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ニーチェと音楽


(※一橋大学附属図書館の請求記号を【    】内に記載しました。)
(※一橋大学に未所蔵の資料も紹介していますが、公共図書館等で読むことができます。)

髙本善四郎氏助成図書コーナー 小展示 第45回
TZ〈ほんの窓〉 第45号 (2017.7.18)

デビュー作『悲劇の誕生』(1872)でディオニュソス的/アポロン的という芸術理論上の画期的な概念を提唱したニーチェを軸に、周辺のトピックスをご案内します。


1.「音楽のない人生など誤謬にすぎない」Ohne Musik wäre das Leben ein Irrtum

「これはニーチェの言葉である」「残念ながら、彼の音楽作品の出来栄えは音楽史を塗り替えるようなものではない。だが作品の多さは注目に値する。」
(Noudelmann, François(2008). Le toucher des philosophes : Sartre, Nietzsche et Barthes au piano. フランソワ・ヌーデルマン著 ; 橘明美訳『ピアノを弾く哲学者 : サルトル、ニーチェ、バルト』東京 : 太田出版, 2014 (atプラス叢書 ; 07), p.70-72【1300:2065】).


「幸福に必要なものはなんとわずかであることか! 一つの風笛の音色。――音楽がなければ人生は一つの誤謬となるにちがいない。」
(『偶像の黄昏』「箴言と矢」33. 原佑訳『ニーチェ全集』14. 東京 : 筑摩書房, 1994 (ちくま学芸文庫), p.24【1080:9:14】).


「外的な偶然のきっかけがなかっただけで、もし何かそんなきっかけでもあったら、当時私は音楽家になるという冒険をしでかしたかもしれない。音楽に対しては私はすでに九歳の時以来きわめて激しい魅力をおぼえていた。私はまだ、自分の才能の限界に気づかず、自分が好きでさえあればなんでも成し遂げられると思いこむおめでたい状態にあったので、数え切れないほどたくさん作曲したし、音楽理論については単なる道楽以上の知識を得た。やっとプフォルタ高校での生活の最後の時期になって、私は自分自身を正しく認識し、芸術家になろうという計画をすべて放棄してしまったのである。」
(「一八六八―六九年の記録」川原栄峰訳『ニーチェ全集』15. 東京 : 筑摩書房, 1994 (ちくま学芸文庫), p.437【1080:9:15】).


「ピアノでニーチェが即興演奏をするときに、ひとびとにかなり強烈な印象を与えたという証言は、後年の彼についても数多く見出すことができよう。」
(西尾幹二『ニーチェ』東京 : 国書刊行会, 2012 (西尾幹二全集 ; 第4巻), p.199【0800:126:4】).


「彼のピアノ演奏、とりわけ即興演奏は、社交の場に集まった人々を魅了した。ニーチェ自身、時と場所を忘れてしまうほど演奏に夢中になるので、招待側が当惑する場面も少なくなかった。」(同上, p.534).

「ペーター・ガストも次のように語っている。「ニーチェのピアノの鍵の打ち方は非常に迫力に富んでいた。それでいて硬直した打ち方ではなく、彼の演奏は語りかけるように、また重音的で、多種多様なニュアンスに満ちているので、彼のオーケストラ的響きの中からあるときにはホルンやフルートやヴァイオリンの音色がきこえ、またあるときには喇叭の音がくっきりと際立った。」ニーチェは当時作曲も再開し、コジマ夫人や幼馴染のクルークに自作を自慢げに見せていたが、この方はワーグナーやハンス・フォン・ビューローに手厳しく批評され、プライドを傷つけられた(彼の作曲についてはリストをはじめ、かねて一部に評価する声があり、一九七六年になってようやく総譜がC・P・ヤンツの手で整理、出版された。作曲家ニーチェの本当の評価はいよいよ今後の課題である)。」(同上, p.534-535).


「分析的、理論的な文章の中で、ニーチェは言葉への徹底した不信を語っていた。どのようにしても言葉は物と一致せず、言葉は存在の世界に到達し得ないという事実をくりかえし、初期から晩年にいたるまで、あらゆる場面で語りつづけていた。」
(西尾幹二『光と断崖 : 最晩年のニーチェ』東京 : 国書刊行会, 2011 (西尾幹二全集 ; 第5巻), p.527【0800:126:5】).


