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平成25年度 日・EUフレンドシップウィーク展示
「Drago mi je(はじめまして)! 2013年加入国 クロアチア紹介」Drago mi je! Croatia. Let’s learn about the new member. 解説


1. クロアチア基本情報

  • ・ 国名  Republika Hrvatska(リパブリカ・フルヴァツカ) Hrvatskaは「山の民」を意味する。※1 和名は「クロアチア共和国」、英語名は”Republic of Croatia”。
  • ・ 国旗  赤・白・青の汎スラブ色の三色旗の中央に国章を配している。紅白の市松模様は旧クロアチア王国の国章、その上の小さな紋章は国内の歴史的な5つの地域(左から古クロアチア、ドゥブロヴニク、ダルマチア、イストラ、スラヴォニア)を表している。(画像は※2より)
  • ・ 国歌  "Lijepa na?a domovino"(Our Beautiful Homeland)「われらが麗しの国」
  • ・ 国土  面積:56,542 km2 ※3 (日本の面積377,960km2 ※4の15%、北海道の7割、九州の1.5倍にあたる)
  • ・ 首都  Zagreb ザグレブ
  • ・ 気候  年平均気温12.1℃、年間水量872.6mm ※5 海岸部は地中海性気候のため、冬でも比較的温暖で日照に恵まれるが、内陸部は大陸性気候で寒暖の差が大きい。
  • ・ 人口  4,475,611人(2013年)※2 (日本の人口127,253,075人の約35%)
  • ・ 民族  クロアチア人89.6%、セルビア人4.5%、ボシュニャク人0.5%、イタリア人0.4%、ハンガリー人0.4% ※5
  • ・ 言語  クロアチア語(公用語)96.1%、地域言語(セルビア語0.2%、イタリア語0.5%、ハンガリー語0.3%、チェコ語0.2%、ルテニア語、ウクライナ語、スロバキア語) ※5
  • ・ 宗教  キリスト教92.8%(カトリック87.8%、東方正教4.4%)、イスラム教1.3% ※5
  • ・ 政治体制  共和制。大統領:直接選挙・任期5年/議会:一院制・定数100議席以上160議席以下・直接選挙・任期4年
  • ・ 元首  大統領 Ivo Josipovic Ph.D イボ・ヨシボビッチ(2010年2月18日就任)
  • ・ 内閣  首相 Zoran Milanovic ゾラン・ミラノビッチ(2011年12月23日発足)
  • ・ 通貨  クーナ(Kuna) 1クーナ=16.9231円(2013年5月1日現在)
  • ・ GDP(国内総生産)  791億4000万ドル ※2 (日本 4兆5250億ドル)

  • ※1「最新世界各国要覧 / 東京書籍編集部編集」 12訂版. 東京書籍, 2006.7
  • ※2 CIA the world factbook (https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/index.html) 2013.5.8参照
  • ※3 駐日クロアチア大使館 (http://np.mfa.hr/?mv=3278&mh=534)2013.4.8参照
  • ※4 国土地理院 面積の大きい島(20位)平成23年面積 (http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MENCHO/201110/sanko/large_shima.pdf) 2013.1.29参照
  • ※5「データブック・オブ・ザ・ワールド」 二宮書店. 2013 Vol.25



2. クロアチアの歴史

1) クロアチア前史
 現在のクロアチア地域には、紀元前4世紀頃からイリリア人と呼ばれる民族が住んでおり、その後ケルト人とギリシア人が進出、紀元前2世紀頃には古代ローマの属州(イリリア諸州)となった。284年ダルマチア出身の軍人ディオクレティアヌスがローマ帝国の皇帝となり、スプリトに宮殿を築いた。


2) 中世クロアチア王国
 6世紀から8世紀に掛けて、ウクライナ周辺から南スラブ人のセルビア人、スロベニア人、クロアチア人がバルカン半島へ移住した。クロアチア人が定住したドラヴァ川周辺からアドリア海沿岸部は、北のフランク王国と南のビザンツ帝国(東ローマ帝国)の両勢力の対立の場であり、宗教的にもカトリック教会と東方正教会から二重の影響を受けていた。 9世紀末にフランク王国とビザンツ帝国の脅威が低下すると、ブラニミル公がクロアチア内の共同体をまとめローマ教皇の承認を得、ついでトミスラフ公がクロアチア・ダルマチア・スラヴォニアを統一し、925年クロアチア王として戴冠した。以後約200年間クロアチア王国は継続し、11世紀後半のクレミシル王・ズヴォニミル王の時代に黄金期を迎える。


