫が新刊・新着本であふれてしまった為に,利用度の低い書物(多くは旧分類図書)がここに移され集密書架によって保管されているのだ。
  だが,そこにある書物は一顧の価値もないなどと考えてはならない。 ここには,年代物の珍しい書物が数多く収蔵されている。 拙文が図書館の地下に忘れ去られた如くに横たわる一群の洋書にささやかな光をあてられるなら幸である。
  さて,地下書庫入ロのすぐ右手に堅牢な木製書棚に別置された黒表紙の数百冊の大型本がある。 これが,以下に紹介する松本浩一郎記念図書(松本文庫)の中心をなすものである。 今日ではマイクロ・フィルム,写真製版による復刻などの目ざましい発達で,この文庫はかっての独占的地位を失ってきているが,今なおここに集められている原本を手にとり頁を繰りながら遠い異国の歴史を再構成する醍醐味は少しも減じるものではない。 文明の利器の普及していなかったつい十年ほど前までは,松本文庫は我国の南アジア地域の近代史研究の一つの礎石としての役割を果してきたといっても過言ではない。
  そこで,図書館報への執筆を依頼されたことを機に,図書館や学園史編集室の方々の助力を仰ぎながら,常々気にかかっていたこの文庫の由来を調べることにした。 松本浩一郎氏は大阪の出身で,明治三五年高等商業学校本科を卒業し三井物産会社に就職した。 そして,間もなく同社孟買(ボンベイ)支店に派遣されたのである。 いうまでもなく,当時インドは,我国への原綿の主要な供給国であり,三井物産は明治二四年に早くもボンベイに支店を設けていた。 松本氏は明治三九年一一月,綿花の産地直接買付の道を切り拓くべく内陸部ナグプールに出張を命ぜられたが,同地の険悪なる気候と過労により病に倒れ,ナグプール市のメーヨー病院において,明治四〇年一月一九日不帰の客となった。 二九才の若さであった。 当時,ボンベイには本校同窓会支部が置かれ,実に二〇名を超える会員を擁していた。 同年一月二五日,ボンベイ市内コラバの三井物産社宅で同支部による松本氏の追悼会が催され,その席上,「当支部が発起となり,広く同窓会員並びに有志者中より寄附金を募り松本文庫を設立し東京高等商業学校に有益にして印度に関したる書籍を購入し,同校図書館に寄付せんことを満場一致を以て決議」したのである。 この決議に基づき,まず,ボンベイ支部が率先して1,852円(日本人会員26名より867円,インド人有志13名より985円)を集め,更に,日本国内各地はもとより,ロンドン,ニュ−ヨ−ク,香港,京城,シンガポール,アモイ,上海,牛荘などより200余名の寄付が寄せられ,総額3,408円(今日の貨幣価値で7〜900万円と思われる)に達したのである。 同窓会孟買支部総代として松本文庫設立の陰の功労者であった間島與喜氏が後に述懐する如く,これは,「望外多額」の資金であった。
