「未開人」へのまなざしと『野生の思考』

髙本善四郎氏助成図書コーナー 小展示 第16回


( TZ〈ほんの窓〉 第16号 (2008.7.1) [pdf] | 詳細情報 | 文献リスト | レヴィ=ストロース著作リスト | 文献からの抜き書き )

未開人は知性が未発達で合理的な思考ができず、非論理的な呪術的思惟にとらわれている――そのような社会進化論的な偏見に対し、文化相対主義は、いかなる社会もそれぞれに固有の価値の体系を持っていることを指摘し、自民族の尺度で文化の優劣を論じることに異議を唱えました。今回の展示では、構造主義人類学の泰斗、レヴィ=ストロース(1908年11月28日生まれ、つまり今年2008年には満百歳!)の『野生の思考』を中心に、いわゆる「未開」の概念を再考する文献をご紹介します。

「人食い人種」は実在したか?

ジャングルの奥地には人食い人種が住んでいて、うかつに近寄ればたちまち捕まって生きながら釜ゆでにされてしまう――むかしの映画やマンガには、そんなイメージがよく使われていたものです。さすがに21世紀ともなると世界中どこの国でも政府が禁止しているので完全に廃れたとはいえ、未開の秘境には人食いの風習がほんの数十年前まで残っていた――そんなふうに信じているかたは、どのくらいの割合でいらっしゃるでしょうか? ことによると、「人食い土人」の実在を(たとえば時代をもっと遡って15-17世紀の大航海時代の史実としてならば)疑ってみたことすらない人のほうがむしろ普通なのかもしれません。

1979年に The man-eating myth : anthropology & anthropophagy を著したアレンズは、「この問題を考え始めたときは私自身、読者と同様、食人は昔も今もかなり普通な現象だという意見をあらかじめ抱いていた」と告白しています。けれども、文献を博捜した結果、伝聞・孫引きや誤解によるものばかりで、「人類学者による信頼できる完全な直接報告を、ただの一例も見出すことができなかった。非専門家による数多い報告は、検討に付してみると、客観的な学問的方法に照らして、大いに疑わしいものに始まり全く無根拠なものに終っていた」「標準的な民族誌の方法によって、ある慣習が存在しないことを決定的に証明するのは不可能であるが、「私は今では、社会的に受け入れられた慣習として食人が存在したことは、時代と場所を問わず、なかったのではないかと考えるようになっている。生か死かという状況下で、また滅多にない反社会的行動として、食人が行われることは、いかなる文化においてもあり得ないことではない。しかしそれが慣習であるためしはなく、常に嘆かわしい行為とみなされている」「他者が食人の性向を有しているという観念は、ひとつの神話であると結論する方が、理に適っている」(注1)

「カニバリズム(人肉食)の話は世界中にみられる。現代においても戦争や,遭難などの危機的状況のなかで人の肉を食べたことが伝えられている。しかし,突発的な行動としての人食いではなく,習俗や制度として人間の肉を食べているところの,俗に言う「人食い人種」といった人間社会が本当にあるのかどうかは,大いに疑問である。」(注2)。他方、人肉嗜食の実在したことを現在でも主張し続けている文化人類学者もあります。また、狂牛病(BSE)との関連で多くの論者がニューギニアのフォレ人のクールー病の感染源を、葬送儀礼で死体を食べたことに帰しています。ただし、人肉を食材として常用する「人食い人種」の実在の真偽は、特殊な状況下での人肉食の事例が事実として存在したこととは別次元の話として区別して考えるべきでしょう。中国文学者の中野美代子も「人食い人種という人種は実際には存在しないのである」と述べています(注3)。1963年から1964年にかけて高地パプア人の現地に住み込んで取材した朝日新聞記者の本多勝一も「ヒトさえ見ればとって食う人種、人間を主食にでもしているような人種、私たちに会えば必ずつかまえて食う人種というような」「鬼ガ島の鬼のよう」な「いわゆるヒト食い人種」はどこにもいないとレポートしています(注4)

