鐘 No.5 (1980.9)





就任の御挨拶

松坂 和夫

  この7月から梅谷先生の後を継いで分館長を勤めることになりました。正直なところ,少々気が重い感じがします。 このように長と名のつく職務にたずさわる資格も能力も,私にはないからです。 その点 -- というと失礼な言い方になりますが,梅谷前分館長はまことにそうした職にふさわしい方で,学識の広さはむろんのこと,諸般のことがらに精通され,万事に抜群の器量をおもちの方でありました。 こういう方の後任にすわるのはそれだけでも気の重いことです。 まして私は博識多才などとはまったく縁のない人間で,また,どんなにひいき目に自己採点をしてみても,前分館長の具備しておられた企画力,調整力,実行カなど,私には百分の一ほども備わっておりません。 その上私は学内の諸事情にうとく,図書館内部のことにも一向に不案内です。 適性からいうと不適格なところばかりで,むしろ不適格者の見本のようなものでありましょう。 このようなわけなので,5月ごろ高橋前分校主事から次期分館長に推薦するというお話を承ったときにも,極力御辞退したのですが,あまりわがままもいえませんし,明白な意思表示をついつい怠っているうちに,時の勢いでこういうことになってしまいました。
  -- と,こんな具合に書くと,御推薦下さった高橋先生にはたいへん申しわけないのですが,今日でもなお,私は私などに分館長のような職が勤まるのか,はなはだ心もとなく思っているのです。
  もっとも考えてみれば,私も本学に来てからもう10年になります。 それなのに本学の図書館のことに無知であるというのは,怠慢の極みといわれるかも知れません。 実際そういわれても一言もないような気がしますが,少し言い訳めいたことを述べますと,私は比較的高年令になってから本学に来ましたので,最初から何かと雑用をしなけれぼならないようになり,図書館にゆったりと通うというような余裕のある期間をほとんどもつことができませんでした。 また,本学に来る以前は研究室と図書室とが密着した環境にいましたので,本学の特徴である中央図書館制になかなかなじまなかったのも事実ですし,本学の性格と数学の教官という自分の立場とを顧慮する結果,いろいろな面で必要以上に自己規制をしてしまった,ということもあるように思います。 そんなわけでおのずから図書館とは疎遠になっていたのですが,畢竟は私の怠惰に帰することでありましょう。 今回こうした任務を与えられたのを機会に,今までのことを反省し,できるかどうかは分かりませんが,遅ればせながら自己改革もこころみていきたいと考えております。
  今,私はこの原稿を,夏休みも半ばにさしかかった時点で書いています。 8月のはじめに,事務主任の稲葉さんから館報に何か書くようにという連絡を受けたからです。 編集の方々の趣旨では,要するに新任者として一言挨拶を,できれば抱負のようなものを語れ,ということであるようです。 しかし,就任(という言葉を使うのも大げさですが)以来まだ正味1ケ月にしかなりませんし,上に言ったように図書館についての諸般の事情をわきまえておりませんので,特に申し上げることもありません。 抱負などと言われると困るのですが,前分館長の梅谷先生をはじめ歴代の分館長のお力によってきちんとしたレールがすでにひかれていることですし,基本的には私はただそのレールに従っていけばよいのであろうと思っています。 しかし,何分にも不敏の者ですから,分館の事務の方々をはじめ,関係各位にいろいろお助けいただかなければならないでありましょう。 どうかよろしくお願いいたします。

(小平分館長)