  ここで,松本文庫の募金が大成功を収めた理由を探ってみることにしよう。 まず第一に挙げられるのは,松本氏が勃興期にあった日本資本主義の尖兵として若くして悲劇的死を遂げたことに多くの同窓生や現地インドの人々の胸を打つものかあった,ということであろう。 そして,第二に挙げなくてはならないのは,当時の東京高等商業学枚の在学生,卒業生,教官の多数の間に母校の教育,学問水準をより向上させて,単なる高等商業書記の養成所から東京帝国大学に伍しうる商学・経済学の最高学府へと母校を昇格させたいという願望が芽生えていたことであろう。 この頃の「同窓会会誌」を繙いてみると,卒業生記念図書をはじめとして,多種多様な記念図書が同窓生の寄付により陸続として母校図書館に集まっている。 これは,上記の願望を具体化しようという本校関係者の情熱を抜きにしては語れない現象である。 ちなみに,本校の大学昇格は更に十有余年の迂余曲折を経て大正九年になってはじめて達成された。
  この様な背景の中で誕生した松本文庫は1091冊からなり,前後12回に分けて購入されている。 第一回はボンベイ,第二回は,そして恐らく第三回も,ロンドンで行われたが,その後は,東京,ロンドン,パリ,ミュンヘンなど各地の書店を通じて購入された。 内容を一覧すると,明治四一〜四四年にかけて行われた最初の三回,(719冊,1,905円)はインドに関する書籍であるが,大正二〜三年の八回(372冊,1,504円)は,数タイトルを除くと,全てインドとは無関係の欧米の歴史,経済学などの専門書であり収書の性格か一変している。 この間の事情は間島氏の「故松本浩一郎君記念文庫完成報告」(「同窓会会誌」96号)中の「書籍の購入に努めたるも蒐集意の如くならざりしが輓近に至り母校教授にして図書館主幹たる三浦新七氏進んで本文庫の為に書目選擇の労を自らせられ今回愈同文庫完成報告……に至(れり)」という部分から推察する他はない。
  さて,松本文庫の最初の三回の購入分に関して内容をみると,第一・三回(合計268冊,1,414円)の集書方針はほぼ同様であり,若干の貴重な民族誌,地誌,回顧録,伝記を含むが,概していえば,インドの歴史,地理,風俗,宗教などに関する一般教養書である。 これに付して,第二回購入分は,冒頭で触れた大型本,即ち,英国下院議会文書中のインド関連部分の系統的な収集(231タイトル,451冊)にあてられている。 この部分こそが本文庫の白眉である。 しかも,一驚に値するのは,この素晴しいコレクションが,491円という低価格で人手されていることである。 一体,誰のアイディアでこれが選定されたのかは今日では知るよすがもないが,この部分に関してみれば,当時なお高等商業学校に留まっていた本校の図書館には明らかに質の高すぎる内容である。 この様な収集がなされたことの背後には,将来の大学昇格を見通して最高水準の研究を予期する意図が働いたと推測するのは穿ちすぎであろうか。
  この拙文を終えるにあたって,是非,次の感想を記しておきたい。 即ち,松本文庫が同種の記念図書中で,一際,光彩を放ち得たのは,分量や金額の大きさによってではなく,実際の研究にとって第一級の史・資料たりうる基本文献を大胆に購入した選定者の将来を見渡した慧眼があったからだ,と。