『野生の思考』La pensée sauvage

レヴィ=ストロースの1962年の著書 La pensée sauvage (大橋保夫訳『野生の思考』東京 : みすず書房, 1976)は、文明人の思考と本質的に異なる「未開の思考」なるものが存在するという幻想を解体し、1960年代に始まったいわゆる構造主義ブームの発火点となり、フランスにおける戦後思想最大の転換をひき起こしました。「未開性の特徴と考えられてきた呪術的・神話的思考、具体の論理は、実は「野蛮人の思考」ではなく、われわれ「文明人」の日常の知的操作や芸術活動にも重要な役割を果たしており、むしろ「野生の思考」と呼ぶべきものである。それに対して「科学的思考」は、かぎられた目的に即して効率を上げるために作り出された「栽培思考」なのだ。この分析を通じてレヴィ=ストロースは野生の思考を復権させるとともに、神話の論理の探究への道を開いた。それは人間精神の普遍性の把握にもとづく異文化理解の基礎理論の建設であると同時に、「野蛮人とは野蛮を信ずる者のことだ」とまで言い切るほどに厳しい、西欧文化のエスノセントリズムの自己批判でもある。」(注5)

「具体の科学は、近代科学と同様に学問的である。その結果の真実性においても違いはない。精密科学自然科学より一万年も前に確立したその成果は、依然としていまのわれわれの文明の基層をなしているのである。」(p. 22)
「いかなる時代、いかなる地域においても、「野蛮人」が、いままで人が好んで想像してきたように、動物的状況をやっと脱したばかりで今なお欲求と本能に支配されっぱなしの存在であったことは、おそらくけっしてないのである。また、情意に支配され、混乱と融即の中に溺れてしまった意識でもない。」(p. 51)
「私にとって「野生の思考」とは、野蛮人の思考でもなければ未開人類もしくは原始人類の思考でもない。効率を昴めるために栽培種化されたり家畜化された思考とは異なる、野生状態の思考である。」(p. 262)

ボードレールの「猫たち」

もともとは言語学の研究方法だった構造主義をレヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss 1908-   )が文化人類学の方法論として応用するようになったきっかけには、ロマーン・ヤーコブソン(Roman Jakobson 1896-1982)との相互交流がありました。両人はそれぞれナチスを避けて1941年にヨーロッパからアメリカに渡り、ニューヨークで出会いました。1949年の Les structures élémentaires de la parenté (福井和美訳『親族の基本構造』東京 : 青弓社, 2000.12)、1958年の Anthropologie structurale (荒川幾男 [ほか] 訳『構造人類学』東京 : みすず書房, 1972.5)で構造主義人類学を確立したレヴィ=ストロースは、1962年にはヤーコブソンとの共著論文を発表しています。

「ボードレールの詩『猫たち』をふたりが構造主義の方法で構造分析したの。ヤコブソンは言語学者でレヴィ=ストロースは人類学者。このふたりの詩の研究が人類学の雑誌に載るという、なんともややこしいことになったんだけど、これはレヴィ=ストロースが序文で、ふたりがばらばらに取り組んでいた問題が、互いに補いあうものであることに気づいたからだと言っています。この『シャルル・ボードレールの〈猫たち〉』という論文、普通の本なら三十ページくらいの短いものだったんだけど、たちまち賛否両論を巻き起しました。これが猫騒動。このヤコブソンとレヴィ=ストロースの論文、そしてこれに対する反論のうちの重要なものが一冊にまとめられて、さっきも紹介した書肆風の薔薇から『詩の記号学のために』というタイトルで翻訳出版されています。」
(筒井康隆『文学部唯野教授』東京 : 岩波書店, 2000.1 (岩波現代文庫 ; 文芸 ; 1), p. 318)