3) ハプスブルク家とオスマン帝国の支配下
 1089年のズヴォニミル王没後、王位継承をめぐって内紛が生じた。王妃がハンガリー王の妹だったため、1102年の協定によりクロアチア王はハンガリー王が兼ねることとなった。 1526年モハーチの戦いでハンガリー王国がオスマン帝国に破れると、クロアチア王位はハンガリー王位とともにオーストリアのハプスブルク家に受け継がれた。クロアチアの大部分はオスマン帝国の支配下となり、他民族の流入やイスラム教への改宗が進んだ。ハプスブルグ家側のクロアチアはオスマン帝国との戦いの最前線となり、軍事国境地帯にはセルビア人の国境警備兵が入植した。 1683年の第二次ウィーン包囲失敗後オスマン帝国は衰退し、1699年のカルロヴィッツ条約でオーストリアにハンガリー中央部等を割譲、クロアチアも領土を回復していった。 1980年代の文化的なクロアチア民族再生運動「イリリア運動」は、19世紀後半にはクロアチア総督イェラチッチを中心にハンガリーからの独立を目指す政治的な運動となった。1867年オーストリア=ハンガリー二重帝国が形成されると、クロアチアはハンガリーとナゴドバ(協約)を結び、体制下で一定の自治を与えられた。


§ 独自の歴史-ドゥブロヴニク共和国─ §
ダルマチアのドゥブロヴニク共和国(ラテン語名ラグーザ)は7 世紀からビザンツ帝国、ヴェネツィア共和国、ハンガリー王国、オスマン帝国等の庇護下で海上交易によって栄えた。1808年ナポレオンによって征服されるまで自治を守ったが、ウィーン会議でオーストリアの支配下に移り、国として復権はならなかった。


4) 2つの世界大戦とユーゴスラビア
 第一次世界大戦ではクロアチアは三国同盟側について戦ったが、終戦後オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊すると、三国協商側の戦勝国セルビア王国が建国した南スラブ統一国家「セルビア人・クロアチア人・スロベニア人の王国」(のちユーゴスラビア王国に改称)の一部となった。しかしセルビア人中心の中央集権体制に反発が起き、1939年スポラズム(協定)によってクロアチア自治州が設けられた。 第二次世界大戦が勃発すると、ユーゴスラビア王国は枢軸国側によって占領・分割された。ドイツの傀儡国家「クロアチア独立国」は国内のセルビア人を迫害・虐殺した。 1945年、ファシズムに勝利したチトーとユーゴスラビア共産党を中心にユーゴスラビア連邦人民共和国が成立した。連邦はスロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6つの共和国と2つの自治州により構成されていた。


5) クロアチア共和国の独立
 ユーゴ連邦はソ連と決別し独自の社会主義を進めていたが、連邦内での経済格差は広がり、1970年に連邦からの離脱を求める運動「クロアチアの春」が起こった。1980年のチトー没後は連邦の求心力は失われ、第二次世界大戦後初の複数政党による選挙の結果、1990年クロアチアに非共産政権が誕生した。トゥジマン大統領は憲法を改正し、民族主義的な政策と連邦からの分離独立を推し進めた。 1991年6月25日クロアチアは独立宣言を発表。しかし国内のセルビア人の多くが異議を唱え、クロアチア人とセルビア人の対立は内戦に発展した。ユーゴスラビア連邦軍はこれに介入、ボスニア内戦にも飛び火し、1995年の和平協定までに大きな犠牲を出した。