(経済学部助教授)



文献・資料の整理

盛 誠吾

  なにかまとまった論文を執筆しようとする場合に決まって頭を悩ます問題に,文献・資料の整理ということがある。 論文を執筆する際には当然多くの文献や資料を参照し,引用することになるが,いざその段になって必要なものが見当たらず,こんなことなら日頃からきちんと整理しておくのだったと反省するのが常である。
  一度読んだものならば,その著者や題名はもちろん,その詳細な内容まですべで記憶しているという天才なちばいざしらず,私のような凡人にとってそれは初めからできない相談であって,論文を書くたびごとに,断片的でかすかな記憶を頼りに,かって読んだ文献や資料をひっくり返すはめになる。 目ざす文献や該当箇所が見つからず,自宅や研究室をひっかき回し,図書館の中を右往左往しているときの焦燥感や絶望感は,恐らく経験者でないと理解しえないであろう。
  私の専門は労働法だが,直接それにかかわる文献や資料,判例や労働委員会命令はもちろん,それと関連する諸分野の文献・資料も毎年毎年確実に蓄積きれていく。 更にそれに外国のものをも加えれば,その数はまさに天文学的なものとなる。 昔の人は,まだあたるべき文献・資料の数が少なかったからよかったなどと言ってはおられない。 それらのすべてに目を通すことは無理としても,目ぼしいものからでも精力的に読破していかねばならない。 しかしそれとてもその内容をすべて記憶に留めておくことはむずかしい。
  文献・資料の所在や内容について頭を悩ますことの理由は,その絶対量の膨大さもさることながら,最近のコピーの普及とその手軽さにもあるように思われる。 コピーであれば書き込みや付箋も自由にできるし,数ページの雑誌論文のために分厚い合本をいちいち開く必要もない。 利用について種々の制約を伴う図書館の蔵書であっても,必要部分のコピーをとってしまえばあとはこちらの自由である。 しかもコピーには,一度コピーをとって机上に置けば,それだけでそれを読んでしまったかのごとき気分を生ぜしめるという特殊な効用(?)もある。 まあこれは冗談としても,いずれにせよそのようなコピーの手軽さが文献の読みとばしや読み捨てを助長し,いたずらにコピーの山を築くという弊害をもたらしているようだ。 このような状態では,いざ論文を執筆する段になって必要な文献を捜し出そうとしても,既に後の祭りである。
  このような過去の経験に照らして,私もおくればせながら文献および判例カード作りとコピーの整理に本腰を入れ始めた。 文献カードと判例カードはこれまでも気まぐれに作ってみたことはあるが,それを資料そのものの整理とも併せて本格的に行なおうというのである。 しかしいざ着手してみると,その作業のなんと面倒なことか。 カード作りだけでも多大の時間と労力を要し,文献の内容までいちいちカードにしていては,とても文献量の増加に追い付かない。 更にその分類・整理となると,もはや絶望的である。 昨日と今日で分類の基準が違ったりするのだから,もう始末におえない。 だいたい文献カードの作成や分類・整理方法は,学者にとっていわば門外不出の個人的ノウ・ハウだそうで,適当な手引もなく,またそのコツを簡単に先達から教えてもらえるあてもなく,当分は今の試行錯誤の状態を続けることになりそうである。
  ところで,このような文献・資料の整理をめぐる私の悪戦苦闘と似たようなことが,図書館の場合にもあてはまるように思う。 もちろん図書館の場合にはどこでも詳細な分類項目が存在するし,カードの整理も一応はできている。 しかし項目の区分はあくまで形式上,便宜上のものにすぎないし,実際に分類された図書や資料が内容的にそれぞれの項目に合致しているといり保証はない。 一冊の図書が複数の分野にまたがったりそれらの境界上にあるときは,強いていずれかの項目に分類せざるをえない場合もあろう。 だいいち図書の内容自体が分類項目に対応してくれるとは限らないのである。
  一橋大学図書館についても,利用する側の目から見れば,どうも同じことが言えそうである。 私自身の体験に照らしても,当然労働法の項目に分類されるはずの就業規則や労働協約の法律論に関する図書が労使関係論のところに分類されていたし,西ドイツの経営組織法および共同決定法のコンメンタールが労働法,商法,労務管理などの項目にまたがって分類されていた(中には改訂版が別項目に分かれて分類されているものもあった)。 もちろん,いかに図書館学を習得した有能な職員といえども,専門図書の内容にまで立ち入って完璧な分類をすることは至難の業であろう。 しかも現在のように既に大量の図書が分類されてしまっている段階では,改めて再分類することも不可能であろう。 旧分類の保存や,個人名を付した文庫がそれぞれ独自に分類されていることも,それを一層困難なものにしている。 できることといえば,せいぜいこれまでの図書番号にはとらわれない事項別分類目録を作り,たとえ一冊の図書であっても重複をいとわずカードを関連項目に分類することくらいであろうか。 もちろんこのような提案を本気でしたとしても,それではそのカード分類はいったい誰がやるのだという反論か返ってくることは目に見えている。 何か良い知恵はないものだろうか。
  図書目録のことか出たついでに言えば,現在の図書館のあり方についても若干の不満がある。 たとえば,洋書の書名目録がないことは検索にあたっての最大の不便であるし,分類目録のカードが項目別に者者のアルファベット順に並んでいるのは意味がない。 書名目録の新設と,分類目録の番号順の配列(このことは,図書の購入順,従っておおまかな出版年順に対応した配列を意味する)を切に望みたい。
  話がどうも図書館に対する注文じみたものになってしまった。 少ない職員数と過大な業務量の下で奮闘している図書館に対して多くを期待することはいかにも心苦しいことではあるが,図書館が単なる図書の貯蔵庫ではなく,真に活用される図書館であるためにも,今後とも着実な改善を進めてもらいたいものである。

(法学部講師)



図書館利用の手びき



小平分館

  入学おめでとう。これから,新入生の皆さんに,小平の図書館を紹介しましょう。
  皆さんの手許にある「図書館利用案内」を併読して,より適切な図書館の利用方法を考えだして下さい。 以下順を追って説明します。

  以上でおわりますが,不明な点がありましたら,その都度係員に相談して下さい。必ずより適切な方法がみつかることでしょう。



図書館本館 (国立)