「高貴な野蛮人」

Or je trouve, pour revenir à mon propos, qu'il n'y a rien de barbare et de sauvage en cette nation, à ce qu'on m'en a rapporté : sinon que chacun appelle barbarie, ce qui n'est pas de son usage. Comme de vray nous n'avons autre mire de la verité, et de la raison, que l'exemple et idée des opinions et usances du païs nous sommes. est tousjours la parfaicte religion, la parfaicte police, parfaict et accomply usage de toutes choses. Ils sont sauvages de mesmes, que nous appellons sauvages les fruicts, que nature de soy et de son progrez ordinaire a produicts : à la verité ce sont ceux que nous avons alterez par nostre artifice, et destournez de l'ordre commun, que nous devrions appeller plustost sauvages. En ceux sont vives et vigoureuses, les vrayes, et plus utiles et naturelles, vertus et proprietez ; lesquelles nous avons abbastardies en ceux-cy, les accommodant au plaisir de nostre goust corrompu.
(Montaigne, Michel de. Les essais. [Paris] : Gallimard, c2007 (Bibliothèque de la Pléiade ; 14), p. 211)
       さて、わが主題に話を戻すとして、自分の習慣にはないものを、野蛮(バルバリー)と呼ぶならば別だけれど、わたしが聞いたところでは、新大陸の住民たちには、野蛮(バーバル)で、未開(ソヴァージュ)なところはなにもないように思う。どうも本当のところ、われわれは、自分たちが住んでいる国での、考え方や習慣をめぐる実例とか観念以外には、真理や理念の基準を持ちあわせていないらしい。あちらの土地にも、完全な宗教があり、完全な政治があり、あらゆることがらについての、完璧で申し分のない習慣が存在するのだ。彼らは野生(ソヴァージュ)であるが、それは、自然がおのずと、その通常の進み具合によって生み出した果実を、われわれが野生(ソヴァージュ)と呼ぶのと同じ意味合いで、野生(ソヴァージュ)なのである。本当ならば、われわれが人為によって変質させ、ごくあたりまえの秩序から逸脱させてしまったものこそ、むしろ野蛮(ソヴァージュ)と呼んでしかるべきではないか。前者のなかには、本当のものが、もっとも有用で自然な美徳や特性が、生き生きと、力強く存在しているのに、われわれときたら、後者のうちで、それらの質をおとしめて、われわれの堕落した好みのほうに合わせてしまったのだ。
(ミシェル・ド・モンテーニュ著 ; 宮下志朗訳『エセー』2. 東京 : 白水社, 2007.2, p. 64)

レヴィ=ストロースの『野生の思考』からの引用かとも見紛うばかりの上記の文章は、フランスのモラリスト、モンテーニュ (Michel de Montaigne 1533-1592)の『随想録』第1巻第30章または第31章 (版によって章番号に異同あり) 「人食い人種について」からの一節です。 さらに遡って紀元前5世紀のヘロドトス『歴史』3.38 にも、「実際どこの国の人間にでも、世界中の慣習の中から最も良いものを選べといえば、熟慮の末誰もが自国の慣習を選ぶに相違ない。このようにどこの国の人間でも、自国の慣習を格段にすぐれたものと考えているのである」(注6)という、文化相対主義の先駆的言辞を読み取ることができます(注7)

南洋の楽園サモア

16世紀のモンテーニュに代表されるように、「高貴な野蛮人」を理想化し、それにひきかえ文明人は、と自身の文化を諷刺する文章が、多くの西洋人によって昔から書かれてきましたが(注8)、その延長線上で、南洋の楽園に自らの幻想を投影した文芸作品に、ドイツ人ショイルマンによる『パパラギ』(注9)があります。この本の帯は、「ツイアビが実在の人物であったかどうかはわからない。が、そのことばは知恵と啓示に満ちた文明批評である」という、朝日新聞の「天声人語」からの引用を掲載しており、フィクションであることを出版社自身がほのめかしています。「近代社会との対比の中で、伝統社会を称揚した大変ユニークで広く受け入れられてきた本」で、「この中では「パパラギ」(もともと白人を意味しており、文明人のことを指している)の生活を皮肉るような形で、サモア人の伝統生活がいかに豊かであるかを際立たせてい」ます(注10)。西洋人による全くの創作か、それとも、実在のサモアの酋長の言行/原稿をある程度は反映しているのかという疑問について、山本真鳥は、「多くの人類学者は同書のもてはやされ方をどちらかというと冷ややかな眼で見ていたが,それは,この本がどう見ても紹介者ショイルマンの筆になるものとしか思えなかったからである。」「ツイアビの演説がサモアに従来ある演説の形式も踏んでいないし,サモア人が通常用いるディスクールとも異なることをショイルマン=作者説の根拠として挙げることができる。しかしそうした文化の詳細を知らなくても,一般に人類学者が親しんでいる未開社会の人々は,文明人が未開社会との対比のうちに内省的に見出すような文明人像を挙げてきたりはしないものだ,とわれわれは知っている。」(注11)と述べています。