燈台もと暗し

梅谷 文夫

  古事記伝の刊年については,第一帙(巻一〜五)が寛政二年(1790),第二帙(巻六〜十一)が寛政四年(1792),第三帙(巻十二〜十七)が寛政九年(1797),残りの5帙,巻十八から巻四十四までは,宣長の死後,養嗣子大平らの努力によって,文政五年(1822)に一挙に刊行されたとするのが通説である。
  架蔵の初版本は,右に該当する初印本ではなく,文政五年全巻の板刻が完成した後に,三大考共45冊を一揃い8帙として製本した後印本であるが,これには,各帙の最後の巻の巻尾に,版元永楽屋東四郎の尾張書肆東壁堂製本目録一葉が綴じこまれている。 また,巻四十四の後表紙見返しには,文政五年壬午春刻全備として,発行書肆前川六左衛・松村九兵衛・今井喜兵衛・長谷川孫助と版元片野東四郎の5名の名を連記した奥付が刷りこまれている。 綴じこまれた製本目録は2種類で,第二,第七の両帙に綴じこまれたものには,古事記伝のほか,神代正語・活語活用格・神壽後釈・古今遠鏡・源氏手枕・天祖都城辨々・玉くしけ・御遷行長歌・玉勝間初篇・ニ篇・万葉集略解・しみのすみか物語・俳諧歳時記・地名字音転用例・歴朝詔詞解・玉小櫛・まがのひれ・葛花・和歌古今選・遷官物語・大須本将門記・大須本和名抄の22タイトルが列記してある。 その他の帙に綴じこまれたものには,右の22タイトルから,活語活用格・和歌古今選・大須本将門記の三つを省き,古事記伝目録・年々随筆・江戸職人歌合・臣連二造考・冠位通考・宰相通考・尾張の家つと・玉勝間四篇・五篇・美濃の家つと・折添・参考熱田大神縁起を追加して,計29タイトルが列記してある(玉勝間三篇は京都の林宗兵衛が版元となったので,これには記載されていない)。
  ところで,この製本目録には気になる点が一つある。 それは,第二,第七の両帙に綴じこまれたもので,古事記伝各帙の記載のしかたが他の帙に綴じこまれたものとは異なり,第四帙までは,玉勝間初篇・二篇の場合と同じく,1帙に1行をあてているのに,第五帙からあとは,1行を上下2段に分けて,計2行に4帙を記載していることである。 第四帙までと第五帙からあととを区別したこの記載のしかたは,常識的には,前者が既刻分,後者が未刻分であることを表しているということになるのであろうが,そうだとすれば,第四帙から第八帙までの27冊が文政五年に一挙に刊行されたとする通説は,一部訂正しなければならなくなる。
  記載された書名から推察するに,この製本目録は文化の初め頃のものである。 ただ,この種の目録には,近刻予定のものを既刻のものと同じに扱った例があり,時には,広告だけで,実際には刊行されなかった例もある。 現に,この目録にも,未刊に終った和歌古今選が記載されている(江戸の英平吉郎が文化五年に刊行した村田並樹編の古今選のことではあるまい)。 第四帙の刊年を確定するような証拠の発見は困難であるとしても,せめて,もう少し有力な傍証が得られないか,本気で取り組んだとはとても言えないが,それとなく心がけてはいたのである。
  ところが,昨年,植松茂氏によって,この問題は九分通り解決されてしまったのである。 植松氏は,古事記伝の板木を彫刻し,板下の浄書も担当した名古屋の板木師植松忠兵衛有信の後裔で,先祖の事蹟を顕彰するために,大著「植松有信」(愛知県郷土資料刊行会 昭和五十四年四月)を著されたのであるが,その中で,古事記伝目録(文化五年刊)に付した本居春庭の古事記伝注釈目録凡例(文化三年成る)に,「二十四の巻より四十四の巻までいまだ写本の分」とあること,また,文化元年七月発信と推定される春庭宛の有信の請求書,「いの十月十六日一,百拾弐匁五分 古事記伝四帙目三部」とあることを指摘されて,第四帙が享和三年(癸亥1803)十月以前の刊行であることを明らかにされているのである。
  さらに植松氏は,小田郁子の藤垣内翁略年譜(天保十年序成る)に,文化十年(1813)三月古事記伝第五帙(巻二十四〜二十九)を,文化十四年(1817)五月 第六帙(巻三十〜三十四)を,文政三年(1820)二月 第七帙(東壁堂製本目録では巻三十五〜四十,架蔵本は巻三十九まで)を,そして文政五年八月に第八帙(同じく巻四十一〜四十四,架蔵本は巻四十から)を紀伊藩主に献上した旨,記録していることを指摘されて,第五,第六,第七の3帙の刊年についても,通説が誤っていたことを明らかにされているのである。
  新資料の有信の請求書はともかく,古事記伝注釈目録凡例や藤垣内翁略年譜は,戦前の増補本居宣長全集にも収録されている言わば手垢にまみれた資料である。 そのような手近の資料を見落していたのであるから,全く恥かしい迂闊さであった。 手近の資料を,手近であるということで軽んじた報いであろう。