「音楽と比較して、言葉による伝達はすべて恥知らずな性質を持っている。」
Im Verhältnis zur Musik ist alle Mitteilung durch Worte von schamloser Art.
(1887年秋の遺稿10[60](188). 『ニーチェ全集』第2期第10巻. 清水本裕, 西江秀三訳「遺された断想(1887年秋-88年3月)」東京 : 白水社, 1985, p.200【OAe:128:2/10】【102:107:2-10】).


  • 足立和浩『笑いのレクチュール』東京 : 青土社, [1987], p.177-325「R・シュトラウスと笑い」
  • 海老沢敏「ニーチェの作曲 : 生への祈り」. 渡邊二郎, 西尾幹二編『ニーチェ物語 : その深淵と多面的世界』東京 : 有斐閣, 1980, p.254-257【1300:83A】
    海老沢敏「ニーチェの作曲 : 生への祈り」. 渡邊二郎, 西尾幹二編『ニーチェを知る事典 : その深淵と多面的世界』東京 : 筑摩書房, 2013 (ちくま学芸文庫, [ワ3-6]), p.528-535【1300:2087】
  • 酒田健一「《実を結ばなかった作曲家》 : ニーチェと音楽とのあいだ」『獨逸文學』(日本獨文學會) 107, p.38-49 (2001)
  • 酒田健一「平和憲章《星の友情》論議の意味を問う : 《ニーチェ対ヴァーグナー》問題のゆくえ」『Waseda Blätter』3, p.1-23 (1996)
  • 酒田健一「『カルメン』幻想 : 続・《ニーチェ対ヴァーグナー》問題のゆくえ」『Waseda Blätter』4, p.67-86 (1997)
  • 杉橋陽一編著『ニーチェ』東京 : 筑摩書房, 2000 (快速リーディング ; 1)【1300:913】
  • 竹田青嗣, 西研, 藤野美奈子『知識ゼロからのニーチェ入門』東京 : 幻冬舎, 2012【1300:2085】
  • 西尾幹二「ニーチェのベートーヴェン像」『光と断崖 : 最晩年のニーチェ』東京 : 国書刊行会, 2011 (西尾幹二全集 ; 第5巻), p.495-500【0800:126:5】
  • 円増治之「ニ-チェ,解放されたプロメテウス : ニ-チェ哲学に於ける解放力としての「音楽」」『長野大学紀要』10(1), p.11-20 (1988.8)
  • 村井則夫『ニーチェ : ツァラトゥストラの謎』東京 : 中央公論新社, 2008 (中公新書 ; 1939)【0800:25:1939】
  • Fischer-Dieskau, Dietrich. Wagner und Nietzsche : der Mystagoge und sein Abtrünniger. ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ著 ; 荒井秀直訳『ワーグナーとニーチェ』東京 : 筑摩書房, 2010 (ちくま学芸文庫 ; [フ31-1])【7600:1128】

2.禁酒を勧めるディオニュソス

ディオニュソスは別名バッコス、葡萄酒の神です。「アポローンと対照して、芸術の、激情的な、動的な、本能的な創作衝動にもとづく要素を代表する」
(「ディオニューソス神とその眷属(けんぞく)」 呉茂一『ギリシア神話』上. 東京 : 新潮社, 1979 (新潮文庫), p.281-332【158:119:上】)


ニーチェは書簡や著書の中でしばしばディオニュソスを自称しました。『ツァラトゥストラ』第4部には「至醇の幸福の、至醇の葡萄酒の、古い濃い紫金の一滴を」 einen alten braunen Tropfen goldenen Glücks, goldenen Weins のような美辞も見られます。
(ニーチェ著 ; 氷上英廣訳『ツァラトゥストラはこう言った』下. 東京 : 岩波書店, 1970 (岩波文庫 ; 青639-3),「正午」より p.236【0800:32:D/199/下】)