●開架式と閉架式

  国立の本館は,新館と旧館とに分かれています。 新館は開架式ですから,利用証あるいは学生証を呈示して入館すれば,小平分館のためには,旧館カウンターで利用証を作ります。 学生証と写真一枚あればすぐできます。前期過程のときに既に作った人はそのまま使えます。
  新館には, a)学習用図書   b)参考図書・判例集   c)新着雑誌   d)製本済和雑誌 があります。 このうちaは3冊迄2週間貸出できます。 b c dは午後8時迄,館内閲覧あるいは当日貸出ができます。
  新館には,雑誌を除くと約3万冊の図書しかありませんから,約80万冊の図書館の蔵書の大部分が旧館の書庫にあります。 旧館は閉架式ですから,小平分館に較べると利用しづらいかも知れませんが,閉架式の利用方法を早く身につけて図書館を活用して下さい。

●カード目録

  新館にあるもの以外の資料をみたいときは,まずカード目録で欲しい資料を探します。 目録は,和書,中国・韓国書,洋書の別に,それぞれ著者名目録,書名目録,分類目録があります。 但し,洋書の書名目録はありません。 目録のひき方(検索)は,小平分館と同じです。 ただし蔵書数に比例して,目録カードも厖大な量であり,それだけ目録の検索も大変です。 日頃から,目録カードに慣れて下さい。 わからないことは,カウンターの係員に気軽に聞いて下さい。

●資料の請求

  目録をひいて,みたい本がみつかったら,「図書閲覧貸出票」に書名や請求記号等を記入して,カウンターの係員に提出します。
  書庫には80万冊近くの蔵書があり,請求記号が資料のおいてある場所を示す唯一の手がかりですから,正確にはっきりと書いて下さい。
  目録カードの左上にあるものが請求記号ですが,アルファベットの記号の上にある,接架室,別,大学院,Murase,等々の文字も資料の場所を示すものですから必ず記入して下さい。
  また図書には,全集や双書のように同じ請求記号で何冊もあるものがありますので,書名のつぎに巻数を必ず書いて下さい。

●雑誌論文

  講義で紹介されたり,テキストの参照に出ている雑誌の中の論文や記事は,カード目録をひいても探せません。 雑誌そのものを請求することになります。
  和雑誌の大部分は,新館にありますが,それ以外のものと,製本済の洋雑誌は旧館カウンターで請求します。
  雑誌の請求には,巻号数と発行年月が不可欠です。 正確な巻数,号数,発行年,発行月が書いてあれば,必要とする論文が,早く確実に手に入ります。

●予約

  資料の請求をしても,その資料が既に貸し出されている場合があります。 利用者の氏名は告げられませんが,貸出期限内かどうか,催促できるかどうかわかりますので,その資料をみたい場合は予約ができます。

●購入希望図書

  講義で紹介された図書や,研究上必要な資料が,まだ図書館に受入れられていないこ とがあります。 手に入るまで少し日数がかかっても,ぜひ必要な資料であれば,購入希望図書用紙に書いて箱に入れて下さい。 急ぐ場合は,和書係,洋書係(旧館1階)で相談して下さい。

●参考質問

  どんな小さな質問でもかまいませんから,カウンターの係員に尋ねて下さい。 カウンターがとても混んでいるときや,時間をかけて調査しなければならないような事項は,1階の参考室に専門の係員がいますので,そちらに問合せて下さい。

●その他

  旧館と新館とに分かれていて,利用しにくいところもありますが,開架式の新館だけでなく,閉架式の旧館も使いこなして下さい。 学期末になって試験のレポートのためにだけ,図書館を利用するのではなく,普段から慣れ親しんで下さい。

(閲覧係)