(社会学部教授)



ベルンシュタイン=スヴァーリン文庫 (1)

細谷 新治

  一橋大学の附属図書館は『鐘』と名づけられている。 わたしは1934年東京商科大学予科に入学,1937年から'40年まで国立のキャンパスで学んだが,そのころ授業のはじめと終りの合図は,守衛さんの鳴らす鐘の音であった。 ちょうど白票書件の解決したあとで,大学の授業は活気に満ちていた。 三浦新七先生の文明史,杉本栄一先生のはじめての経済原論,高島善哉先生の経済学史特殊講義,恩師高橋泰蔵先生の景気変動論などの講義を鐘の響きとともにきいたことがなつかしく思いだされる。 鐘はいまでも鳴っているが,それはわたしたちのきいた鐘ではない。 2代目の鐘をテープにとったものであり,昔のように澄んだ,ゆったりした音でないのはたいへん残念である。 それはそれとして,わたしは『鐘』という誌名が,わが大学の学問と教育の理想を象徴するような気がして,たいへん気にいっている。
  ところで今回,一橋大学百周年記念募金の一部で附属図書館が購入した,ベルンシュタイン=スヴァーリン文庫(以下,「文庫」と略称)のなかに,わが館報と同誌名の『鐘』(ロシア語では“コーロコル”。 いかにも鐘の音を思わせる美しいひびきをもっている)という雑誌のバック・ナンバーがある。 この『鐘』は,19世紀ロシアの代表的思想家ゲルツェンが,友人オガリョーフとともに亡命地ロンドンで1857年に創刊したした雑誌である。 誌名は,ハンザ同盟の支配下にあった北方ロシアの大産業都市ノヴゴロドの人民集会(ヴェーチェ)の召集の鐘からとられた。 この鐘は,イワン雷帝がノヴゴロドを占領したときに戦利品としてモスコーに持ち去られ,そののちは鳴ることがなかった。 19世紀のはじめ,デカブリストのルイレーエフが,ロシアの民衆のなかに眠っている古代民主制の伝統はこの鐘を鳴らせば目覚めるだろうと訴えている。 ゲルツェンは,「二人だけでヴェーチェの鐘を鳴らすのだ。 だれかがそれに答えるだろう」とオガリョーフに語って,この雑誌に『鐘』という名をつけたのであった。 『鐘』は,1867年に廃刊されるまで10年間にわたってロシア農民の解放の鐘を鳴らしつづけ,19世紀ロシアにおけるもっとも重要な革命的雑誌のひとつとなった。 この『鐘』の,1865年までに発行されたほとんど完全なオリジナル・セット(No.1〜196)が今度入った「文庫」には揃っている。
  またこの「文庫」には,『鐘』の影響のもとに育ったロシアの革命的思想家(ナロードニキやエス・エル)の著作やパンフレット,レーニンの30点以上の初版本を含む著作,プレハーノフ,トロツキー,ブハーリンらのロシア・マルキストの諸著作,クロポトキン,バクーニンらのアナーキストの諸著作,レーニンの発行した「火花」,「前進」,「プロレタリア」の完全オリジナル・セットをはじめとする革命諸政党の新聞・雑誌・党大会議事録・宣言・文集などが実によく集められている。
  よく知られているように,帝政ロシアの検閲制度は極めてきびしく,革命諸党派の出版物は,秘密出版によるか,国外で出版してロシアに持ちこまれた。 またロシア革命成立後は,ボリシェヴィキ政権によって排除された左右の革命家は,粛清されるか,亡命しなければならなかった。 その結果,彼ら革命諸派がロシア国内や亡命地で刊行した著作・新聞・雑誌を系統的に収集することは現在ほとんど不可能である。 またソヴェート連邦や欧米の図書館・文書館でこれを見ることもそう簡単にはできない。 そこで,19世紀半ばから20世紀はじめまでに刊行された,ロシア革命を中心としたロシアの解放思想史・革命思想史・社会運動史・革命史の原史料と研究書がこれだけ系統的に揃っているこの「文庫」は,国際的にみても第一級のロシア革命史コレクションといってよいだろう。 以下,この「文庫」の収集の由来と,その内容の大要を紹介しよう。