独立宣言からEU加盟まで
1991年 6月 25日 ユーゴスラビア連邦からの独立を宣言
連邦軍がセルビア人保護を理由に武力介入、クロアチア紛争勃発
1991年 11月 国連の仲介により、ジュネ-ブの和平会議で停戦合意
1991年 12月 ウクライナ地方のセルビア人がクライナ=セルビア人共和国樹立を宣言
1992年 1月 ECがクロアチアの独立を承認
1992年 2月 国連保護軍が展開、内戦が鎮静化
1992年 5月 国連に加盟、国際社会でクロアチア共和国が正式に独立を認められる
1993年 1月 クロアチア軍が国内のセルビア人支配地域へ攻撃を開始
1993年 5月 国連安保理事会が旧ユーゴ国際戦争犯罪法廷の設置を決定
1993年 11月 欧州連合(EU)発足
1995年 5-8月 クロアチア軍が西スラヴォニア、クライナを武力制圧、併合
1995年 11月 東スラヴォニアのセルビア人勢力と和平協定を調印。クロアチア紛争終結
1996年 9月 新ユーゴスラビア(のちのセルビア=モンテネグロ)と関係正常化
2003年 2月 欧州理事会にEU加盟申請
2005年 3月 旧ユーゴ国際戦犯裁判所でのクロアチアの容疑者対処をめぐり、交渉開始の延期
2005年 10月 EU加盟交渉が正式に開始
2006年 4月 NATO加盟
2011年 12月 理事会がクロアチアのEU加盟認可を採択、加盟条約調印
2012年 1月 クロアチアにおける国民投票で賛成多数、EU加盟承認
2013年 7月 1日 EU加盟予定


3. クロアチアの観光

美しいアドリア海や中世の町並み、内陸部の豊かな自然を擁するクロアチアは、観光地として人気が高い。「アドリア海の真珠」と呼ばれるドゥブロヴニク、古代ローマ時代の遺跡が残るスリプトなど7つがユネスコ世界遺産に指定されている。 観光客は年間911万人、観光収入は82億ドル(「データブック・オブ・ザ・ワールド」 二宮書店. 2013 Vol.25)で、1991年以降の内戦で大きな痛手を受けたところも多いが、現在はほぼ修復されている。


クロアチアの世界遺産
ドゥブロヴニク旧市街 東西の交易都市だったドゥブロヴニクを囲む城塞は8世紀頃から建造された。砦や中世の建築物が保存されている。
スリプトのディオクレティアヌス宮殿 305年ローマ皇帝ディオクレティアヌスが造営した宮殿の遺構。皇帝の霊廟は現在ではキリスト教の聖堂となっている。
ポレチュのエウフラシウス・バシリカ教会堂 6世紀に建設されたビザンツ様式の聖堂。モザイクの装飾が有名。
シベニクの聖ヤコブ大聖堂 15~16世紀に石材のみで建設された。ゴシック様式とルネサンス様式が融合している。
スターリ・グラード 紀元前4世紀から古代ギリシャ人によってブドウやオリーブが栽培され、当時の石垣が残る。
トロギル旧市街 古代ギリシャ人によって建設された都市で、本土とは橋で繋がる。クロアチアを代表する教会、聖ロヴロ大聖堂がある。
プリトヴィツェ国立公園 大小16の湖が90以上の滝で繋がっている。野生動物も多く生息。園内の保護のため、木製の遊歩道が設けられている。


4. クロアチアと日本

1) 学術交流
 クロアチアと日本の高等教育機関における交流が、いくつかの大学間で行われている。文部科学省が行った「大学における教育内容等の改革状況調査(平成21年度実績)」によると、以下の大学で学生の交流、教員・研究者の派遣・研修・その他交流、単位の互換、共同研究実施などが行われている。


  • ザクレブ経済経営大学(Zagreba?ka ?kola ekonomije i managementa)
  • 国際基督教大学
  • 立命館大学
  • 立命館アジア太平洋大学
  • ザグレブ大学(Sveu?ili?te u Zagrebu)
  • 中央大学
  • 東京大学
  • 北海道大学
  • スプリット大学(Sveu?ili?te u Splitu)
  • 関西学院大学
  • 新潟大学
  • リエカ大学(Sveu?ili?te u Rijeci)
  • 富山大学
  • 兵庫医科大学
  • (五十音順)
    “海外の大学との大学間交流協定、海外における拠点に関する調査結果”. 文部科学省. http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shitu/1287263.htm, (参照 2013-05-01)


     文部科学省は2008年に、クロアチア科学教育スポーツ省と「材料」分野の研究交流への支援することに合意した。この合意に端を発し、科学技術振興機構が「戦略的国際科学技術協力推進事業」としてクロアチアとの研究協力(「日本-クロアチア研究交流」)が開始されることになった。
     この協定を通して現在、次の3つを課題として研究が進められている。