社会科学古典資料センター

  古典資料センターは,図書館とは中庭を間にしてその南側にあります。
  ここには,メンガー文庫,ギールケ文庫,左右田文庫,フランクリン文庫,そして「一般貴重書」(原則として1850年以前に出版された図書を一橋では貴重書としている),合わせておよそ6万冊(いずれも洋書)が所蔵されています。 それぞれの文庫は,そのひとつひとつをとってみても価値あるものですが,これらを全部合わせた一橋大学の社会科学の古典資料は,質,量ともに世界有数のものです。 この中には,アダム・スミス「国富論」,マルサス「人口論」からマルクス「資本論」など経済学関係をはじめとして,ホッブス「リヴァイアサン」,ルソー「人間不平等起原論」その他社会思想,法制史等々,社会科学全般にわたる古典の名著の初版も数多く見出すことができます。 またフランクリン文庫にある,パーチメント(羊皮紙)やベラム(仔牛皮)を使用した写本や,インキュナブラ(印刷術が発明された15世紀に出版された図書)は,日本では稀少で,書誌学的にみても興味深い資料です。
  なお,センターの蔵書内容と関連の深い資料としてロンドン大学のゴールドスミス文庫とハーヴァード大学のクレス文庫のマイクロフィルム版,Goldsmiths'-Kress Library of Economic Literature も継続購入中です。

●開館時間

  午前9時〜12時,午後1時〜4時30分 (12時〜1時は閉館)。
  土曜日は午前中のみ。

●目録

  センターに所蔵されている図書とマイクロフィルムの目録はセンター内のカード目録のほか図書館本館2階の「洋書著者名目録」にもくりこまれています。 また特殊文庫については,それぞれに冊子目録があります。 「一般貴重書」の通常の増加分は「センター年報」の「新着図書リスト」をごらん下さい。

●閲覧

  センターの図書を閲覧する場合,はじめての方は所定の「閲覧票」に必要事項を記入 して提出して下さい。
  学外の方が利用する場合は,所蔵する大学の図書館長の紹介状,所属する機関の長の紹介状,国立大学図書館間共通閲覧証,本学教職員の紹介,のうちいずれかが必要です。
  閲覧したい図書は,「図書請求票」に記入し,職員に提出して下さい。 書庫は閉架式で出納は職員が行います。
  館外貸出はしていません。 一階の閲覧コーナーで閲覧して下さい。 ただし,出版年が1900年以降の図書については,学内者に限り本の状態をみた上で,当日貸出をしています。

●文献複写

  センター所蔵図書の複写にはマイクロフィルム,ゼロックス,マイクルフィルムからのプリント(リーダープリンター使用)の三つの方法があります。 いずれも職員が行います。 複写のための館外持出はできません。
  1850年以前に出版された図書の複写はマイクロフィルムのみ。
  製本状態が悪く(紙がボロボロ崩れてきたり,とじが切れているような場合,また本が開かない場合など)複写に耐えられないと職員が判断した時は,お断りしていますので御了承下さい。

●ゴールドスミス=クレス・マイクロフィルムの利用

  閲覧は,センター内,あるいは図書館一階参考室にあるマイクロリーダーを使用してく下さい。
  学内者には2週間の貸出をしています。 プリントも受け付ています。 (文献複写の項参照)




■会議

◇三大学図書館協議会
昭和57年10月19日 於:神戸大学。
◇図書館委員会
昭和57年10月29日
昭和58年度新規購入希望雑誌の選定について他。
◇第10回国公私立大学図書館協力委員会
昭和57年11月19日 於:立命館大学
運営要項(案)について他。
◇図書館委員会
昭和58年1月12日
書架増築に伴う排架計画について他。
◇第1回学術情報システム懇談会
昭和58年1月19日
学術情報システム懇談会の設置並びに委員の委嘱について。
◇昭和57年度国立大学付属図書館事務部長会議
昭和58年1月26,27日 於:神戸大学
当面する大学図書館の諸問題についての検討。
◇図書館委員会・古典資料センター運営委員会合同会議
昭和58年2月2日
古典資料センターの校費予算配分上の位置づけについて他。
◇第2回学術情報システム懇談会
昭和58年2月23日
第1回会議以後の経過報告他。
◇図書館委員会
昭和58年2月23日
昭和57年度追加予算の配分について。
◇第15回社会科学古典資料運営委員会
昭和58年3月16日
古典資料センターの校費予算配分上の位置づけについて。


■委員異動

◇創立百年記念募金図書購入委員会委員
堀内明義(経済研究所) 再任 9月14日付。



一橋大学附属図書館報 “鐘” No.12
1983年3月31日 発行
編集委員
石田清一・市原良勝・及川励一・大橋渉・川津朋子・砂川淑子・別府節子・松尾恵子
発 行 人
杉山裕
発 行 所
一橋大学附属図書館