  この「文庫」は一人の収集者によって集められたものではない。 二人のロシア出身の革命家(のちジャーナリスト),ベルンシュタイン(Leon Bernstein, 1877〜1970)と,スヴァーリン(Boris Souvarine, 1895〜 )が別々に収集したコレクションを,オランダの古書籍店,デッカー書店が購入してひとつのコレクションに合成し,さらに同社が両コレクションに欠けている史料を若干補充したものである。 収集者のひとりであるレオン・ベルンシュタインは,ヴィルノに生まれ,若くして「ブンド」(ユダヤ人労働者社会党)創立メンバーのひとりとなり,1898年にミンスクで開かれた第一回ロシア社会民主党大会に「ブンド」を代表して参加した最年少の出席者である。 そののち政府に逮捕されたが,ロシアを脱出してジュネーヴのロシア社会民主労働党の印刷所で植字工として働き,スイスを追放されてからパリに移り,いくつかのロシア系の革命出版社で働いた。 そのころからフランスの新聞にロシア革命に関する論文を寄稿してジャーナリストとしての活躍をはじめた。 十月革命直前には,ロシアの新聞のフランス通信員をつとめ,ロシア戯曲作家作曲家協会の代表でもあり(1911〜'18),またマルクス・エンゲルス研究所長リャザーノフの親友であったため,同所のフランス通信員にもなった。 十月革命後はボリシェヴィキ政権に反対して政治活動から手を引き, 『民族マルクス主義と民族ボルシェヴィズム, 1927』 ほか,いくつかの著作を執筆する傍ら,アムステルダムの国際社会史研究所の通信員となり,資料収集に協力した。
  このようにして彼は次第に古書籍の収集に興味をもち,ついにそれを職業とするようになったようである。 先年,専修大学が入手した,フランス革命の世界的コレクションである「ミシェル・ベルンシュタイン文庫」の収集者,ミシェルはレオンの息子であり,このフランス革命コレクションは,父子二代の共同作業といってもよいであろう。
  ボリス・スヴァーリンは,キエフにかざり職人の子として生まれ,1歳のとき父とともにフランスに移住した。 第一次大戦に召集され,除隊ののち社会主義系新聞のジャーナリストとなり,ついで1919年にレーニンによって創始された第三インターナショナル(コミンテルン)の書記となった。 1920年から'21年までフランス政府に逮捕されていたが,獄中でも革命活動をつづけた。 1920年12月,トゥールで開かれた第十八回フランス社会党大会が第三インターに加盟を決定し,その結果フランス社会党が分裂してあらたにフランス共産党が創立されたのは獄中からのスヴァーリンの指導によるところが大きかった。 釈放後,彼は1921年モスコーで開かれた第三回コミンテルン大会にフランス共産党代表として参加している。 そののち1924年まで第三インターのフランス代表委員としてモスコーに留まった。 1924年,レーニンが死亡,ロシア共産党はトロツキーとも決裂し,やがて政治活動から退き著作に専念するようになった。 1935年に 『スターリン -- ボリシェヴィズムの歴史的概観』 を刊行,スターリニズムに反対した。 そののちも『フィガロ』紙など多くの新聞や雑誌に寄稿している。 第二次大戦中はアメリカに逃れ,宗教史の研究をはじめたようであるが,大戦終了ののち1947年に帰国,“Est-Ouest”その他の雑誌を創刊,ジャーナリズム活動をつづけた。
  彼の長い政治活動,ジャーナリズム活動の間に集められた貴重なロシア革命史コレクションは,残念ながら現在数ケ所に分散してしまった。 ひとつはデッカー書店の手を経て北海道大学附属図書館に「ボリス・スヴァーリン文庫」として所蔵されている。 その残りの部分が,今回わが図書館に入ったコレクションである。 また手稿類は,アムステルダムの「国際社会史研究所」に譲られたらしい。 またスイスへも売却されたようであるが,これらの詳細はいまのところ不明である。