    I. 「材料科学研究における表面の構造的・電子的・動的特性の理論的モデリング及びシミュレーション」
       (研究代表者:大阪大学 笠井 秀明教授、クロアチア物理学研究所 ブランコ・グムハルター教授)
    II. 「ダイヤモンドの新しい応用に向けた高エネルギーイオンマイクロビーム技術の開発」
       (研究代表者:日本原子力研究開発機構 神谷 富裕課長、ルジェル・ボスコビッチ研究所 ミルコ・ジャクシッチ研究室長)
    III. 「高速重イオンマイクロビームによる先進的分子イメージング法の研究」
       (研究代表者:京都大学 松尾 二郎准教授、ルジェル・ボスコビッチ研究所 トンチ・タディチ助教)
     

    “戦略的国際科学技術協力推進事業”. 科学技術振興機構法. http://www.jst.go.jp/inter/sicp/country/croatia.html, (参照 2013-05-01)


    2) スポーツ
     クロアチアで盛んなスポーツの一つに、サッカーを挙げられる。旧ユーゴスラビア諸国の中で最初(1912年)にサッカー連盟(Croatian Football Federation)が結成されたのがクロアチアである。また、日本(男子)が初出場した1998年のFIFAワールドカップのグループリーグにおいて対戦した国でもある。ここでは、こうしたクロアチアのサッカーと日本との関わりを紹介することとする。
     ユーゴスラビア連邦共和国からの独立後、1998年にクロアチア(男子)はワールドカップに初出場した。このフランス大会ではアルゼンチン、ジャマイカ、そして日本と同じ予選グループH組に入り、決勝トーナメント進出をかけて対戦した。
     大会が始まった1998年6月時点でのFIFA/Coca-Cola World Rankingでクロアチアは、19位に位置していた。初戦(1998年6月14日)でジャマイカに3-1で勝利、続く2戦目(6月20日)で日本と対戦した。約3万5千人の観客がスタジアムで見守る中、試合は終盤まで拮抗状態が続いたが、本大会で得点王となったダヴォル・シューケル選手の得点(77分)によってクロアチアが勝利した。その後グループリーグを突破し、準決勝でこの大会の優勝国となるフランスと対戦。1-2で逆転負けしたものの、3位決定戦ではオランダを2-1で破って3位入賞を果たした。
     2002年、日本・韓国の共催で行われたワールドカップで、クロアチアはキャンプ地として新潟県十日町市を選んだ。5月17日から6月2日の14日間同地に滞在し、同市と友好関係を育んだ。大会終了後キャンプ地は「クロアチアピッチ」と名付けられ、現在もサッカー大会が催されている。2012年には、クラブハウス「ジャパン・クロアチアフレンドシップハウス」が建設され、滞在後も施設の充実が図られている。
     その後両国は、2006年のドイツ大会でも同じ予選グループに入り(F組)対戦している。2006年6月18日に行われた試合は、スコアレスドローに終わった。ちなみに1998年のフランス大会にも出場していた選手は、両チームで4人(クロアチア:3人、日本:1人)いた。この大会では、両国ともにグループリーグで敗退となり、決勝トーナメントへ進出することができなかった。
     2013年5月1日現在、Jリーグでプレーするクロアチア人選手は2人。サンフレッチェ広島に所属するミハエル・ミキッチ(Mihael Mikic)選手と、愛媛FCに所属するアンテ・トミッチ(Ante Tomic)選手が活躍している。また日本人では、三浦知良選手がクロアチア・ザグレブに所属(1999.1-1999.6)した他、数名の選手が同国でプレーした。


    3) 姉妹都市
     現在姉妹都市関係を結んでいるのは、川崎市(神奈川県)とリエカ市、京都市(京都府)とザグレブ市、碧南市(愛知県)とプーラ市の三組となっている。

    I. 川崎市(神奈川県)とリエカ市
     1976年にイタリアのミラノにおいて世界大都市市長会議が開催された。その会議に出席した伊藤三郎川崎市長が、帰途ユーゴスラビアの常設市町村会議(SKGJ)を訪問し、姉妹都市提携の申し入れを行なった。要望を受けたSKGJはリエカ市を推薦し、川崎市とリエカ市が1977年6月23日に姉妹都市提携を開始することとなった。提携後は、文化・教育など行政レベルの交流のほか、児童絵画展への参加や世界的に有名なリエカ・カーニバルへの市民訪問団の参加など、幅広い市民レベルの交流を支援、推進している。