読書の際は複数の著者の文献を読み較べて内容を相対的に判断すべきだという事例をサモアに関連してもう一件。マーガレット・ミード(Margaret Mead 1901-1978) の最初の著書である Coming of age in Samoa (1928) 『サモアの思春期』(注12)は、「サモア人の自由気ままな性を描いた部分が注目を浴び」アメリカでは出版と共にベストセラーとなり「大学では人類学ばかりか他分野においても副読本として広く読まれる書籍」でした(注13)ジェンダーの「文化決定論」の論拠として一世を風靡しましたが、のちに他の研究者たちの再調査からその内容には疑問が提せられ、ミードの調査手法自体も、フリーマン著『マーガレット・ミードとサモア』等によって根本的に批判されています(注14)

  1. W.アレンズ著 ; 折島正司訳『人喰いの神話 : 人類学とカニバリズム』東京 : 岩波書店, 1982, p. v-vi, p. 9, p. 243-245
  2. 船曳建夫「カニバリズム : その怖れに基づく神話性から,栄養補給としての現実性まで」. 山下晋司, 船曳建夫編『文化人類学キーワード』東京 : 有斐閣, 1997 (有斐閣双書 . Keyword series), p. 72-73
  3. 中野美代子『カニバリズム論』東京 : 福武書店, 1987 (福武文庫), p. 62
  4. 本多勝一「ニューギニア高地人」『極限の民族』東京 : 朝日新聞社, 1994 (本多勝一集 ; 9), 183-377 より p. 309-310
  5. クロード・レヴィ=ストロース[著] ; 大橋保夫訳『野生の思考』東京 : みすず書房, 1976, 「訳者あとがき」より p. 354
  6. ヘロドトス[著] ; 松平千秋訳『歴史』上. 改版. 東京 : 岩波書店, 2007 (岩波文庫 ; 青405-1), p. 354
  7. 原毅彦「人類学の人類学 (その1) 父からの贈りもの」『獨協大学教養諸学研究』22, p. 56-87 (1987) 特に p. 66-67 を参照
  8. 川田順造「なぜ「未開」概念を問題にするか」. 川田順造編『「未開」概念の再検討』1. 東京 : リブロポート, 1989, p. 11-33 を参照
  9. Scheurmann, Erich(1920). Der Papalagi : die Reden des Südsee-Häuptlings Tuiavii aus Tiavea. 岡崎照男訳『パパラギ : はじめて文明を見た南海の酋長ツイアビの演説集』東京 : 立風書房, 1981
  10. 鬼頭秀一『自然保護を問いなおす : 環境倫理とネットワーク』東京 : 筑摩書房, 1996.5.20 (ちくま新書 ; 068), p. 21
  11. 山本真鳥「山内昶著『経済人類学の対位法』 (書評)」『民族學研究』59(3), p. 291-296 (1994.12) より p. 294
  12. Mead, Margaret. Coming of age in Samoa. New York, W. Morrow & Company, 1928. M.ミード著 ; 畑中幸子, 山本真鳥訳『サモアの思春期』東京 : 蒼樹書房, 1976
  13. 小松和彦 [ほか] 編集委員『文化人類学文献事典』東京 : 弘文堂, 2004, p. 633
  14. Freeman, Derek. Margaret Mead and Samoa : the making and unmaking of an anthropological myth. Cambridge, Mass. : Harvard University Press, 1983. デレク・フリーマン [著] ; 木村洋二訳『マーガレット・ミードとサモア』東京 : みすず書房, 1995
    Freeman, Derek. The fateful hoaxing of Margaret Mead : a historical analysis of her Samoan research. Boulder, Colo. : Westview Press, 1999
    山本真鳥「反植民地主義のセクシュアリティー : サモアにおけるフリーマン対ミード論争」『社会人類学年報』20, p. 111-130 (1994)

■文献リスト
一橋大学 附属図書館 髙本善四郎氏助成図書コーナー「本の紹介」班