ところが、実生活では酒を嗜まず、自伝『この人を見よ』 Ecce homo でも「アルコール類は私には害になる。日に一杯のワインかビールを飲むだけで、私の人生を「涙の谷」と化してしまうのに十分である。」「幾分でも精神的(ガイスティヒ)な天性を持つすべての人々に向かって、私はアルコール類を絶対に禁断するようにと、声を大にしてお勧めしたい気持である。」と記しています。
(西尾幹二, 生野幸吉訳『ニーチェ全集』第2期第4巻. 東京 : 白水社, 1987, p.310, p.311【OAe:128:2/4】【102:107:2/4】)


  • 逸身喜一郎『ソフォクレース『オイディプース王』とエウリーピデース『バッカイ』 : ギリシャ悲劇とギリシャ神話』東京 : 岩波書店, 2008 (書物誕生 : あたらしい古典入門)【9900:91】
  • Cortázar, Julio. "Las ménades"「バッカスの巫女たち」コルタサル作 ; 木村榮一訳『遊戯の終わり』東京 : 岩波書店, 2012 (岩波文庫 ; 赤790-2), p.62-83【0800:32:C/1194】
  • エウリーピデース作 ; 逸身喜一郎訳『バッカイ : バッコスに憑かれた女たち』東京 : 岩波書店, 2013 (岩波文庫 ; 赤106-3)【0800:32:C/1214】
  • オウィディウス [著] ; 中村善也訳『変身物語』上. 東京 : 岩波書店, 1981 (岩波文庫;赤-120-1)【0800:32:C/771/上】
    p.122-125「バッコスとペンテウス」、p.125-131「リュディアの船乗りたち」、p.132-133「ペンテウス」
  • ホメーロス [著] ; 沓掛良彦訳『ホメーロスの諸神讚歌』東京 : 筑摩書房, 2004 (ちくま学芸文庫 ; [ホ-11-1]), 357-381「ディオニューソス讃歌」【9900:80】
  • Zweig, Stefan(1925). Baumeister der Welt, 2: Der Kampf mit dem Daemon : Hölderlin Kleist Nietzsche. 杉浦博訳「フリードリヒ・ニーチェ」. ツヴァイク著 ; 今井寛, 小宮曠三, 杉浦博訳『デーモンとの闘争』東京 : みすず書房, 1973 (ツヴァイク全集 ; 9), p.293-411【9480:11:9】

3.「世界は深い! 昼間が考えたよりももっと深い」

スタンリー・キューブリック監督のアメリカ映画「2001年宇宙の旅」(1968)の冒頭で鳴り響くのは、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」(1896)です。各部分の標題は、ニーチェの原作の並び順のままではなく、前後に行きつ戻りつしています。自分は哲学的な音楽を書こうとしたのでもなく、あるいはニーチェの偉大なる著作を音楽で描こうとしたのでもない、という作曲者自身の発言(口うるさい批評家たちをけむに巻くため?)を真に受けてか、原作の内容に無頓着な楽曲解説もしばしば見受けられます。たとえば「世界の背後を説く者について」Von den Hinterweltlernを「後の世の人々について」と訳しては、実在する現世の背後に彼岸的なイデア世界を仮構するキリスト教への批判の意味と食い違って的外れです。最後の「夜のさすらい人の歌」では、原作第4部の「酔歌」に対応して真夜中を告げて鐘が12回鳴ります。原作の対応箇所を参照しながら聴けば、ニーチェを熟読し深く共感した作曲者が選りすぐったダイジェストが読めます。

Nietzsche. Also sprach Zarathustra.
第1部 [0] Zarathustras Vorrede ツァラトゥストラの序説
第1部 [3] Von den Hinterweltlern 世界の背後を説く者について
第3部 [14] Von der großen Sehnsucht 大いなるあこがれについて
第1部 [5] Von den Freuden- und Leidenschaften 喜びの情熱と苦しみの情熱について
第2部 [11] Das Grablied 墓の歌
第4部 [15] Von der Wissenschaft 学問について
第3部 [13] Der Genesende 快癒に向かう者
第2部 [10] Das Tanzlied 舞踏の歌
第3部 [15] Das andere Tanzlied 第二の舞踏の歌
第4部 [19] Das trunkne Lied 酔歌 (Nachtwandlerlied 夜のさすらい人の歌)