(つづく)

(社会科学古典資料センター教授)



新館開館に伴う利用方法の変更について

玄関   9月1日に新館が開館いたしました。 旧館を含めて図書館の利用方法が一部変わりましたので,ご案内いたします。
  新館は各階ともオープン・アクセス方式をとり,1階新館雑誌,2階開架図書,3階和雑誌(ZB〜ZH,ZK〜ZO,及びZAの一部)を排架してあります。 それ以外の図書,洋雑誌,和雑誌(ZA,ZI,ZP,ZR,ZS)は書庫に収蔵されていますので,利用者は館内掲示の排架区分にしたがって旧館,新館を使い分けてください。

〈入館・入庫〉

  新館から入館する場合,学部生は「図書館利用証」を係員に提示してください。 院生には「利用証」と引き替えに「入庫バッジ」を渡しますので,館内では着用してください。 貴重品は身につけ,カバン・コート類は玄関内ボックスに置いて入館してください。 ロッカーの使用を希望する人にはカウンターで鍵を貸します。 館内への持ち込み図書は係員に示し,1冊ごとに「図書持ち込み票」を挿入してください。 院生,教官は新館と書庫間の通行ができますが退館は入館したカウンターからお願いします。

〈貸出規則と手続き〉

◇受付区分◇

  貸出・返却等を受付けるカウンターは新館,旧館にあり,それぞれ「新館カウンター」,「旧館カウンター」と呼びます。 双方のカウンターで貸出・返却等のサービスをいたしますが,新館カウンターで借りた本を旧館カウンターに返してもよいという訳にはゆきません。 また書庫に収蔵されている図書を新館カウンターで請求されても,出納はできません。
  図書館では図書の排架場所により,貸出・返却を受付るカウンターを分けました。 原則は新館に排架した図書は新館カウンターで,それ以外の書庫に所蔵されている図書は旧館カウンターで受付ると覚えてください。 例外として院生,教官の雑誌の館外貸出はファイルを旧館カウンターで一括しますので,新館3階のものもそちらで手続きをしてください。

◇雑誌の利用◇

  新刊雑誌については各利用者とも当日利用を守ってください。 コピー等で館外に持ち出すときは当日貸出の手続きをしてください。 なお,今回和雑誌の貸出は当日のみとなります。 (洋雑誌は1週間館外貸出可)

◇書架への返本◇

  館内で自由閲覧した図書は各自で正しく書架に戻してください。 当日貸出したものも返本にご協力をお願いします。

カウンター

◇学部卒論の出納◇

  書庫内編成換えにより卒論は一部仮書庫に収蔵されました。 従来のように請求の都度即時出納はできません。 午前中に受付けたものは午後1時から,午後受付けたものは翌日の午前9時に旧館カウンターに出しておきます。

〈開館・閉室時間〉

  次表のようになります。 昼休みは旧館カウンターでの図書の出納だけは休止しますが,その他ほサービスは行っています。 なお新館については毎月第4水曜日の午後1時から閉館し,館内の排架調整,清掃を行います。

(閲覧係)


開室・閉室時間
授業期休業期
月〜金月〜金
新館カウンター 9:30〜20:009:30〜17:00 9:30〜17:009:30〜12:00
旧館カウンター 9:00〜17:009:00〜12:00 9:00〜17:009:00〜12:00
大 閲 覧 室 8:30〜18:308:30〜17:00 8:30〜17:008:30〜12:00


新館平面図




雑誌の利用について

  旧接架室内にあった新着雑誌が新館の1階へ移転し,また製本済み和雑誌の大部分が新館3階に排架されましたので,ここで雑誌の利用のしかたについて簡単にご紹介したいと思います。

〈新着雑誌コーナー〉

  図書館に到着した雑誌は雑誌係の部屋で必要なことがらをチェックしたのち,すぐに新館1階の新着雑誌コーナーにならべられます。 (上記の新館平面図1F参照)
  雑誌のならべ方は図にある通り,入口から向かって左側に洋雑誌,なかほどにロシア文雑誌・中国文雑誌・大型雑誌,右側に和雑誌があり,それぞれ誌名のアルファベット順にならんでいます。 なお和雑誌はヘボン式ローマ字表記法で,中国文雑誌は誌名を音読したものをヘボン式にローマナイズした順に,またロシア文雑誌はロシア語のアルファベット順にならんでいます。
  このコーナーには製本・受入をするまでのおおよそ1年間分の新着雑誌が置いてあります。