    II. 京都市とザグレブ市
     京都市とザグレブ市の姉妹都市提携は、代々の駐日ユーゴスラビア大使から提案されてきた。提案が実現するまでの間文化交流が進められ、1975年に京都市とザグレブ市が友好協議議定書に署名する運びとなった。 その後1981年10月22日に京都市長がザグレブを訪問し,姉妹都市提携が実現した。2011年には、京都・ザグレブ姉妹都市提携30周年を記念する式典がザグレブ市で開催された。

    III. 碧南市(愛知県)とプーラ市
     2005年に行われた愛知万博で「一市町村一国フレンドシップ事業」が企画された。これは県内の市町村が、愛知万博の公式参加国とペアになって、外国から参加する人たちをもてなし、国際交流を図る企画である。碧南市のペアがクロアチア共和国とり、これが契機となって、ヤドランカ・コソル副首相からクロアチア共和国の都市と姉妹都市提携について、提案がなされた。姉妹都市提携に向けての取り組みを進める中で、日本大使館から三市を候補都市として紹介を受け、2007年4月5日にプーラ市と姉妹都市提携を調印した。



    5. EU拡大の歴史

     EUの歴史は1952年の欧州石炭鋼鉄共同体(ECSC)の設立にはじまり、今日に至るまで拡大を続けている。EUの拡大の歴史は大きく5次に分けることができる。最近では2004年および2007年の第5次拡大により中東欧諸国が加盟、このことにより加盟国が一気に12カ国増え、27カ国となった。


    年/拡大の動き/関連事項
    1952年 欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)設立。 原加盟国:フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク
    1973年 第1次拡大:英国、アイルランド、デンマーク
    1981年 第2次拡大:ギリシャ
    1986年 第3次拡大:スペイン、ポルトガル
    1987年 「単一欧州議定書」発効
    1993年 「マーストリヒト条約」発効、EUへ
    1995年 第4次拡大:オーストリア、スウェーデン、フィンランド
    2002年 ユーロ紙幣・硬貨の流通開始
    2004年 第5次拡大:ポーランド、チェコ、ハンガリー、エストニア、ラトビア、リトアニア、マルタ、キプロス、スロバキア、スロベニア
    2007年 第5次拡大:ブルガリア、ルーマニア
    2013年 クロアチア加盟予定(7月1日)


     EUへの加盟には3つの条件があり、また、欧州理事会や全加盟国の承認、加盟希望国内での国民投票による過半数の賛成など10年以上におよぶ加盟手続が必要となる。現在加盟候補国として手続を進めている国は、アイスランド、マケドニア、旧ユーゴスラビア、モンテネグロ、セルビア、トルコの6カ国である。


    ? EU加盟の3つの条件「コペンハーゲン基準」(『EUを知るための12章』より)
    I. 「民主主義」、「法の支配」、「人権およびマイノリティの尊重と保護」を保障する安定した制度が確立していること
    II. 機能する市場経済、およびEU内の競争圧力と市場諸力に対応できる能力を備えていること
    III. EUの目的を支持することを含め、EU加盟国の義務を履行する能力を有するとともに、EUの法律を実践的に適用かつ運用できる行政制度を有していること