シュトラウスよりも4歳年長のグスタフ・マーラー(1860-1911)の交響曲第3番(1896)の第4楽章の歌詞は「酔歌」の末尾第12節です。

シュトラウスよりも2歳年長のフレデリック・ディーリアス(1862-1934)の「人生のミサ」Eine Messe des Lebens(1905)は演奏時間約100分。『ツァラトゥストラはこう語った』の原文の抜粋をそのまま 歌詞として歌いますが、排列は大幅に組み換えられています。舞踏を讃え、泣いて笑って、大いなる正午を経て永遠回帰に至ります。女性に擬人化された「生」Leben が恋敵の「知恵」Weisheitに負けまいと意地を張ってツァラトゥストラをめぐる三角関係を演じます。


  • Clarke, Arthur C. 2001 : a space odyssey. London : Orbit, 2000【9300:1672】
  • アーサー・C. クラーク著 ; 伊藤典夫訳『2001年宇宙の旅 : 決定版』東京 : 早川書房, 1993 (ハヤカワ文庫 ; SF1000)【9300:1833】
  • 神崎正英「R.シュトラウス:ツァラトゥストラはこう語った
  • 三光長治編『ミュンヘン : 耀ける日々』東京 : 国書刊行会, 1987 (ドイツの世紀末 ; 第3巻)【9480:39】
    • p.403-411 リヒァルト・シュトラウス ; 三宅幸夫訳「わが父の思い出」
    • p.412-426 リヒァルト・シュトラウス ; 三宅幸夫訳「私の少年時代と修業時代から」
    • p.427-432 リヒァルト・シュトラウス ; 三宅幸夫訳「ドーラ・ヴィーハンへの手紙」
    • p.433-435 リヒァルト・シュトラウス ; 三宅幸夫訳「両親への手紙」
    • p.436-437 フランツ・シュトラウス ; 三宅幸夫訳「父の手紙」
  • 吉松隆「R指定のシュトラウス
  • 田代櫂『リヒャルト・シュトラウス : 鳴り響く落日』東京 : 春秋社, 2014【7600:1115】
    「シュトラウスはカレンダー・メモにこう記している。 ... 。私にとって完全に明白なことは、ドイツ民族がキリスト教から解放されることによって、新しい行動力を得られるということだ。(……)私は『アルプス交響曲』をアンチ・キリストと名付けたい。すなわち、自らの力による道徳浄化、労働による解放、悠久の自然への崇拝」(p.189-190)
  • 西尾幹二「ドイツにおける同時代人のニーチェ像」『光と断崖 : 最晩年のニーチェ』東京 : 国書刊行会, 2011 (西尾幹二全集 ; 第5巻), p.261-359【0800:126:5】
    リヒアルト・シュトラウス  「私は一八九二‐九三年にエジプトでニーチェの作品を知った。キリスト教に対する彼の論難(ポレミーク)はとりわけ私の気持を代弁していた。あのとき、信者に対しては懺悔すれば行為に対する責任を免れさせてくれるというこの宗教に対する、私の、十五歳以来ずっと気がつかないでいた嫌悪感が、確認され、根拠づけられたのであった。」」(p.355)
  • 田代櫂『グスタフ・マーラー : 開かれた耳、閉ざされた地平』東京 : 春秋社, 2009
    「マーラーは若い頃から、ショーペンハウアーを愛読した。リピナーの影響でニーチェにも心酔したが、後には徹底的に拒絶している。ヴァルターによれば、マーラーが『ツァラトゥストラ』を好んだのは言語芸術としてであり、思想としてはむしろ反発していたという。アルマと結婚する前、彼女の本棚にニーチェ全集を見つけると、火にくべてしまえと言った。マーラーはニーチェについて「まったくインチキで厚かましい男性的不道徳」と評している。」(p.151)
  • 中沢新一著 ; 山本容子[絵]『音楽のつつましい願い』東京 : 筑摩書房, 1998, p.87-100「ニーチェ的 : フレデリック・ディーリアス」【7600:1129】

4.「ビゼーは私を生産的にしてくれる。一切の良きものは私を生産的にする。」

「このビゼーの作品とともに人は、湿っぽい北国から、ヴァーグナー的理想のあらゆるもやから訣別する」
(「ヴァーグナーの場合」秋山英夫, 浅井真男訳『ニーチェ全集』第2期第3巻. 東京 : 白水社, 1983, p.217【OAe:128:2/3】【102:107:2-3】).