〈新聞コーナー〉

  新着雑誌のとなりに新聞が置いてあります。 国内の新聞は主要5紙の縮刷版が最近5年分と日刊工業新聞(縮刷版),一橋新聞等の最近のものが,また外国の新聞は欧米の主要6紙が当年分,中国新聞6紙が最近1か月分位,その他に日本とフランスの官報が置いてあります。 なお国内新聞の当日分は従来通り目録室手前の休憩室で読めるようになっています。

〈本学刊行雑誌〉

  本学刊行雑誌のうち次のものが新館1階の中央通路わきに置いてあります。
  一橋論叢, 商学研究, 経済学研究, 法学研究, 社会学研究, 人文科学研究, 自然科学研究, Hitotsubashi Journal of Commerce & Management, -- Economics, -- Law & Politics, -- Social Studies, -- Arts & Sciences, 経済研究, ビジネスレビュー, 言語文化。 なおこれらはいずれも製本済みバックナンバーの複本(同じもの)が書庫内にあります。

〈和雑誌フロアー〉

  新館3階が製本済み和雑誌のフロアーとなっており,和雑誌の大部分が分類順にならんでいます。 (5頁の新館利用法を参照) ZAは次の9誌だけがここにあります。
  ZA57 : 中央公論, ZA59 : 文藝春秋, ZA92 : 世界, ZA100 : 展望, ZA138 : 受験新報, ZA171 : 現代の眼, ZA173 : 朝日ジャーナル, ZA191 : 公害研究, ZA203 : 社会科学の方法。
  その他雑誌の貸出方法等については,「新館開館に伴う利用方法の変更について」を参照して下さい。

〈他館等の所蔵目録〉

  見たい雑誌が国立本館にないとき,どこにあるか探す必要があります。 その場合は,次の目録があります。 ただしこれらは紙面の都合上ごく一部のものに限りました。

◇小平分館◇
国立本館目録室カード目録,または一橋大学附属図書館和文雑誌新聞目録(昭和53年2月末現在),ならびに「同・欧文逐次刊行物目録(昭和53年3月現在)」。 なおこれらの目録は国立本館の雑誌を検索する場合にも活用して下ださい 。
◇経済研究所◇
「経済研究所雑誌目録・和文篇(昭和37年12月現在9),「同・欧,露文篇(昭和49年12月末現在)」,「中国,朝鮮関係所蔵雑誌目録(昭和40年12月末現在)」
◇産業経営研究所◇
「雑誌総目録(昭和45年1月1日現在)」(現在改訂版を準備中です。)
◇法学部資料室◇
「法学部資料室蔵書和文逐次刊行物目録(昭和54年12月末現在)」
◇社会資料室◇
「社会資料室雑誌新聞目録(昭和53年12月末現在)」
◇国立国会図書館◇
「国立国会図書館所蔵和雑誌目録(昭和54年末現在)」(32,824誌収録),「同・欧文雑誌目録(1978年末現在)」(21,777誌収録),「同・新聞目録(昭和44年11月1日現在)(約3,000点収録),「同・中国語,朝鮮互雑誌目録(昭和53年12月末現在)」(2,061誌収録)
◇国内の主な大学,各種研究機関等◇
「学術雑誌総合目録・人文科学和文篇(1973年版)」(約24,000種類収録),「同・人文科学欧文編I,II(1980年版)」(36,881誌収録),「同・自然科学和文編(1968年版)」(約25,000種類収録),「同・自然科学欧文編I,II(1979年版)」(38,600誌収録)。
  これらの目録はいずれも目録室か,または新館1階のカウンターで利用することができます。

  その他雑誌に関するご質問がありましたら受付か参考室(「鐘」No.3参照),または雑誌係までお尋ね下さい。 雑誌係は本館休憩室の向いにあります。 内線電話番号は347番です。

(雑誌係)



近代ヨーロッパ社会科学貴重書目録刊行

  昭和53年度補正予算で購入された「(仮称)フランス経済学コレクション」の目録が,上記のタイトルで,このたび刊行された。 収録冊数865冊,著者名または書名のアルファベット順に配列されており,索引を含めて86頁である。 目録は7月中に学内および関係の図書館等に送付された。 なお,このコレクションは他の貴重書と同様に,社会科学古典資料センターで利用できる。