    6. 参考文献

    1) クロアチア基本情報
    2) クロアチアの歴史
    3) クロアチアの観光

    • 『データブックオブザワールド』 v. 25、二宮書店、2013年。
    • 伊東孝之 [ほか] 監修『東欧を知る事典』、新訂増補、平凡社、2001年。
    • ジョルジュ・カステラン, ガブリエラ・ヴィダン著 ; 千田善, 湧口清隆訳『クロアチア』、白水社、2006年 (文庫クセジュ ; 828)。
    • 加藤周一著『ウズベック・クロアチア・ケララ紀行: 社会主義の三つの顔』、岩波書店、1959年 (岩波新書 ; 青-354)。
    • 共同通信社編『世界年鑑 : world manual』2012年版、日本経済新聞社、2013年。
    • 柴宜弘著『図説バルカンの歴史』、増補改訂新版、河出書房新社、2011年 (ふくろうの本)。
    • 柴宜弘著『ユーゴスラヴィア現代史』、岩波書店、1996年 (岩波新書 ; 新赤版 445)。
    • 島田荘司 [著]『リベルタスの寓話』、講談社、2007年。
    • 島野 安雄, 藪崎 志穂「名水を訪ねて(95) : スロベニア・クロアチアの水」『地下水学会誌』53巻4号、2011年、411-427頁。
    • 多谷千香子著『「民族浄化」を裁く : 旧ユーゴ戦犯法廷の現場から』、岩波書店、2005年 (岩波新書 ; 新赤版 973)。
    • 辰巳浅嗣編著『EU : 欧州統合の現在』、第3版、創元社、2012年。
    • 地球の歩き方編集室著作編集『地球の歩き方』A34 クロアチア スロヴァニア '13-'14、ダイヤモンド社、2012年。
    • デイビット・テイラー著 ; 北原由美子訳『旧ユーゴスラビア紛争』、文溪堂、2003年 (世界の紛争を考える : 国際理解に役立つ ; 3)。
    • 東京書籍編集部編集『最新世界各国要覧』、12訂版、東京書籍、2006年。
    • 「クロアチア国民、EU加盟に賛成 -1月22日」『EU MAG』http://eumag.jp/news/h0004/
    • クロアチアのEU加盟交渉完了(駐日欧州連合代表部Webサイト EU News 222/2011)http://www.euinjapan.jp/media/news/news2011/20110630/130000/
    • 簡単セルビア語・クロアチア語会話基礎編(GREAT☆HOLIDAY in Croatia)http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Oasis/5582/hr/lang01.html
    • クロアチア共和国(外務省Webサイト)http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/croatia/index.html
    • クロアチア政府観光局Webサイト http://croatia.jp/
    • 平成23年全国都道府県市区町村別面積調 面積の大きい島(20位)(国土交通省国土地理院Webサイト)http://www.gsi.go.jp/KOKUJYOHO/MENCHO/201110/sanko/large_shima.pdf
    • Central Intelligence Agency, CIA the world factbook https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/index.html

    4) クロアチアと日本

    • "About Us". Croatian Football Federation. http://www.hns-cff.hr/hns/o-nama/o-hnsu (参照 2013-05-01)
    • "FIFA Ranking". FIFA. http://www.fifa.com/worldranking/index.html (参照 2013-05-01)
    • "1998 FIFA World Cup France". FIFA. http://www.fifa.com/worldcup/archive/edition=1013/index.html (参照 2013-05-01)
    • "2006 FIFA World Cup Germany". FIFA. http://www.fifa.com/worldcup/archive/germany2006/index.html (参照 2013-05-01)
    • "当間高原リゾート ベルナティオ クロアチアピッチ". 十日町市観光協会. http://www.tokamachishikankou.jp/modules/gnavi/index.php?lid=4 (参照 2013-05-01)
    • 川崎市国際交流センター. 川崎市・リエカ市交流音楽祭. KIAN-川崎市国際交流協会通信. 2007, vol. 97, p. 6.
    • 川崎市国際交流センター. 川崎市・リエカ市交流音楽祭. KIAN-川崎市国際交流協会通信. 2007, vol. 98, p. 1.
    • "川崎市・リエカ市姉妹都市提携30周年記念事業". 川崎市. http://www.city.kawasaki.jp/160/cmsfiles/contents/0000008/8835/070328-3.pdf (参照 2013-05-01)
    • "京都市情報館". 京都市役所. http://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/page/0000067519.html (参照 2013-05-01)
    • "ようこそ!碧南市友好親善協会へ". 碧南市役所. http://www.city.hekinan.aichi.jp/kyodoka/tiiki/pura.htm (参照 2013-05-01)
    • 碧南市役所. 碧南市とプーラ市が姉妹都市に. 広報へきなん. 2007, vol. 1573, p. 8.
    • "一市町村一国フレンドシップ事業". 愛知県. http://www.pref.aichi.jp/kanko/expo/kenmin/friendship/friendship.html (参照 2013-05-01)

    5) EUの拡大

    • 『Panprama : 欧州連合(EU)を知ろう』、駐日欧州連合(EU)代表部、2013年。
    • 辰巳浅嗣編著『EU : 欧州統合の現在』、第3版、創元社、2012年。
    • パスカル・フォンテーヌ著『EUを知るための12章』、駐日欧州連合代表部広報部、2011年。
    • 欧州連合(European Union)(外務所Webサイト)http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/eu/data.html
    • CraftMAP -日本・世界の白地図- http://www.craftmap.box-i.net/

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