「ニーチェは『カルメン』がどうしようもなく好きだった。しかし多くの人はそれを信じたがらず、鉄槌(ハンマー)を手にした哲学者」による一種の挑発にちがいないと考える。ヴァーグナーを称賛した人間がビゼーを受け入れるはずはない、というのである」
(前掲 ヌーデルマン『ピアノを弾く哲学者』p.15)。


ニーチェが絶賛した「カルメン」にちなんで、宿命の女(ファム・ファタール)・魔性の女のモチーフを有する文芸作品を少々挙げておきましょう。図書の一部分として埋もれていると見つけにくいものです。

ニーチェ(1844.10.15-1900.8.25)と同じ年の3月に生まれたリムスキー=コルサコフの歌劇『金鶏』ではグヴィドン王子とアフロン王子が兄弟相討ちで死んでいた戦場からドドン王はシェマハの女王を連れて帰りました。


  • 「アラブの占星術師の伝説」Irving, Washington. The Alhambra. アーヴィング著 ; 平沼孝之訳『アルハンブラ物語』上. 東京 : 岩波書店, 1997 (岩波文庫 ; 赤302-2), p.291-323;訳注p.350【0800:32:C/902/上】
    → [翻案]: Пушкин. 北垣信行訳「金のにわとりの話」『プーシキン全集』3「民話詩・劇詩」東京 : 河出書房新社, 1972, p.123-137【9880:4:3】
  • Merimée, Prosper(1845).“Carmen”「カルメン」. メリメ ; 平岡篤頼訳『カルメン ; コロンバ』東京 : 講談社, 2000 (講談社文芸文庫), p.7-104;原注・訳注p.332-339【9180:19:メB1】
  • 永井典克「メリメ作品中の花」『教養論集』(成城大学法学部) 21, p.51-80 (2007)
  • Brentano, Clemens クレメンス・ブレンターノ原作(小説 Godwi (1801)より) → [翻案]: Apollinaire, Guillaume. “La Loreley”. ギヨーム・アポリネール ; 飯島耕一訳「ローレライ」『アポリネール全集』1. 東京 : 青土社, 1979, p.204-207【9580:18:1】
  • Daudet, Alphonse.
    [小説] “L'Arlésienne”「アルルの女」ドーデー作 ; 櫻田佐譯『風車小屋だより』第12刷改版. 東京 : 岩波書店, 1940 (岩波文庫 ; 赤542-1), p.47-52【0800:32:C/412】
    [戯曲] L'Arlésienne. ドーデー著 ; 櫻田佐譯『アルルの女』東京 : 岩波書店, 1941 (岩波文庫 ; 赤542-2)【030:1:C-542-2】
  • Flaubert, Gustave. “Herodias”山田九朗訳「ヘロディアス」『フローベール全集』4「聖アントワーヌの誘惑 ; 三つの物語」東京 : 筑摩書房, 1966, p.236-272【PAe:151:4】【234:151:4】
  • Wilde, Oscar(1893). Salomé. ワイルド著 ; 平野啓一郎訳『サロメ』東京 : 光文社, 2012 (光文社古典新訳文庫 ; [KAワ1-2])【0800:110:Aワ1/2】
  • Лесков, Николай Семёнович. “Леди Макбет Мценского уезда”
    レスコフ ; 中村喜和訳「ムツェンスク郡のマクベス夫人」『ロシア』1. 東京 : 集英社, 1991 (集英社ギャラリー「世界の文学」 ; 13), p.687-736【9080:9:13】
    「ムツェンスク郡のマクベス夫人」レスコーフ作 ; 神西清訳『真珠の首飾り : 他2篇』東京 : 岩波書店, 1951 (岩波文庫;赤639-2), p.5-113【0800:32:C/647】【030:1:C-639-2】

一橋大学附属図書館 髙本善四郎氏助成図書コーナー「本の紹介」班

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