〈寄贈図書〉

相京文庫の寄贈終了

  「鐘」No.4に紹介された相京文庫の保留分の寄贈が,6月20日,小平分館において行なわれ,相京光雄氏夫人から梅谷分館長に手渡されました。 これで同文庫は合計183点324冊になりました。 8月中旬には,受入・整理を済ませ閲覧に供する予定です。 大いに利用して下さい。 つぎに今回の主な内容を紹介します。
  「鈴木大拙選集(全)」「訓注大梅録」「禅思想史体系」「至道無難禅師集」「禅の美」「禅に遊ぶ」「宗教を現代に問う」「古寺百景」「敦煌の美百選」「古寺巡礼--京都,奈良」等。


小泉明図書購入資金

  故小泉明教授の御遺族よりかねて「小泉明図書購入資金」を御寄付いただいていたが,この度,商学部図書館委員を中心に慎重な選定を行い,次の図書を購入し,昭和55年 2月受入れを終了した。
  Banker's Almanac & Yearsbook. Years 1915〜1967. 43 vols.



〈会議〉

△第27回国立大学図書館協議会総会

  期日: 昭和55年6月19日〜20日   会場: 東北大学記念講堂
  本年度は新たに図書情報大学,山梨医科大学,上越教育大学,福井医科大学,兵庫教育大学,香川医科大学の6校を加え93大学224名。 他に文部省より新任の田保橋情報図書館課長以下のスタッフが加わり2日にわたり熱心な報告や討議が行なわれた。
  本会議の第1日目に研究集会がもたれたが,本年のテーマは「全国的規模で展開する学術情報システムに,各大学内の図書館体制を如何に整合し,協力させ得るか」で各地区から4名の図書館事務部長と課長がスピーカーとなり討議が行なわれた。 第2日目は三つの分科会(第一分科会:運営・サービス,第2分科会:予算,第3分科会:人事)に分かれてそれぞれ提出された議題について討議したが,その中で第1分科会から出された関東地区提出「図書館相互利用実行委員会の設置について」が大きな論議を呼び,結論を持ちこした分科会とりまとめの全体会議においても時間切れになる程の問題となった。 要旨は各大学の研究者に従来のような館長特許と言うケースバイケースの相互利用を認める方法ではなく,共通閲覧証を発行し,出来うる範囲内で図書資料の相互利用を行なう実行委員会を発足させたいとするもので,すでに横浜地区の5大学で行っている実績をふまえて横浜国大から強い要望があった。 本件は解決すべき多くの問題を抱えているが,時期尚早であるとのチェックはあっても押し止めることのできない流れであり,拠点校指定から共同利用図書館へと発展していく要素を含んでいると言えよう。

(田辺)

△第6回関東七国立大学附属図書館事務部長連絡会

 昭和55年5月21日(水)  於:一橋大学。

△第6回社会科学古典資料センター人事委員会

  5月28日(水)   昭和56年度概算要求について。

△社会科学古典資料センター人事委員会

  6月25日(水)   新任人事について。

△第10回創立百年記念募金図書購入委員会

  7月2日(水)   第1部門の収書計画について審議継続,他。

△図書館委員会

  7月6日(水)   昭和55年度図書費予算について,他。

△第11回創立百年記念募金図書購入委員会

  7月6日   第1部門の収書計画について審議継続,他。


〈各種委員異動〉

  (昭和55年7月31日現在)

(1) 附属図書館委員会委員・創立百年記念募金図書購入委員会委員
委員 関 春南(経済学部),松坂 和夫(小平分館長) (2)も兼任
(2) 社会科学古典資料センター運営委員会委員
委員 川井 健(法学部長),岩崎 [チカツグ](社会学部) (3)も兼任
(3) 社会科学古典資料センター人事委員会委員
委員 江見 康一(経済研究所長)


〈人事異動〉

  採用 三好 敬慈 (閲覧課)


〈来館者〉

  4月24日,フレデリック・メンガー氏御夫妻(カール・メンガーの孫,米国エモリー大学教授),7月3日,中国商業教育施設団(団長孫正氏)が来館し,社会科学古典資料センター等で見学・交歓した。




一橋大学附属図書館報 “鐘” No.5
1980年9月15日 発行
編集委員
岡崎義富・大橋渉・佐々木正・田辺広・松尾剛・諸沢菊雄
発 行 所
一橋大学附属図書館